17 きっとそれは恋ではなく気の迷いだと思う
「決めた。俺はあの女を娶りたい」
ルスランは皇城の自室でブライアンとジェームズへそう告げた。
ブライアンは表情の読めない笑顔のまま黙っていたが、ジェームズは表情を硬化させた。
「失礼ですが、あの女とは?」
「決まっているだろう。あの青髪の気の強そうな女だ」
その言葉に顔を白くさせるジェームズ。
「失礼を承知で申し上げますが、おすすめは出来ません」
「何故だ?」
そう問われて、押し黙ってしまう。
馬鹿正直に言う訳にもいかず、かといって脚色しても高が知れている。
数分話しただけでは分からないだろうが、一時間もいればサマンサがどんな性格なのか分かろうというものだ。
あの歳になるまで婚約の話すら出なかったのだ。
そして、不名誉な二つ名だけが増えていった。
ーー社交界永久出禁、破壊神、歩く地雷原、台風の目、歩く暴風雨、女帝、生徒会室の悪魔、恐怖の権化、断頭台への近道、一人核弾頭、オパールレインの狂犬、鎌を持たない死神などなどーー
思い出すだけでも頭痛がする。
「あんなにもまっすぐ俺を見た女はいない。それに、あの気の強そうな性格。いいじゃないか」
うっとりした表情でそう語るルスラン。
初めて恋をした、拗らせた少年のような顔をしている。
そんなルスランの表情を見てジェームズは考えを巡らせる。
父親として、娘の幸せを願う事は重要だが、相手方の幸せを考えると簡単に頷く事は出来ない。
きっと後悔する事になるだろう…と。
「お前の娘だろう? やはり、嫁がせるのは嫌なのか?」
「なぜ、それを…」
ブライアンと共に潜り込んでおり、そう言った情報を与えないように振る舞っていたのだが、なぜバレたのか。
顔には出さないが、内心焦っているジェームズ。
「ふん。しれた事。今まで俺に近づいてきた奴等は皆そういう奴等だったからな。だが、お前らは違う。俺と会話し、俺を連れ出した。今までの奴等と思惑は別なんだろう?」
相変わらずニコニコしたまま口を開かないブライアン。
「それに、あの時の様子を見ていれば分かるさ」
どこかのポンコツ王子とは違うなと、内心感心するジェームズ。
「それに…隠さなくてもいい。俺とお前達、どっちもダイアモンド王国の人間なんだろう?」
「そうですよ」
「ブライアン」
「まぁまぁ、ジェームズクンいいじゃないか」
「……」
何を考えているのか分からないブライアンに苛立つジェームズ。
せめて事前に考えを伝えてくれてもいいのではないかとチラッとブライアンを見る。
相変わらず飄々としている。
そんな様子に興味はないらしく、話を続けるルスラン。
「まぁ、いずれにせよ俺はあの女を妻にしたい」
「他にもいい女性はいっぱいいますよ?」
「いいや。ピンと来たね。心臓を雷で貫かれた気分だ。こんな気持ち初めてだよ」
「そ、そんなに…ですか?」
「ああ。それに、あそこにいたレオナルド…だっか? あれの婚約者だという女もお前の娘なんだろう?」
「え、ええ…」
「だったら、尚の事あの女が欲しい。あの女も中々だったが、あれは違う。俺にとっては女神にすら見えた」
父親として複雑な気分のジェームズ。
そんなにサマンサにいい感情を持ってくれるなんてと嬉しく思う。
それと同時にサマンサの性格を思い出し、国内では一生結婚出来ないなとも思っていたのだ。
国内でサマンサを知らない貴族や商人はおらず、例え送り出したとしても、勿論クーリングオフされて戻ってきてもおかしくない。
何なら当日中に返送されるだろう。無論相手方は消し炭になっているだろうが…。
それ故、一般人なんて更に無理だろう。きっと数日以内に逃げ出すだろう。
騎士団関係者も考えたが、きっと同じだ。
尤も、サマンサの性格を考えると、地の果てまで追いかけてボコボコにするかもしれないが…。
ルスランのキラキラした顔を見る。
こんなにも思ってくれるのなら、送り出すのもいいかもしれないと思う反面、これからのこの国の事を考えると反対したいと思うジェームズ。
「それにな…」
ルスランはニッと少年のような笑顔を見せる。
「あの女なら一緒にこの国をぶち壊してくれそうだからな」
その言葉を聞いてジェームズが抱いていた複雑な思いは霧散し、口角を上げるとゆっくりと頷いた。
そして、相変わらずブライアンはニコニコしていた。




