19 思惑
「んふ。ホントにそっくりねぇ」
「そうだな。俺も不思議だよ」
「本当に関係ないのぉ?」
「どうかな。それを確かめたいったのはあるがな」
「ふぅん」
ルスランとエリーが膝を突き合わせて話していた。
「それにしても、ホントにいい男ねぇ」
「お前もいい女だよ」
「あらぁ。ありがと。嬉しいわぁ」
エリーは頬に手を当て、クネクネしているが、ルスランは手を組んで笑っているだけだ。
「それにしても、よくこんな話を引き受けようなんて思ったな」
「まぁねぇ。いろいろとフラストレーションが溜まるのよ。それに、堅物のお兄様じゃ抑えられないでしょうからね。たまには発散させないと身体に悪いじゃない?」
「そうか。ところで、違う意味に聞こえるのは気のせいだよな?」
「あらぁ。違う意味に聞こえちゃうなんて、そっちの素質があるんじゃない? 私達はいつでもオッケーよ?」
普通は引き攣ったり苦笑いするところをルスランは眉一つ動かさずに話していた。
「気が向いたらな」
「いつでも待ってるからねぇ」
エリーの後ろに控えていたギガの目が怪しく光った。
「それにしても、サマンサちゃんは災難じゃないかしら?」
「どうして?」
「だって巻き込んじゃうんでしょう?」
「結果的にはそうなるが、きっと喜んでくれるさ」
「そうかしら?」
「ああ。必要な事だからな。そしてあれほど適任だと思う者はいない」
「まぁ、確かに破天荒ではあるけれど…」
「そんな所も愛おしい」
「あら」
「一目惚れってやつだ。まだほんの数分会っただけだが、あの女の為なら何だってしてやりたいとさえ思う」
「ふーん。妬いちゃうわ」
「ああ。たっぷり妬いてくれ」
「ふふ…。じゃあ、そろそろ行くわ。お祖父様とお父様に報告しないといけないしね」
「期待しているよ」
「ええ。期待していてね」
「ああ」
「ところで…全部終わったら、また会いましょ」
「ああ。そうだな」
「お尻の穴は洗わなくてもいいわよぉ」
「分かった」
「もう。冗談なのにぃ。まぁいいわ。またねぇ」
クネクネしながら部屋を退出していくエリー。
後ろで控えていたギガが黙ってエリーの後について去っていった。
「さて、と。まだやる事は山積みだな」
立ち上がったルスランは執務机の上の資料を一枚一枚目を通しては、何かを計算していた。
その顔には微妙に焦りが見えた。
「決行するならこの日だろうな」
書き殴る様に10月31日に赤で丸を付けた。
その時ノックの音がしたので、扉の方を見る事なく返事をする。
「失礼します」
やたらと硬質な声にそちらの方を見ると、目つきの鋭い男が立っていた。
どうやら、また入れ替えられてしまったのかと落胆するルスラン。
無表情で男を眺めていると、ニヤッと笑ったかと思うと、そのまま勝手に話し出した。
「勝手な事をされては困ります」
*
「しくった…」
「全く。毎度毎度どうして俺を巻き込むんだ?」
「それはジェームズクンの困った顔が見たくて…イタタタ…」
「歳なんだから無理すんな。ったく…」
普段のオドオドした感じではなく、相棒のような話し方をする。
ブライアンとジェームズは今、馬に乗って森の中を駆けている。
追手は遥か遠くにいるが、いつ追いつかれるかは分からない。
なぜなら、ブライアンの腹部は真っ赤な血に染まっていたからだ。
普通なら動くことすら出来ない程の傷だ。
脂汗をかきながら、必死に手綱を握るブライアンと、後方からの追手をジェームズは気にしながら馬を操る。
「ったく。計画ではもう少し後だったろう? なんでこんな無茶をした。そろそろ話してくれてもいいだろう?」
「時間がなかった」
「時間?」
「ああ。思ったより帝国内の不満は溜まっていたようでな、いつ爆発してもおかしくない」
「それと、あの坊ちゃんに何の関係がある?」
「無いさ。無いからこそ。救わなくてはいけないんだ。過去の過ちも含めてな」
「過去…?」
そんな話をしながら馬を走らせていると、目の前に光が見えた。
どうやら国境の森を越えられたようだ。
だが、森を抜けた瞬間目に入ったのは、エンジェルシリカ領の兵士達だった。
辺境伯領故兵士がいるのはおかしくない。
おかしいのは、二人を取り囲むように隊列が組まれていたからだ。それも、予めここに来るのが分かっていたかのように。
後ろから馬の駆ける音が近づいてくる。
「ブライアン」
「いやぁピンチだねぇ」
「ここは、俺が引き受けるからアンタは逃げろ」
「ジェームズ…クン?」
「早くしろ。取り囲まれる前に」
「っ…。すまないねぇ…」
ジェームズが撹乱するように走り出した瞬間に、隙を見てブライアンは脱出した。
「最後の最後でやってしまったなぁ…」
痛みで気絶しそうになるのを堪えながら、王都の方へ向かって走り出した。




