28 初めての共同作業
「へぇ。こんな事考えてたんだ」
ルスランから今後の計画を聞かされたサマンサ。
「ああ。俺はこの国が大っ嫌いだ。こんな国無くなってしまった方がいい。十六年。十六年もの間、俺はこの国で飼い殺されてきた。民衆も俺と同じ家畜同然だ。よくここまで持ち堪えたと思うよ」
一瞬、鼻で笑い背を向ける。
「だが、この国は不満でいっぱいだ。いつ爆発してもおかしくない。至る所で煙が燻っているのが手に取るように分かるよ。だったら、俺が火をつけてしまっても構わないだろう?」
ルスランは大仰に、しかし声を震わせながら怒りを露わにした。
「そう。そんなにも心に闇を抱えていたのね」
寄り添うのではなく、嘲るように問い返す。
「どうだ? 怖いか? 最悪二人とも火炙りになるかもしれない。だが、その時はお前を巻き込まないようせいぜい抗ってみせるさ」
「あら。大丈夫よ。私、強いから。それに、こんな寒いんですもの熱いくらいで丁度いいわ」
「ホントにいい女だよ。どうして今まで結婚できなかったのか不思議でしょうがない」
「私もそう思うわ。でも、みーんな逃げちゃうの。逃げると追いかけたくなるでしょ?」
「ああ」
「だからね、最後は捕まえて噛みついちゃうの。そうすると、みんな泣いて許しを請うの。でも、だんだんとみんな学習しちゃってね。ちょっかいすらかけてくれないのよ。寂しいわ」
「ははは。だったら俺がずっとちょっかいかけてやるさ」
「あら。ガブッといっちゃうわよ」
「はっはっは。これが終わったらな…」
「大丈夫よ。私がいるんだもの」
急にトーンを落として、机上の書類に目を通す二人。
「でも、もう少しやりようがあったんじゃない?」
「そうなんだがな。やはりこの国は新しい風を入れまいと蓋をしてしまう。横槍が入ってしまって急遽やらざるをえなくなったんだ。まぁ、潮時ってやつさ」
「あなた自身は何も始まってないのに?」
「始めるために終わらせるのさ」
その時、ルスランのいる執務室にコンコンとやたらと響くノックの音が聞こえた。
「準備が整いました」
「カサブランカか。今は忙しいと言っただろう?」
だが、やたらと目の鋭い侍従の格好をした男はニヤリと嗤う。
「ええ。ですから、呼びに参りました」
ルスランは、ぐっと握った拳を緩めて、サマンサの背中に添えた。
「分かった。行こうか」
「こちらです」
サマンサは一度振り返り、天井を仰ぎ見た。
「どうした?」
「いいえ。なんでも」
三人が部屋を出る頃には、天井で一部始終窺っていた視線は消え去っていた。
*
「それで、現状どうなっている?」
ルスランはカサブランカに騎士団の現況を聞いた。
「はい。皇都を守護している騎士団は全て国境へ向かわせました。ここを守っている者も僅かでございます」
「分かった。どうだ? 出来そうか?」
「エンジェルシリカ次第かと」
あの筋肉ダルマがどうしてもやらせて欲しいと言ってきたのだ。失敗してもらっては困るとルスランは思い、表情を険しくした。
「ところで、よく俺の側に寝返ったな。皇帝に付き従って、隣国にちょっかいを掛けていた男だったはずだが?」
「私の仕事は皇帝陛下に仕え、拝命した任務を淡々とこなすだけですので」
「淡々と…ねぇ」
「ええ。ですから今の主君は貴方様でございますので、ただお仕えするだけの話でございます」
「随分とドライなんだな」
「この国で生きていくにはそうするほかありませんので」
「そうか」
ガチャっと扉が開くと着替え終わったサマンサが侍女に導かれながら出てきた。
ルスランの前に立つと、侍女は壁に張り付くように控えた。
「どうかしら?」
「っ…!? …っつくしぃ…。 美しいぞサマンサ」
「あらあら。そんな真っ赤な顔になって。そんなに似合ってるかしら?」
「あぁ、あぁ。凄く似合っているぞ。絶世の悪女だよ」
ニヤリと悪そうな顔をして、ゆっくりと頷きながら褒め称えるルスラン。
「あら酷い。そこは絶世の大悪女って言ってくれないと」
「すまない。だが、本当に美しい…」
真紅のドレスを着たサマンサはイタズラっ子の様な顔でにんまりと満足そうに微笑んでいた。
対するルスランもド派手な真っ赤な衣装を着ていた。
「でも、貴方も中々に似合っているじゃない。馬子にも衣装ね」
「それは褒め言葉じゃない」
「えっ、そうなの? 私よく使ってたんだけど…」
「じゃあ褒め言葉として受け取っておこう」
カサブランカと侍従は笑いを堪えるために必死に内唇を噛んで堪えていた。
「これで明日の衣装合わせは完璧だな」
「そうね。それにしても、ルビー帝国にこんな素晴らしいドレスがあるなんて知らなかったわ。私のデザインにそっくりだけど…」
ドレスの表面を持ち上げたりさすったりしながらサマンサはふと思った疑問を口にする。
「ああこれか? これは少し前に皇都に出来たラピスラズリとかいう店で誂えてもらったものだ」
「あら。私の店じゃない。そういえば、ここにも出してたわね」
「何? サマンサはあそこのオーナーだったのか」
心底驚いたルスラン。いつもの余裕たっぷりの顔が一瞬剥がれかけた。
「ええ。と言っても妹と共同経営だけどね。ラピスが私。ラズリが妹よ。それぞれ趣向が違うでしょ?」
「いや、俺は皇都で唯一まともなドレスを作れる所としか聞いていないし、行ってもいないから分からないな」
「あら、そう? じゃあ今度は私自ら、いろいろ案内してあげるわ。勿論本店をね」
「ああ。楽しみにしているよ」
二人はまっさらな気持ちで見つめ合っていた。
コホンという音が聞こえて、慌てて表情を作る二人。
「こ、これで明日の国葬の準備は整ったわね」
「ああ。全て終わらせよう。どうか、最後まで付き合ってくれないか?」
「ええ。地獄の底まで付き合うわ。そしたら今度は地獄を征服しましょう」
「何で結婚出来ないんだろうな。こんなにも良い女なのに…」
「ふふふ…。オーホッホッホッホ…」
「アーハッハッハッハ…」
二人は演技がかった笑いをした。その声は客室までよく響いたのだった。




