08 プールの後に
私とソフィアはプールから上がって着替えて屋敷に戻る。
子供達やお姉様はまだプールで遊んでいる。元気ねぇ…。
そういえば、あの四人は水着取り戻せたのかしら? まぁ、なんとかなるでしょう。
部屋に戻った瞬間にソフィアが「あっ!」と大声をだして頭を抱えながらしゃがみ込んだ。
もしかして食べ過ぎてお腹痛くなったのかしら?
そこにトイレがあるから早くいっといで。
そう思っていたんだけど、どうやら違ったようだ。
ソフィアは腕や手をさすりながら何かを確認していた。
そして、そのままの勢いで私の腕や頬を触る。一体どうしたってのよ…。
「やばい。どうしよう」
「どうしたのよ」
「日焼け止め塗るの忘れてた」
「あっ…」
前世でプールなんて高校の授業くらいまでしかやってないから、その発想を忘れてたわ。
うわぁ…どうしよう。私の肌が赤くなってたら…。確認するが、いつもと変わらず白く綺麗なままだ。なんで?
対するソフィアはほんのり赤くなっている。まぁ、小麦色に焼いた方が健康的ではあるけども…。
ソフィアは私の鏡台の上にあった化粧水で肌にバシャバシャ塗り込んでいた。
ソフィアが真剣な表情で戻ってきた。着ていたワンピースの襟元が湿っている。どんだけ使ったのよ。
「焼けちゃったらどうしよう…てか、なんでクリスは変わらないのよ!」
「知らないよ」
私の着ているワンピースを掴みながら揺さぶるソフィア。泳いだ後だから気分悪くなるからやめてほしい。
そして、ハッとした表情をすると、またぞろ頭を抱えてしまった。忙しいわねぇ…。
ボソボソと何か言っているがよく聞き取れない。
「(なんで、日焼け止めローション塗りあいっこしなかったのかしら…明日こそは忘れずに…というか、なんで着替えの時覗かなかったのよ私は…)」
そんなに日焼けしたのがショックだったのかな?
まぁ、貴族の令嬢なんて、よくブルーブラッドや深窓の令嬢なんて言われて、肌が白いのがいいみたいな風潮あるけど、この辺の地域じゃ誰もそんな事言ってないわよ?
それに、そんな事言ってたらお母様や王妃様がキュアキュアショーをこの炎天下でもやってるし、青白い肌とは無縁なんだからいいじゃない。見習ったら? まぁ、それでも白いけどさ。
ぶつぶつ言いながらウロウロしていたソフィアは諦めたのか、私のベッドに飛び込んでふて寝してしまった。自由な人ねぇ……。あ、遊び疲れて寝ちゃった感じ?
一人で納得してたけど、私もちょっと眠いわね。
ソフィアを横に一回転させてずらして、私も昼寝しようと横になる。
気がついた時には窓の外は藍色になっていて、稜線がほんのり黄色くなっている。
すぐに寝落ちしてしまったようで、随分と眠っていたようだ。
なぜかソフィアが私を抱き枕にしていた事にすら気づかなかった。
どおりで二人とも汗だくなわけだわ。夏に抱き合って眠るなんて、暑いに決まってるもの。
そういえば、帰ってきてからメアリー見てないな。多分一番涼しい部屋でサボっているんだろう。普段、私に付きっきりなくせに、何かあると自分を優先するんだもの。
そんな事を思っていたら、ノックの音が聞こえたので返事をした。
「どうぞ」
「失礼します」
今日二回目のイノさんだ。いつみても綺麗だわ。
「どうかしたのかしら? 夕食の時間まではまだあると思うのだけれど」
そう言うと、ベッドの方をチラと見たイノさんが、少し困った顔をする。うーん困った顔も素敵だわ。
「その…お取り込み中申し訳ないのですが…」
そう言われて理解した。汗まみれの身体。はだけたワンピース。皺くちゃのシーツ。ベッドで眠るソフィア。
「な…何にもしてないわよ。プールで遊び疲れて寝ちゃっただけよ。ほら、エアコンもいつの間にか消えてるし」
「そうですか」
絶対嘘だって顔してるわね。どうしてうちのメイドさん達はこうも頭ごなしに決めつけるのかしらね?
