01 プロローグ
嫌いだ。この世の全てが嫌いだ。
今日も大嫌いな朝が来た。
窓の外は相変わらず重い鈍色をしていた。昨日も今日も、これから先ずっと…。
ノックの音と同時に専属のメイドが二人入ってくる。
無感情な顔で無機質な声でお決まりの挨拶をしてくる。
そして今日も退屈な一日が始まる。
見えないはずの鎖と鉄球が足に繋がれている。
この見えない鎖も、この国も、この世界も全部ぶち壊してしまいたい。
だが、俺にそれをするだけの力も権限も何もない。
ただ一日一日を飼い殺されている。
一体俺の存在とは何なのだろう?
着替えの準備をしているメイドに問いかけたところで答えどころが、視線さえ向けてくれないだろう。
この国の王族は皆、赤髪に黒目をしているのに、鏡に映る俺の姿はどうだ?
金髪に碧眼ではないか。
親父は言う。かつて初代皇帝の先祖返りだと。
そんな訳はない。
だったらこんな腫れ物に触れるような扱いをする訳がない。
昨日今日の話じゃない。十六年ずっと。ずっとだ。
身支度を整えたら、さっさと出ていくメイドと入れ替わるように侍従が入ってきて、今日一日の予定を淡々と告げる。
よくもぁそんなにつまらなそうに話せるものだと感心する。
最後に一つ、いつもと違って隣国の情報を一つ付け足していた。
隣国の王女が婚約したらしい。
そして、その婚約披露のパーティーがあるのだそうだ。
だから何だと言うのか? 籠の中の鳥と変わらない俺がそれを聞いてどうしろと言うのか?
以前にも聞いた記憶があるが、その時は報告止まりだった。
しかし、侍従は普段と打って変わって弾んだ声で続きを告げた。
「行ってみたくはありませんか?」
驚いた。
こんな話し方も出来るのかという事ではない。
俺に選択肢を与えた事が、だ。
振り返り侍従の顔を見ると、人差し指を口元に当て片目を閉じていた。
それは物語に出てくるトリックスターの様に見えた。
「皇帝陛下も皇后陛下も長くはありません」
この男は何を言っている? この帝国でそんな事、思っていても口に出してはいけない事を。
粛清など日常茶飯事のこの国で、どこで誰が耳を欹てているか分からないのにだ。
勿論、そんな事承知の上といった顔をしていた。
その初老の侍従は、老いを感じさせない程のいたずらっ子のような笑顔を向けていた。
「どうなんですか? ルスラン次期皇帝陛下?」
「お前…それがどういう意味を持つのか分かっているのか?」
「勿論ですよ」
侍従をまじまじと見つめる。
そういえば、最近侍従が変わったのだったか。
どいつもこいつもつまらない話し方しかしないから違いが分からなかったが、どうやらこいつは違う様だ。
尤も、今日に至るまで違いは分からなかったのだがな。
「どうしますか? きっと思いがけない出会いがあるかと思いますよ?」
まるで未来を知っているかの様な口ぶりだ。
確かに…。俺以外の皇位継承者はいない。
それというのも政敵になりそうな人間はみんな皇帝である親父が粛清と称して殺してしまったからな。親類すら手にかけていて、残っている親類はみな継承権を放棄している。
そう。皇帝が崩御すれば自動的に皇帝陛下になるようだが、どうも望まれていない事も知っている。
嫌いなこの国の皇帝か…。
壊してしまう事も可能だろう。どんな形であれ。
今まで表情筋が死んでいると思っていたが、どうやら口角が上がっていたらしい。
侍従がそれをみて満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔はピエロの様にも悪魔のようにも見えた。




