31 罪悪感
教室に入ると、みんな打ち上げモードで屋台の食べ物を並べながら盛り上がっていた。
「あら。やっと来たのねって、ちょっと。いくら楽しいからってなんか汚れてない?」
「あぁこれ? ちょっと勢いよく転んじゃってね」
「もう。クリスったらおっちょこちょいね」
ソフィアと話していると、クラスメイト達に囲まれた。
「まぁ、随分遅かったですのね」「僕の演技観てくれてたかい?」「魔法のところ凄かったでしょ」
教室に入るなり、どうだったのかと色々聞いてきた。
「勿論。ちゃんと観てたわ。ホント凄いわね。一位取れるんじゃないかしら?」
お世辞でなく本心から言っている。だって、実際凄かったんだもの。私も出演すれば良かったなとちょっと後悔している。
「来年はクリス嬢を中心としてやりたいね」
「あらいいわね。その時のヒロインは私ね」
「何を言ってるんですの? 次回は私に決まってるでしょう?」
「来年は私が取りに行きますよ」
「でしたら、私も」
みんな来年の事を考えるなんて気が早いわよ。文化祭はあと一日あるんだから。
そういえば、レオナルドの姿が見えないな。
「おやクリス。今までどこに行っていたんです?」
ハンカチで手を拭きながら教室に入ってきたレオナルド。どうやらお手洗いに行っていたようだ。まぁ、こんなに打ち上げで飲み食いしてるんだもの。当然よね。
「あ、ごめんなさい。ちょっと王妃様の相手を」
「でしたら仕方ありませんね。将来の親子関係は良好でないといけませんからね」
随分と先の事を考えてるんですね。
………………………………。
「ねぇ、レオナルド殿下?」
「どうしましたクリス。そんな神妙な顔をして。もしかして演劇に出れなかった事を後悔してますね」
「まぁ…少し」
そう言うとレオナルドは意外そうな顔をした。
「そ…そうですか。でも、その様子だとどうやら別の事のようですね」
「えぇ。少し、お話よろしいでしょうか?」
レオナルドは辺りをキョロキョロと見回して頷く。
「ここではなんですから廊下に出ましょうか」
頷いて廊下に出るが、辺りにはまだ人が多く残っている。
「ここも多いですね」
「そうですね」
少し歩いて校舎と校舎の間の通路へ出た。
「ここなら誰もいませんね。それで話というのは…その汚れた制服と何か関係があるのですね」
「はい。実は………」
今日、王妃様達と文化祭を巡っていた時の事を話した。
勿論、監禁された事。爆弾騒ぎがあった事を話した。
「そんな事が…」
レオナルドの顔は青白くなっている。まぁ、無理もない。自分の母親が狙われたんですもの。
「それでですね」
「はい…」
何を言われるのか察しているのだろうか。少し震えているようにも見える。
「今回王妃様が狙われたんですが、同時に私も狙われていたようです」
「えっ!」
思っていたのと違う答えだったのだろう。大きく目を開いて驚き固まっている。
あの後、メイドさん達やお父様からこっそり渡された紙を読んだ。
メイドさん達が、捕まえた賊の一部から聞き取りしたのは、学園を爆破する事。そして王妃様と私への復讐をする為との事だった。
そして、お父様から渡された紙には、王城とそれを依頼した人物のいる牢獄の二箇所が爆発未遂に終わった事が書かれていた。
段々と物騒になっていくのと同時に、私も気づかぬうちに敵を作ってしまったのだと認識した。
今後、私が狙われるならまだしも、レオナルドにも被害が及ぶかもしれない。
つまり…。
「こんな事を私から言うのもなんですが、レオ様にも危害が及ぶかもしれません。未だ国内には私との婚約を快く思わない人達が大勢います。今回の爆弾騒ぎで分かったのは、いつレオ様に被害が及ぶか分かりません。私では守りきることは出来ないかもしれません」
そこまで言ってレオナルドは首を横に振った。
「そんなの百も承知です」
「いいえ。レオ様だけでなく、王妃様や王女様にも危害が及ぶかもしれません」
凄く弱気になっている自覚はある。でも、このタイミングでなければ言う機会はもう訪れないだろう。
「ですので、どうか私と婚約破棄していただけないでしょうか?」
レオナルドは真剣な表情で聞いていた。
否定もせず、肯定もせず、黙ったままだ。
暫くして、レオナルドは重い口を開いた。
「分かりました。少し考えさせて下さい」
「そう……ですよね」
まぁ今まで長いこと付き合ってきたんだし、今更少し待つのは問題ない。
問題なのは、またいついかなる時に襲われるかだ。
今回の原因とその究明。そして予防策を考えなくてはいけない。
そしてそういった事が起こらないようにするまでは距離を置いた方がいいと私は思う。
「…では、明日の文化祭ですが…」
「は…はい…」
「私と一日デートしていただけませんか?」
「え…えぇ。構いませんけど」
「良かった。では、明日は一緒に回りましょう。そして明日の文化祭終了時までに答えを出しておきます」
レオナルドは吹っ切れたような爽やかな顔でそう言うと、小さくはにかんだ。
「さ、教室で打ち上げをしていますので、クリスも行きましょうか」
「は…はい」
勢いで言ってみたものの、ものすごい罪悪感で胸がとても痛む。
でも、いずれはこうしなければいけなかったのだ。
レオナルドに手を握られたまま、素直に私は教室へ戻ったのだった。




