05 気遣いなのかな?欲望なのかな?
暑く寝苦しいなと目を開けると、メアリーの抱き枕になっていたなと思い出した。
幸せそうな顔で寝ているメアリーをそのままにして、なんとか抜け出す。
窓の外を眺めていると、庭で一人木剣を持って練習しているお兄様が見えた。
そいうえば、お兄様とは一言も喋ってなかったなぁと思って、庭へと出た。
黙々と素振りをしているお兄様。確か…、ルイスだったかな。
側でじっと見ていたら、気づいたのかビクッっとしてこちらを見て固まった。
「ど、どどど…、どうしたのクリスっ?」
お兄様…、その反応はどうかと思います。女子慣れしてない男子高校生みたいな反応ですよ?
「いえ、外を眺めていたらお兄様が剣の練習をしているのが見えまして、気になって来ちゃいました」
下から見上げる様にニッコリ笑顔でそう言ってみた。
「そ、そそそ…、そんな、み…、見てても面白くなぃ…、ょ…」
最後は消え入りそうな声になっていた。
お兄様は女子慣れしてないのか、女装したクリスに苦手意識があるのか、或いは前クリスが何かお兄様にトラウマを植え付けたのだろうか? 後でメアリーに聞いてみよう。
「そ、それに…、ぁ、汗臭いと思うし…」
「いいえ。真剣に練習していて素晴らしいと思いますわ」
「そ、そう?」
赤く照れてるお兄様かわいい。
「そ、そういえば、なんでクリスは突然、そんな格好したの?」
お? お兄様、少し噛まなくなりましたね。
「これが好きな事だと目覚めまして」
「そ、そうなんだ…」
「可愛いですか?」
「~~~~~~~~!」
反応が面白い。赤面しながら目が泳いでる。弄りすぎたなぁ。お兄様の免疫的にも今日は無理そうだから日を改めよう。
「ふふふ…、じゃぁ、お兄様また来ますね」
「えっ…、また…?」
カーテシーのポーズをとって、そのままスカートの端を持ち上げ小走りで屋敷へと戻った。
部屋へ戻ると、絶望した顔のメアリーがベッドの上で両手を見つめたまま座っていた。
私の顔を見ると、蒼白したメアリーの顔に色が戻る。
私の元へ駆け寄り。
「どこに行ってたんですか? 起きたら部屋の中には居なくて、今までのは自分の夢だったのかと…」
「ごめんね。先に起きて外を見てたら、お兄様が居たから会いに行ってたの」
「そうでしたか…、これからは、必ず私を連れて行ってくださいね」
「寂しかったの?」
「それもありますが、一人で行動は危険です。例えこのお屋敷の中でもです」
「うん。わかった。ごめんね」
「いえ、私も説明してませんでした。申し訳ありません……。さて、私はまだ不安ですので、安心できる様に私の膝の上に座っていただけますか?」
淡々とおかしな事を要求してきた。
黙って出かけて不安にさせたのは事実なので、要望どおり座ってあげた。
後ろから抱きしめられ頰ずりされハスハスと匂いを嗅がれた。ここの家が少しおかしいなとは薄々感じてたけど、皆、欲望に忠実すぎない?
夕食の後、父ジェームズに書斎に呼ばれた。
お父様に呼ばれたので、一緒に行くと言ったメアリーをなんとか宥めすかし、書斎へ入った。
「お呼びでしょうか? お父様」
「あぁ、クリス…、幾つか聞いておきたい事があってね…」
この女装の事でしょうね。
「その格好は、レイチェルとサマンサに言われて嫌々やってるのではないかい? 二人とも自分に正直だからね。もし、嫌なら今回は流石に行きすぎているから指摘しないといけないからね…。どうなんだい?」
「いいえ、お父様。これは好きでやっているのです」
「本当に? 言わされてないかい? クリスも結構反発していたからね。諦めて絶望してないか不安だったんだよ」
「いいえ、寧ろ好きな格好を出来るので希望しかありません」
「そ、そうかい…」
「はい。それに、気づいたのです。この姿こそ私に相応しいと。お母様もお姉様も可愛いと仰ってくださいました。双方の利害が一致したのです。今更止めろと言われても出来ません」
「分かった……。好きでやっているのならいいだろう。それに朝、名前も変えてしまったし今更だったね……。良かった。実は本当に嫌がっていたらレイチェルに指摘しないといけないけど、怖くてねどうしようかと一日中考えてたんだ。いやぁ、良かった良かった……。はっはっは……」
おい、父よ。一家の主としてそれはどうなんですか? 助かるけれども。
「サマンサも言う事聞かないからね。その内諦めると思ったんだけど…、まぁ、クリスがいいならこれからは私の娘として好きにやりなさい」
お父様。流石に事なかれ主義すぎませんか? 貴族として大丈夫なんだろうか。この性格だと付け込まれたり、断れなかったりするんじゃないかな? ちょっと不安になってきた。
あぁでも、長男がいるから別にいいのかな?
