26 お土産を渡そう②
軽くノックをすると、中から返事が返ってきたので、名前を名乗る。
「どなたですの?」
「王女様、クリスです」
中でガタガタっという音がしたと同時にドアが開けられた。
本来ならお付きのメイドさんが開けるんですよ? 少し不用心すぎませんかね?
まぁ、うちでそんな危ない目に遭う事は起きないけどね。まぁ…代わりに貞操の危機にはよく遭うのだけれど…。
「クリス様…」
ドアの間から覗きながら開けた王女様は、さっきまでの様子と打って変わって、落ち着いている。心なしか、目が赤い気がする。
ソフィアに言いくるめられて、悔し泣き…するような人ではないわね。寝てたのかしら?
「どうかされましたか?」
完全にドアが開くと、何かを期待しているかのような表情をしていた。
期待されても、王女様の婚約者にはなれないんだけどね。
そして、私が持っていた紙袋を見る王女様。
「それは…」
「あっ…。これはですね…」
何て説明しようか。ソフィアにそのまま渡されたけど、これ王都のお菓子なのよね。
私が迷惑かけた訳じゃないし…。
「わぁ。これ、私の好きなお菓子じゃないですか。流石はクリス様ですね」
「あ、そ…そうなんです。王女様の気分を害してしまったかなー…と」
「そんな…。クリス様は悪くありませんわ。悪いのは、わがままを言った私ですのに」
なんか心が痛むな。というか、急にしおらしくなって一体どういう心境の変化だろうか?
そして、顔を赤らめ後ろ手にもじもじする王女様。
「あの、クリス様…」
「何でしょうか?」
「ここではなんですから、中へどうぞ」
そう言われては、拒否する訳にもいかない。
引かれるまま中へと入る。
部屋の中には他のメイドさんとかは居なかった。
これはもう何を言われても覚悟を決めるしかないわね。
私の後ろでドアの鍵が閉まる音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
私の後ろから王女様が進み出て、くるっと回って笑顔を見せた。
「実は、ソフィア様に言われて思い出したんですの」
「思い出した事…ですか?」
「ええ。私、テオに謝りたいのです」
王女様と私は、ベッドに隣同士で腰掛けた。
そして、王女様は過去にあった事を語ってくれた。
自分が男性が苦手である事。
そして女の子が好きであると気づいた事。
テオの事を女の子だと思っていたら、男の子だった事。
そしてそんなテオに自分勝手に酷い事を言って、傷つけてしまい、それ以降ずっと会っていなかった事。
そんなテオに会って謝りたい。そして、また一緒に遊びたいという事。
気丈にも泣き顔は見せなかったが、話し方は訥々としていた。
やっぱりテオたんに思うところがあるのだろう。
これは、ソフィアの薬は必要なかったかもね。
王女様は私に向き直ると、視線を彷徨わせながら話を続けた。
「それで、私…テオに謝って、また一緒に過ごしたいなって思ったんです」
「分かりました。協力しましょう」
「ありがとうございます。でも、クリス様にも惹かれているところもありますしぃ…」
ん? それはもう心苦しいけど、テオたんと結ばれた方が良いんじゃないかな?
「私の事は気にしなくて大丈夫ですよ。テオ…テオドール様とよりを戻してはいかがでしょうか」
だけど、王女様は何故かまだ顔が赤いままだ。
「そうなんですけどぉ…」
嫌な予感がする。いつでも逃げられるようにしておかないと…。
「私、やっぱりクリス様の事も気になるんです! 少しだけでいいので、見せてもらってもいいですか?」
「嫁入り前のお嬢様がそんな事言ってはいけませんよ」
嗜めるが、聞く耳をもっていただけなかった。
「大丈夫です。うちのお母様を見れば分かりますが、そんな事些末事ですわ。いくらでも揉み消せますので、お気になさらないでくださいまし」
「お気にないでくださいまし」って、それこっち側が言うセリフ…。
というか、王家の影としては見過ごせない発言だが、今はそんな事言っている場合ではない。王女様の瞳にハートマークが見えるもの。
慌てて逃げ出そうとしたら、ワンピースの裾が王女様のお尻の下にあったらしく、そのまま床に突っ伏してしまった。
「クリス様。逃げようとするなんて酷いですわ。大丈夫です。見るだけですので。この後テオのを見た時に驚かないよう、事前に予習しておくだけですので」
「や、やめましょうよ。ね?」
「協力してくださるんでしょ?」
そういう意味で言ったんじゃないのよ?
