27 お土産を渡そう③
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今、私達はテオたんのいる、ジェイドフォレスト領へ向かっている。
駅へ向かう車の中で、ほんの少し気まずい空気になっていた。
それというのも、ソフィアが恨みがましい目でずっと私を睨んでいるからだ。
その表情は羞恥と怒りで真っ赤になっていた。
スカートの裾を両手で握りしめて、プルプルと震えていた。
「(わ…私があんなに乱れるなんて…)」
「ソフィアちゃんどうしたの?」
同じく車内で、ソフィアの横に座る王妃様が心配そうに声を掛けた。
「な…なんでもないですぅ…」
最後は尻すぼみになってソフィア殆ど聞こえなかった。
お宅の娘さんに私とソフィアがいろいろモテ…遊ばれてしまっただけですよ。
そんな王女様はテオたんに会える事を楽しみにしたいるのか、先程の事を思い出しているのかは分からないが、とても楽しそうにしていた。
「このお菓子、テオが喜んでくれるといいんだけどな」
どうやら、前者の方だったらしい。
だったら、さっきまでの事ってしなくてもよかったんじゃないですかね?
私だけ2ラウンドあったし。未だに脚は震えてるし、アソコはジンジンしてるわで、もう大変よ。
そして、そのまま王女様と王妃様に何かされるでもなく無事にテオたんのいるジェイドフォレスト領へついた。
「本当に王都の横とは思えないくらい閑静ね」
王妃様が何の気なしに呟く。
「私、テオの所へ行くの初めてかもしれないですわ」
「あら。そうだったの? いつも遊んでいたから、お伺いしているものだと思ったわ」
「いつも部屋で遊んでました…」
王女様は、少し影のある表情をした。
テオたんの事を知ってるようで知らなかったんだろうな。
「あの頃と変わってなければいいのに…」
ずっと会っていなかった王女様は、テオたんの今の姿を知らない。その呟きは希望的観測に基づいていた。
「あれ、あの後もテオドールちゃん来てたわよ?」
「えっ?」
「そういえば、あの中庭もテオが関わってたよね」
「えっ! あの素敵な中庭を…」
頬を染める王女様。
「もしかして私の為に…」
私も関わってるし、なんなら王妃様向けに作られた中庭だけど、私も王妃様も大人だから否定なんて野暮な事はしないわ。
流石にソフィアも口をもごもごさせながら黙っていた。言いたいのを我慢しているのだろう。
「と言う事は、お母様はテオに会っていたのですか?」
「そりゃあもう。ねぇクリスちゃん。ソフィアちゃん」
「ええ、まぁ」
「結構王城に居るわよね」
「知らなかった…」
王城に行っていたけど、王女様に会わなかったという事は、テオたんにも思うところがあったのだろう。
「お母様、今のテオってどんな感じなんです?」
恐る恐るといった感じで尋ねる王女様の手は震えていた。
「すっごく可愛くなってるわよ」
「そうね。私というものがありながら、お熱になるくらいだもの。悔しいけど認めるしかないわ。確かに可愛いと…」
ソフィアはキッと私を睨む。
「きっとクリスちゃんと出会ったからね」
頬に手を当て懐かしむ感じで呟く王妃様。
「なんて事…。私はどれだけ愚かな事を…」
またぞろ俯く王女様。
「いや…多分だけど、クリスと遊んでから女装始めた訳じゃないと思いますわよ?」
その言葉に俯いていた顔を上げる王女様。
「どういう事ですか?」
王女様からの問いかけに、一つ咳払いしてから答えるソフィア。
「よく、クリスの家に遊びに来ていたけど、普通に男の子の服着てたものね」
「そういえばそうだったわね」
「どういう事ですか?」
「多分だけど、王女様に拒否されてからなんじゃないかなって思ったのよね。聞いていた話と時期を照らし合わせると」
「「へぇ…」」
私と王妃様が感心した感じで声を漏らす。
そんな事を話していたら、いつの間にかテオたんの屋敷の前へ着いていた。