「まぁいいわ。それで何か用があったんでしょ?」
「ええ。といってもソフィア様に、ですが」
ソフィアにって事は大体察しがつく。
ソフィアを何とか起こそうとしたのだけど、全然起きない。
「イノさん。どうせステラさん達が来てるんでしょ? ここに案内していいわよ」
「流石はクリス様。分かってましたか」
うちでソフィアに用があるなんて事そうそうないもの。強いて言えば、お母様かお姉様がいい化粧品がないか尋ねるくらいね。あ、最近はお兄様もか。
案内されたのは、ステラさんとシフォンさんのいつもの従者二人組だ。
イノさんは丁寧にお辞儀して退出していった。本当にうちのメイドなのか怪しいくらい洗練された動きだ。そんな動きできるの、あとはアンジェさんしかいないわよ。
って、それもどうなのかしらね? 一応伯爵家なんだし、もう少しちゃんとしててもいいと思うの。
まぁ、今更そんな事を言っても仕方ない。
割りかしいい加減なソフィア付きのメイドさんであるシフォンさんが、私に囁くように尋ねてきた。
「ねぇ、あのメイドさんすっごく綺麗で美人ね。ホントにここのメイドなの? どこかのお貴族様なんじゃないの?」
それをあなたが聞くのはどうかと思うけど、私もそう思うから、相槌を打つしかない。
「私もずっとそう思ってるし、なんならうちの人間みんなそう思ってるんじゃない?」
「やっぱり? あ、でもクリス様も負けず劣らず可愛くて素敵ですよ」
何を当たり前の事を、ヨイショする感じで言ってるのかしら。
ソフィアは起きたのかしらと、ベッドの方へ振り返ると、ステラさんが苦い顔をしてこっちを見ていた。
ご愁傷様。多分この後怒られるんじゃないかしら。
「うーん…うるさい…」
低血圧なソフィアが、苛立ち混じりに目を擦りながら起きた。
「もう朝? …って、あらステラにシフォン。こんなところで何やってるの?」
「それはこちらのセリフです。また勝手に一人で出歩いて…」
この辺の地域はかなり治安がいいから忘れがちだけど、一応ソフィアも貴族な訳だから、一人で出歩くのは危ないと思うのよね。平和ボケした元日本人からすると、その辺の感覚が分からないかもだけど。
「わ、悪かったわよ…。というか、よくここが分かったわね?」
「ええ。ソフィア様が何も告げずに行くところはここだけですから。寧ろ分かりやすくて助かります」
ソフィアの行動パターンも読まれてるじゃん。
「マジでかー」
あら。全然反省する気ないわね。
「じゃあステラもシフォンもここにいたらいいじゃない」
「あ、それいいですね」
「こら、シフォン。了承も得ずにそんな勝手な事許されませんよ」
「いや、別にいいけど」
「ありがとうございます。クリス様」「さっすが! 話わっかるー!」
急に態度変えるね? 最初からそのつもりで来たでしょ?
「では、暫くお世話になりますね」
「私からもよろしく頼むわね」
まぁ、いいけどさ。ソフィア一人だと暴走するから、ストッパーの人がいると助かるし。
「そういえば、プレオはどうしたのよ?」
そういえばいないね。ソフィアの専属になったメイドさんだよね。結構小さな感じの◯のちゃんみたいな見た目の人。
「あの子は、スケキヨ様と何やらピコピコしてますよ。何でも、『こんな暑い時に外出るとかマジ勘弁。クーラーの効いた部屋で過ごすのが一番』と言ってました」
「あぁ…プレオ、インドア派だもんね。仕方ないわ」
ピコピコって言い方、ゲーム機を何でもファミコンって言うお母さんみたいな感じだな。いや、寧ろ田舎のおばあちゃんか…。
しかし、もうゲームまで作ったのか…。ホントオーバーテクノロジーな人達だよ全く…。後で伺わせてもらおう。
そんな感じで、ステラさんとシフォンさんがお客さん扱いで滞在する事になった。




