18 ソフィア回想する③
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応接室に、オパールレイン伯爵が訪れた。伯爵に次いで一緒に三人の女性も入ってきた。
あれ? クリストファー様は来ていないのかしら?
もしかして、病気かしら? 何の病気かしら? 私の作った薬で治してあげたい。看病してあげたい。そう思っていた。
「お招きいただきありがとうございます、閣下。オパールレイン領、領主のジェームズです。こちらは娘のサマンサとクリスティーヌです」
伯爵が自己紹介と共に娘と思しき女性二人を紹介する。
クリスティーヌ? クリストファーじゃなくて? もしかして、クリストファー様って双子なのかしら? ずいぶん可愛らしい方ね。という事は、クリストファー様もきっと美形なんでしょうね。
「お嬢さん方もよく来てくれたね。ところで、一緒に来たのは娘さんだけですかな? 件のクリストファー君は病気か何かで来られなかったのですかな?」
そうよ、お父様。よく聞いてくれたわ。そこは重要よ。病気なら、今すぐにでも駆けつけるもの!
「「えーっと……」」
「…………」
三人とも、視線を彷徨わせ戸惑っている。何でかしら? ただ居ない理由を言えばいいだけなのに。あれかしら? 招待したのに来なかった事を咎められると思ってるのかしら? それなら大丈夫よ。お父様はこう見えて、人を叱れないから。
「いえ、そういう訳ではないのですが…」
伯爵が曖昧な笑みを浮かべながら、口ごもってしまう。
それと同時に、女性陣がこそこそと話し始める。笑みを崩さず、そのままの姿勢で話すのは凄いわね。内容が全く聞こえない。凄い技術だわ。後でやり方を教えてもらおうかしら。
ここまでは楽観的に考えていた。
それが、何の冗談だろうか。目の前の可憐な少女がおずおずと口を開いた。
「あの、そのクリストファーが私です」
こいつは一体何を言っているんだろう? 私には言っている意味が全くわからなかった。
「「は?」」
お父様と同時に疑問の声が出てしまった。ただ、ニュアンスは異なるのだけど。
「はっはっは。伯爵も冗談がお好きなようですな。でも、娘さんにそんなこと言わせてはいけませんな」
「いやぁ、事実なんですよ……」
お父様が冗談だと思ったのか、ちゃちゃを入れるが、すかさず肯定の意が返ってくる。
流石のお父様もトーンを低くして窺うように聞いてしまう。
「あの…、それは伯爵の趣味ですかな?」
「いえいえ、違います。その、説明すると長くなるんですが…」
その長くなる理由とやらを問い質したくはあるが、お父様が手で制して話を打ち切ってしまった。
伯爵家側が何も否定しないという事は、目の前の少女がクリストファー様なのは事実なんだろう。一体、どんな理由があれば、招待されたのに、平然と女装して来るのだろう。いや、凄く可愛くて似合ってはいるのよ。クリストファー様じゃないと言われたら、速攻で抱きしめたて、キスしたくなるくらいにはかわいい。
でも、これを認めると、私の中のクリストファー様像が音を立てて崩れていく気がした。どうしても認められずに意地を張ってしまった。
「そ、そうだ。ソフィア。ソフィアが逢いたがっていたのが、彼? 彼女? なんだろう? 知っていたのかい?」
「いいえ。私の知るクリストファー様とは似ても似つかないですわ。どうやら、私の逢いたかったクリストファー様はお越しになられなかった様ですわ」
だから、クリストファー様にも、お父様にも、つい棘のある言葉で突き放してしまった。本当はこんな事が言いたいわけじゃないのに。
初対面でこんな言い方をすれば、きっと悪い印象を与えてしまったでしょうね。
でも、私がクリストファー様に逢いたかったのは事実。
「私が、クリストファー様にいつでも逢いに行けるように作ったんですの!」
実際どんな姿形か分からずに招いた私の責任でもある。だから、どうしても反発して必要のない言葉を発してしまう。
「まぁ、それも無駄になってしまった様ですがね」
どうして私はこんなに素直になれないんでしょう。もしかしたら、この世界のクリストファー様の事を知らないからではないだろうか?
私の一方的な想いをぶつけるのは失礼よね。
なんとか、クリストファー様と二人で話をしておかなければいけないなと思った。
もしかしたら、もう二度と逢えないかもしれない。そう思うといてもたってもいられなくなった。
「お父様、私、このクリスティーヌ様とやらとお話をしようと思うのですが、席を外しても宜しいでしょうか?」
気づいたら、クリストファー様の手を掴んでいた。