30 決意
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体育館での演目も終了し、粗方出し物を見終えた王妃様一行は、そろそろお暇しようと正門の方へ向かっていた。
「今日はいろいろあったわね」
「えぇ…。本当にいろいろありましたね」
「クリスちゃんお疲れ様」
そう言って王妃様は私の手を掴んだ。
「もう少し自分を大切にしてね」
その言葉にお母様やスミカ様が訝しげな顔をする。
「エテルナ様どういう意味ですかね?」
「帰ったら話すわ」
「クリスさん…後で職員室に…」
「はい……」
お母様とスミカ様が何かに気づき鋭い目つきになる。
私も王妃様もこってり叱られる準備は出来ている。
まぁ、あんなことがあったんだから仕方ないよね。
「ちなみに明日もありますが、どうしますか?」
「勿論来るわよ。まだ見てないところと食べてないものがあるからね」
「はは…。お待ちしております」
私とスミカ様、アンジェさんとシグマさんが横並びに挨拶して見送った。
ちなみにお姉様は、別件があるとかでここにはいない。きっとまた何かあったのだろう。
「では、私もまだ仕事がありますので…」
「そうですね。戻るとしましょうか」
「では、クリス様。失礼しますね」
三人は校舎へ向かって去っていった。
まだ文化祭は行われており。屋台の前には生徒も一般客も多く残っていた。
「いやぁ…とても懐かしいものを見させてもらったよ」
振り返ると、アンさんのお父さんが立っていた。
「あ、えっと…」
「ブライアンでいいよ。ただのブライアンで」
「そ…そうですか。では、ブライアン様も文化祭を見に来られたんですか?」
「まぁそうだね。本来はそのつもりだったんだが、余計な事をするネズミが入り込んだだろう?」
「え、えぇ…」
「まぁ、クリス嬢に怪我が無くて良かったよ。もしあったなら即刻処しているからねぇ」
処すって…。
「あとはまぁ、娘がちゃんとやっているか確認も含めてね」
アンさんね。一応はちゃんとやってるけど…。
「まぁ失礼な。ちゃんとやっているわよ。ねぇー」
「ちゃんとやっていればそんな聞き方しないはずだが?」
いつの間にか私の後ろにアンさんとクライブさんがいた。ホント仲いいわね。
「ほう…。どうなのかね?」
「ノーコメントで」
「ちょっとクリスきゅん。ちゃんとやってるわよねぇ?」
「アン…。本来であればこれはお前が対処すべき問題だぞ?」
「はい…反省してます……というか、どうしてお父様がここに? こういうのあんまり興味なかったんじゃ?」
「そんなことはないよ。それに来て良かった。とても懐かしい気持ちになれたからね」
「そ…そう言うなら」
「おや、うちの娘に何か用ですか?」
おや。今度はうちのお父様が来たわ。もう終わりも近づいているというのに。
「ジェームズクンが来たと言うことは、すべて解決したようだね」
「えぇ。あとはうちで彼らからお話を聞くだけです」
「本当にジェームズクンは働き者だねぇ…」
「いえ、あの仕事は息子の嫁が大変気に入ってまして…」
「ルイス君の嫁さん? 確か身重だっただろう?」
「えぇ。今二人目を身ごもってますが、胎教に悪いので止めてほしいんですけどね。うちの女性陣は強いので」
「ジェームズクンのところもなんだねぇ…」
こんなところで世間話されても…。というかキャロルさんうちでそんな事になっていたのか。
というか二人目って初めて聞いたんだけど。確かにキャロルさんはお兄様の事好きみたいだけど、もう二人目って…。結構やる事やってるのね。
そんな時、ブライアン様が頭を下げた。
アンさんとクライブさんは目を大きく開け驚き、お父様は目を細めて警戒していた。
「妹を守ってくれてありがとう」
妹……。そういえば、アンさんが言ってたわね。自分の父親の妹が王妃様だと。
だからだろうか。どこか飄々としているのは。
「いえ、そういう役目ですので…」
「いや。今回は甘く見ていた我々の落ち度だ。危険な目に遭わせてすまない」
「そうですね。少し反省してくださいよ」
「ちょ、お父様!」
「いや。ジェームズクンの言う通りだよ」
頭を上げたブライアン様はどこか憂いを帯びていた。
「さて、こんな道の往来で長話もなんだね。私は帰るとしようか」
そういえば、今更ながらに気づいたけど、私達の周りから人が消えていた。随分静かだなと思ったのよね。
「では、寄り道しないよう、私も一緒に帰るとしましょうか」
「おや。そんなに僕は信用ないかね?」
「ないです」「ないですわ」「………」
お父様とアンさんが同時に否定する。クライブさんは流石に苦い顔をして黙っていた。
「まぁいいや。じゃあクリス嬢、また会おうか」
そう言って振り返る事なくお父様と一緒に雑踏の中へ消えていった。
帰り際、お父様が何か折りたたんだ紙を手渡してきたので、黙って受け取った。
「はぁーあ…。やんなっちゃうわねークリスきゅん」
「あれ、アンさんまだいたんですか?」
「ちょっと、私の扱い酷くない?」
「自業自得だ」
その後クライブさんに引きずられながらアンさんは職員室の方へ連れられていった。
その時、今までどこにいたのかメアリーが歩いてきた。
「ちょっとメアリーどこに言ってたのよ?」
「いえ、ちょっと食事に…」
午後の間ずっと食べていたのね。
「それよりも、これ見てください」
「何よ…」
それは屋台のスタンプラリー達成で貰える王都のお店の食べ放題のチケットだった。
「でもこれメアリーが出禁になってるお店じゃない」
「なっ! だ…大丈夫ですよ。これがあれば入れますって」
メアリーは王都のいろんな食べ放題のお店で、食べ過ぎで出禁くらってるのよね。多分これもダメなんじゃないかしら?
「それはそうとクリス様?」
メアリーがやたら真面目な顔をしている。
「何よ」
「そろそろ決断するべきではないでしょうか?」
そうね。ずっと言わずに、他力本願だったけど、いつまでも現状は変わらないし、より悪化しているようにも思う。
それに今日改めて思った。このままではきっといつか誰かを…。誰か大切な人を傷つけてしまうかもしれないと。
メアリーがらしくない顔をして恭しくしていた。
「いってらっしゃいませ」
「ええ。行ってくるわ」
私は意を決して打ち明けるべく、教室へ向かった。




