25 誰が為
尚もブライアンさんは語る。
あの後の日本の様子とか、あるアーティストが解散したとか、ある芸能人の娘が誰と結婚したとか、いろいろだ。
でも、私が聞きたい事はそれじゃないのよ。
いつの間にか隣に座っていたメアリーは暇そうにお菓子をバリボリ食べていた。
「ところで、私に話したい事はそんな事じゃないですよね?」
「そんなに急かさなくてもいいじゃないか。気にはなっていただろう?」
「ええまぁ」
ただ、今じゃないのよ。
ブライアンさんは察したのか、入り口の方を軽く一瞥してから話し出した。
「再びこの世界に生まれた時はびっくりしたよ」
窓の方を眺めながら続きを話す。
「妻が作っていたゲームで、娘が好きだったゲームの世界だからね。と言っても気づいたのは大分後だったがね」
自分が生まれた世界。そして、再び生を受けたこの世界がゲームの世界だった事に衝撃を受けたのだそう。
しかし、それよりも自分にはやる事があるのだと言わんばかりに、ゲームには無かった事を調べていったのだそう。
ブライアンさんは元々王国の暗部を司る家に生まれた為、いろんな情報が入ってきたらしく、そして、将来家と家業を継ぐ為にいろんな事を兄弟達と学んだんだそうだ。
「私もエテルナも他の弟達も、皆んな各地を走り回っていたよ。いやぁ懐かしい」
通りで王妃様が強いわけだよ。
あの歳であんな見た目でいろいろ動けるんだもの。でも学長はそこまで動けなそうなのは、気の持ちよう次第なのかしらね?
そして、王国内外でいろいろと活動をしたんだそうだ。旧エメラルド王国、サファイア帝国、アレキサンドライト女王国、それ以外の国々と、ざっとだけど、何をしてきたのか語ってくれた。
暗躍ってレベルじゃないわ。
通りでソフィアが言うシナリオ通りじゃないところが多々あるのね。
まぁ、王国に危害を加える可能性のある事柄を事前に潰しておくのは分かるんだけど、どうしてそんな急いでしたのかしら?
「あの、何でそんなにいろいろ…その、いい言い方じゃないかもしれませんが、シナリオを改変するような事をしたんですか?」
「娘の為さ」
「娘?」
遠い目をするブライアンさん。
「ああ。娘と言ってもアンじゃなくて、前世での長女のティナの事でね」
「ティナさん…」
「ああ。ティナはね、このゲームが好きだったんだよ。特に君をね。ただ、仕事が忙しかったのか、身体を壊してあっという間に亡くなってしまってねぇ」
「その娘さんはブラック企業か何かに?」
「いや。製薬会社の研究員だったよ。ただ、世界情勢やパンデミックとかいろいろ重なってね。過労がたたってね」
「そうですか…」
「よく、ラノベなんかでもあるだろう? 好きな作品に転生するってね。私も冗談だと思っていたが、自分がこうなると、流石に信じない訳にもいかない。もしかしたら、あの子もいるんじゃないか。そう思えてね…」
多分、ブライアンさんにも何か心残りがあったんだろう。だから、再び転生したんだと思う。
「まぁ、あの子の性格上ヒロインな訳無いと思っていたけど、万が一の事を考えて、邪魔になりそうな貴族や海外の不安要素の芽を摘んでいったんだよ。まぁ、いくつかは偶発的に起きてしまったものもあったがね」
凄い事をサラッと言うけど、相当大変だと思う。
「それで、まぁ最後の仕上げとして帝国にジェームズクンと潜り込んでいたんだが、下手を打ってしまったね。ご覧の有り様だよ。ははは…」
全く笑えないわ。
そこでメアリーが、食べていたお菓子がなくなったのか、ついに口を開いた。
「二つほど気になる事があるのですが」
「なんだい?」
「あの時、オパールレインで起こった事は必然だったのですか?」
何? 何があったのよ。
「ああ。あれね。あの時はまだ私も若くてね。非常に難しい案件だった。でも、当時ではあれがあの時出来た最善だったのだよ。そもそも、あの時のオパールレイン家は人身売買や違法薬物を輸入していたのは事実だしね」
「え? どう言う事ですか?」
「おや、聞かされていないのかい?」
「ええ」
「仕方ないねぇ…」
その当時の事をブライアンさんが語ってくれた。
終始メアリーは苦い顔をしていた。
まさか、お父様とお母様が貴族ですらなく、更にオパールレインの血を引いていないとは…。
つまり、お兄様とお姉様は私とは…。
ちょっと…、いや、かなりショックだわ。
情報量が多すぎて、消化しきれないわ。
まぁ、気になる事や今まで隠されていた事に対して思う事はあるけれど、一つどうしても気になる事がある。
「その時、攫われたのって…」
「君の思い描いている人物であっているよ。メアリーも彼の事が気になるんだろう?」
「ええ」
ブライアンさんは頬を軽く掻いて、少し困ったような顔をした。
「まぁ、僕なりの罪滅ぼしみたいなもんさ。丁度タイミングも良かったからね」
「そうですか。ですが、私の聞きたい事はそれじゃありません」
「何だい?」
「どうして、ジェームズ様とレイチェル様を巻き込んだんですか?」
「だって、そうしないとクリスが生まれないだろう?」
屈託のない笑顔でブライアンさんはそう言った。
その様子に少し恐怖しそうになった時、入り口からノックの音が聞こえた。
「まだまだこれから話そうって時に…。どうぞ」
「失礼するわよ」
入ってきたアンさんは、険しい顔をしていた。
「ルビー帝国の皇帝夫妻が崩御したわ」
「そうか…」
窓の外はどんよりと厚い雲に覆われていた。
「じゃあジェームズクンを救出するには、今しかないかな?」
そういえば、お父様の姿が見えないから、まだ向こうにいると思っていたけど、まさか捕らわれていたとは…。
「怪我を負った私を庇ってくれたからね。もしかしたら逃げ仰せているかもしれないが…どうだろうね」
「どうしてそれを最初に言わなかったのですか?」
メアリーが静かに怒りを孕んだ瞳を向けた。
「つい昔話に花を咲かせてしまってね。いや、隠すつもりは無かったんだ。順序立てて言おうと思ったらからアンが入ってきたからね」
「お父様私のせいにしないでもらえますか?」
「ああ…すまないね。…現状、ジェームズクンははルビー帝国かエンジェルシリカ領のどちらかにいるだろう」
「待ってください。どうしてエリー…エンジェルシリカ辺境伯領が出てくるんですか?」
「まぁいろいろ溜まっていたんだろうね。僻地ではよくある事さ。ここでもあっちでもね」
そして、エンジェルシリカ領がルビー帝国と組んでしまった可能性を教えてくれた。