話に夢中になっていて、窓の外を見ていなかったのだろう。馬車から降りると王妃様と王女様は口を大きく開けて固まっていた。
「な、何これ…」
「素敵! 私こういうところに住んでみたいわ」
いつもフリフリの衣装着てるくせに、メルヘンな建物は好みではないんですね。
逆に王女様は感激して飛び跳ねている。
先触れを出していたのだが、まさか、宰相閣下直々に出迎えてくれるとは思わなかった。
「お待ちしておりました」
「お出迎えありがとうドワイト。でもまさかドワイトの趣味がこういうのだとは知らなかったわ。ダンディな顔して心は乙女なのね」
テオパパはいつもと変わらない表情をしていたが、王妃様の言葉で顔が引き攣ってしまった。
そして、狼狽えバタバタしながら精一杯否定するテオパパ。
「なっ! ちっ、違います。これは妻や娘の…。私は反対したのです! でも、押し切られてしまって…」
「我が国の宰相ともあろう人物が何押し切られてんのよ。まぁ、結果オーライじゃない? うちのルキナちゃんも喜んでるし」
「そ、そう言ってもらえると…いや、あんまり嬉しくないですね」
テオパパはがっかりと項垂れながら屋敷の中へ案内した。
屋敷の中へ入ると、三人の女性が立っていた。
王妃様が、急な訪問を軽く侘びながら先に挨拶していくと、三人はカーテシーをして、それぞれ名乗っていく。
どうやら、これがテオたんのお母様とお姉様なのね。
へぇ…。テオたんに似てほんわかしている。
言われてみれば、確かに物事をあまり気にしなそうで、それ故迷子になりそうな雰囲気がある。
そして、最後にテオたんがカーテシーをして名乗る。
「テオドールです」
「テオ!」
言い終わる前に駆け出し、テオたんの手を取り握る王女様。
「テオったらこんなに可愛くなって。最初分からなかったわ」
「ルキちゃん…」
二人とも顔を赤くして見つめ合っている。
「私、テオに謝ろうと思って…」
「なんで?」
「だって私が酷い事を言って傷つけてしまったでしょ。それにこうして私好みの女の子の格好まで…」
そこまで言うと、ポロポロと涙をこぼしてしまう。
「うんん。気にしてないよ…ってのは嘘になるけど、結果としては良かったと思ってるんだ」
「へ? そうなの?」
「うん。本当の僕に気づけたし。まぁ、最初は悲しくて行きたく無かったんだけど、その後どういう顔して会えばいいのか分からなくなっちゃって」
「そうなのね。ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめんね。こんなに時間だけが過ぎちゃったけど、今でもルキちゃんの事好きだよ」
ハッとして顔を上げる王女様。
「テオ…」
「うん」
「私、いっぱい話したい事あるの」
「うん。僕もたくさんあるよ」
そうして二人はテオパパと王妃様に何か二、三言話して手を繋いで階段を上っていった。
長い時間会わなかったのが嘘のように、二人は通じ合っているみたいだ。
階段を上り切ると、振り返り、はにかんで手を振って去っていった。
いろいろ思うところはあるけれど、これで良かったのだろう。
「さて、私達も話し合うとしようか」
「そうね」
テオパパとルキナママが頷きながら応接室へ向かった。
宰相の息子兼聖女様と王女様との婚約の話をするのだろう。
パワーバランスとか崩れそうな気もするけど、そこは国のトップ同士上手く話をすり合わせていくのだろう。
テオたんのお母様とお姉様もついていってしまった為、エントランスホールには私達二人だけポツンと残されてしまった。こんな事ってあるの?
「私達いる意味ないわね」
「そうね」
「帰りましょっか」
「そうだね」
たまたま歩いてきたメイドさんに帰る旨を伝えて、お家へ帰ることにした。
そういえば、王女様が持ってきたお菓子はちゃんと渡せたのだろうか?
いや、渡す必要もなかったのかな?