コホンと咳払いし、佇まいを正し、胸の前で腕を組んだ。所謂ゲンドウポーズですね。お父様がやると、全然似合わないな。
「さて、クリス…、一つお願いがあるのだが…」
なんだろう? お父様のお願い。想像できないな。
「抱っこしてもいいだろうか?」
ブルータスお前もか。
「え、えぇいいですわ…よ。お父様…」
「実はね、パパ娘を抱っこした事ないんだよ。サマンサはやんちゃでね。抱っこさせてくれないんだよ。ははは」
そういって、お父様は私を抱き上げ、頬に軽くキスをした。
お父様にロリコン疑惑が浮上した。でも、嬉しそうなので指摘はしないでおいた。
「困った事があったら、なんでも言いなさい。自分で抱え込まないでいいからね。今まで力になれなくてすまないね」
お父様は不器用なんだろうなと思った。
おやすみの挨拶をして書斎を出て部屋へ戻ると、メアリーが待ってましたと言わんばかりに近づいてきた。
「クンクン…。旦那様に何かされましたか?」
怖っ…。可愛らしいから恐ろしいに評価が変わりそう。
「では、お風呂にしましょうか」
「え? お風呂あるの?」
前世日本人としてはお風呂は欠かせないからね。ただ、どの程度のレベルのお風呂なのか、石鹸とかあるのだろうか? 凄く気になる。そういえば、今日まだトイレも行ってなかったので、併せて行こうと思う。その旨をメアリーへ伝えた。
「お風呂も、おトイレも隣の部屋にありますよ? では、一緒に行きましょうか」
なんと! 部屋の隣にあるなんてもしかしてこの家大きいのかな? メアリー曰く大浴場みたいのは無くて、各部屋に付いてるそうで、使用人の部屋にも簡易的なものがあるらしい。配管周りどうなってるんだろう。凄く気になる。
扉を開け、洗面所・トイレを見た。凄く見慣れたものだった。
洗面所は豪華だけどシンプルで使いやすそな、現代のホテルにありそうな感じで、トイレに関してはもう、水洗式の椅子型の便座だった…
お風呂も気になり覗く。猫足のバスタブだった。いかにもって感じだけど、そこは統一してほしかったな。
うーん。この世界の文明のレベルがよく分からない。
考えても分からないから、とりあえずトイレを済ませよう。
「…………あの、メアリー…、見られてると困るんだけど……」
「お気になさらず」
「気にするよ? 見られてると出るものも出ないし、最悪漏らしちゃうよ?」
「いえ、クリス様の全てをお世話すると決めましたので、大丈夫です。どうぞ、なさってください」
一向に出て行きそうにないので、無理やり押し出し、鍵を閉めた―――
―――用を済ませたら、何故か鍵を閉めたはずの扉が開いた。
「え? なんで?」
「主人の身を守る為、ピッキングはメイドの嗜みですよ? 常識です」
そんな常識あってたまるか。
「さ、クリス様、お服を脱ぎましょうね」
「いや、一人で入れるからいい」
「ダメです。子供一人でお風呂なんて溺れたらどうするんですか? それに、何度も言いますが、基本的に貴族の方々は自分で体を洗ったり、服を着たりしません。私達の仕事なんです」
そうなのかな? 確かに貴族は自分で自分の事しないイメージだけど、この家では違う気がするし、もしかしたら自分でやるのがスタンダードな世界観かもしれない。
何より、メアリーの私情が優先されてる気がする。
うーん。でも、微妙に使い方とか分からないから、最初だけはメアリーにお願いしようかな…。
鍵は後で、なんとかしよう。そのうち主導権握られそうだし。
「では、脱がせますね。そもそも、後ろは編み上げなのでクリス様一人では脱げませんよ」
そうだった。こういったドレスって編み上げなんだよね。ファスナーだと一人で着替えられそうなんだけど…。あれ、サイズピッタリだと手伝ってもらわないと着替えられないよね…。あれ、詰んでる?
でも、貴族って自分で着替えられない人いるし、恥ずかしいって概念が無かったって、何かで見た気がする。
という事は、恥ずかしがってる自分がおかしいのか…。こればっかりは慣れないなぁ…。
そんな事を考えているうちに、メアリーに全て脱がされてしまった。
「さぁ、楽しい楽しいお風呂タイムですよ」
「それはメアリーにとってじゃないの?」
「そうですよ」
「否定しないんだ…」
ルンルン鼻歌を歌いながらお風呂の世話をされてしまった。
こればっかりは慣れるしかないなぁ…。
ちなみに、お風呂の使い方は難しく無かったが、浴槽には子供一人で入るのが難しかった。悔しいから、明日は一緒に入ろうかって言ってみようかな…。