王女様は、手をワキワキさせながら、私のワンピースのスカートを思いっきり捲って、ショーツをずり下げた。
「!?」
王女様は驚き、一歩二歩と後ろに下がって、そのままベッドに尻餅をついてしまった。
「ど…どういう事なの? クリス様が女の子…。だったらレオナルドお兄様と婚約破棄なんて…」
まぁ、そうなるよね。
戸惑うし混乱もするよね。
しかし、ソフィアの薬のおかげで助かったわ。
…助かったのかしら? 前にもこんな事あったわね。
とりあえず、王女様にはこのまま誤解してもらったままでいてもらいましょ。
だが、王女様は両手を頬に当てて妖しく笑い出した。
「うふ…うふふふふっ…」
「王女様…?」
王女様は、私の手を掴んで立たせてくれると思ったら、そのまま引っ張られてベッドに押し倒されてしまった。意外と力がお有りで…。
「あの…王女様?」
「クリス様が女の子なのは残念でしたが、最初に言いましたよね。私、女の子が好きだって…」
やばいやばいやばい!
頭の中でめちゃくちゃ警鐘がなっているが、お腹の上に馬乗りになっているから動くに動けない。
だって、このまま力任せに振り払ったら不敬だなんだと言われてしまうし、最悪ケガさせてしまうかもしれない。
しかし、逃げない訳にもいかない。
ちょっと! この状況みんな見てるんでしょ?
うちのメイドさん達の事だ。絶対どこかに隠れて見ているに違いない。
薄い本の題材になるとか、そういうのいいから助けて欲しいんだけど…。
しかし、無情にも軋む音さえ聞こえない。
「どうかしましたか、クリス様?」
「王女様、やめまし……」
キスで口を塞がれてしまった…。
「大丈夫ですわ、クリス様。私経験豊富なので」
それから解放されたのは二時間くらい経ってからだった。
王女様のベッドから這いつくばりながら出口を目指す。
もうね。なんというかしゅごかった。絶対にあれ手慣れているわ。なんていうか手つきに迷いがないもの…。答えが分かってて、何回も正解をバンバン当てる感じ?
しかし、本当に身体に力が入らないわね。腰が抜けて、脚はガクガクしてるし。
こうして腕の力だけで向かってるだけ大したもんだと褒めて欲しい。
なんとか上半身を起こし、鍵を回してドアを開けると、ドアの前にはソフィアがいた。
「随分と時間がかかったわねって、何床に這いつくばってんの?」
怪訝な表情で呟くように言うソフィア。
だが、その言葉に反応したのは私ではなく王女様だった。
「あら。ソフィア様」
「ルキナ王女殿下…。先程は…」
指を舐めながら妖艶な表情で、ソフィアの手を取る。
「気にしないで。それよりも、貴女も可愛いわよね」
「へっ? …ってちょっ! クリス何して!」
ソフィアの足首を掴む。
「ちょ! どういう事よ。は、離しなさいよっ…て、流石鍛えてるだけあって振り解けないわね。これ、どういう事よ。なんでクリスは寝転がってるのよ」
「死なば諸共よ」
「ど、どういう意味よ。…なんか嫌な予感するんだけど? やめ…離し…離せーーーー!」
ソフィアにも責任とってもらいたいわ。
王女様と二人でソフィアを部屋へ引きづりこんだ。
王女様からは逃げられないわよ。
一緒に責任取ってよね?




