16 女装趣味の私が王女様の婚約者に?
お父様の執務室に入ると、以前とは違って暖かい…。いや、冷房を切っているのかな?
あんなに凍えるくらい寒かったから羽織るもの持ってきたけどいらなかったな。
「それであなた。用というのなんなのかしら?」
「ちょっと待ってくれ。どうしてレイチェルまでいるんだ」
「なぜって、クリスだけで行かせたら、また変な事押し付けるつもりだったんでしょう?」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
消え入りそうな声を出すお父様は、萎びたもやしのように、今にもポッキリ折れてしまいそうなくらい細く白くなっていた。
どうりで、クーラーつけてないわけだ。
これは、絶対にめんどくさい事に違いない。
お母様と顔を見合わせて、無言で立ち去ろうとする。流石にお母様も察したようだ。
「待って待って! なんで帰ろうとするんだい?」
「あなたがそんな風になったいる時は大抵めんどくさい案件でしょう? 一人で頑張って」
「そんなつれない事言わないでくれよ。なぁクリス?」
「私に振られても…」
「ま、まぁ、話! 話だけでも聞いてって。ほら、今回はお茶とお菓子も用意したんだ。な?」
「な?」じゃないですよ。
そんなのにつられるのはお姉様だけです。
とりあえず話だけでも聞いておこうと、ソファに座る。
聞いていないと、後でめんどくさい事になってもいいように。
「それであなた。話って何なの?」
お母様がいると、主導権握ってくれるから楽だな。
「あ、あぁ…。これなんだ」
そう言ってかすかに震える手で差し出したのは、汚れ一つない、少し輝いて見える白い手紙だった。
封蝋を見ると王家の紋章が入ってる。
うわぁ…超絶めんどくさそう…。
「これ、いつ届いたの?」
「一週間前……」
「はぁ!?」
お母様が大声を出すと、ビクッとするお父様。
「何で届いた手紙をすぐ開けないの?」
「いや、だって仕事の案件が凄いあるから、違う所から来た手紙は後回しにしてたんだよ」
それにしたって一週間は放置し過ぎですよ?
「それで、手紙にはなんて?」
「婚約の件について書いてあった」
「あら。レオナルド殿下との婚約が正式に破棄された事の報告かしら?」
それで、こんなに真っ白になりますかね?
「いや、レオナルド殿下の件は保留で、一度ルキナ王女と婚約してはどうだろうか? と、エテルナ王妃から…」
「なんですって!」
お母様が驚き立ち上がる。
私も衝撃的な内容だったので、飲んでいたお茶を吹き出しそうになるのを、すんでのところで我慢した。私偉い!
「あの…話が見えてこないんですが…」
「そうよ。一体何があったらレオナルド殿下からルキナ王女の婚約者って話になるのよ」
「知らないよ。さっき読んだんだもん」
「全く。私の所に来ていればさっさと握りつぶしていたのに。あなたってばいっつもそうね」
「そんな事言うけど、前回も何かあった時、確認遅れてたよね?」
「そんな事ありましたっけ? ほほほ…」
お父様が信じられないって顔してるって事はあったんだろうな。
似たもの夫婦ですね。仲がよろしいようで。
しかし、一週間も経っているんだ。これは断りづらいなぁ…。
「という事で、クリスすまない。また、なんとか破談にしてきてほしい」
「あなたねぇ…」
お母様が顔を顰めると、目線を逸らすお父様。
「だが、相手はルキナ王女。女性だ。もし、クリスがお姫様になりたいって言うなら話を進めてもいいんだよ?」
「いや、国家運営とか国政とか外交とかめんどくさそうなんでいいです。それに今でも伯爵家の姫やってるので、充分です」
「そ、そうか…。どうしよっかな…。なぁ、レイチェルなんかいい案ない?」
「無いわよ…」
一瞬、部屋の中が静寂に包まれる。
「そうか…。あ!」
「まだ何かあるの?」
その時、何か思い出したのか、立ち上がったお父様は、机の上から一通の手紙を持ってきた。
「あった。これなんだけど、宰相からクリスへ一度相談したいって手紙が今日届いたんだ」
タオドールたんのお父様から? テオドールたんとの婚約の話かしら?
「珍しく当日に開けたのね」
「だからまとめて開けてたら気づいたんだよ」
「それで、内容はなんて書いてあるんですか?」
「会ってから話したいと…」
「分かりました。明日お伺いします」
きっとテオドールたんの事だろう。勿論即答する。
「分かった。速達で出しておくよ」
「じゃあ明日どうするか、私とあなたで考えましょうか? じっくりと」
「怖い怖い! そんな顔しなくたっていいじゃないか」
まぁ、こういう時の笑顔って怖いわよね。
それにしても、宰相から直々に相談って、一体なんだろうか?
かわいいテオドールたんを女装させて聖女にした責任を取れって事かしら?
期待半分不安半分で、宰相のいる王城へ行く事になったのだった。




