29 不満
* * *
遡ること数時間前。
王城地下牢獄にて、三人の男女が不平不満を漏らしながら階段を降りていた。
「本当なら今頃、可愛い娘の文化祭に言っているはずだったんだけどねぇ…」
「ほんとっすよ。うちも今頃エテルナ様に付いて行って男の娘達と遊んでいたはずなんすよー」
「それを言うならワシだってこんな役目したくなかったぞい」
「国王様は今まであいつらを野放しにしていた責任がありますよね」
「うっ…。しかし、まさか君達がそう言う仕事をしていたとは驚いたよ」
国王であるデボネアは、ジェームズとサヴァに対して、未だ信じられないと言った顔をしていた。
「まぁそうですね。なりゆきで」
「うちもなりゆきっす。変態仮面やってたらいつの間にかエテルナ様のメイドになってたんすから」
「へ…変態…何だって?」
「変態仮面っす。男の娘のパンツを被ってオパルスの街でパンツ狩りをしていたらいつの間にか」
「何だってエテルナはこんな危険人物を専属メイドにしたんだ」
デボネアは呆れながら呻いた。
「もしかしてジェームズも何かあるのかね?」
「まぁ、いろいろありますが、私はちょっと言えないですね」
「いいじゃないか。ここにはワシらしかおんのだぞ?」
「知ったら消さないといけなくなりますが…」
「じゃあ言わなくていいぞい」
本来であれば、ジェームズとサヴァの二人だけで来るはずだったのだが、王城内で警戒中に見知らぬ衛兵が爆弾騒ぎを起こしかけたためだ。
学園と王城。そしてもう一箇所を爆破させようと画策されていたのだ。
幸い、怠惰な人員は以前にある事情により飛ばされた為、今はまともに仕事をする者しかいなかった為、王城内では未遂に終わった。
そもそも、仕掛けようとした人物に関しては、ジェームズ達によって泳がされていたのだが、まさか爆弾を持って突撃するとは夢にも思わなかった。
ジェームズ達王国の影によって、あっさりと捕らえられてしまったが、丁度その時、文化祭へ行くのに声をかけられず、不貞腐れていたデボネアが通りかかったのだ。
ある意味間一髪のところだったが、普段おどおどしているジェームズが慣れた手つきで賊を無力化したことに驚いたのが始まりだった。
それから、暇つぶしに根掘り葉掘り聞かれたジェームズは、面倒になってあっさりと話せる部分を話してしまったのだった。
そして、同じく置いていかれ、暇そうにその場を通りかかったサヴァと共に地下牢へ向かっているのだった。
「しかし信じられんな。あやつらがそのような事を企てていたなんて」
「国王様はもう少し人を疑う事をした方がいいっすよ?」
「なるほど。ではまず君を疑う事から始めようか」
「なっ! うちは何もないっすよ。ただの変態なだけっす」
「それが問題なんだがな…」
くだらない話をしながら、厳重に閉ざされた牢獄へ足を踏み入れた。
中はランタンの明かりでもなければ、全く見えない闇の世界だ。
「足音がする」
「ついに解放される時がきたのだな」
「全くこんなところに我々を閉じ込めるなぞ、不敬極まりないぞ」
「国王の首だけでは、この怒りは治らんて」
みなそれぞれ好き勝手に口を開く。
ジェームズがランタンの明かりを上に掲げると。三人の顔が照らし出され、その瞬間息を飲む音が聴こえた。
「こっ…国王……」
「呼び捨てとは悲しいのう」
本当に悲しそうに呟くデボネア。
今まで信じていた者達から恨まれているなど露とも思ってなかったようだ。
「今更何しに来たんだ?」
「まぁ待て。我々に謝罪に来たのではないかね?」
「なるほど。それなら納得だ。わざわざこんなところへ来るはずもないものな」
「では謝っていただこうか?」
暗い牢屋の中から的外れな言葉が紡ぎ出される。
「なんすか。こんなところにいると頭バカになるんすか?」
「なんだこの失礼なメイドは。我々を誰だと思っている」
「さぁ? うちには関係ないっすね」
「なんだと! 貴様なんぞ簡単に捻り潰せるのだぞ!」
サヴァの興味のない応えに苛立ちを隠そうともしない。そして牢獄内で再び罵詈雑言がサヴァへ向けられるが、当の本人は「やれるならやってみろ」のスタンスでいる為、収集がつかない。
だが、その空気をジェームズが止めた。
「まぁまぁみなさん。まずはこちらをご覧頂きたいのですが」
そう言ってランタンであるものを照らした。
「なんだねそれは?」
「その筒が何だと言うのかね?」
「それが我々となんの関係があると言うのかね?」
デボネアも不思議そうな顔でジェームズを見る。
普段のジェームズとは全く違う表情に、一体これは誰なんだろうかと思いながら見つめた。
「これはですね。主に炭鉱なんかで使われる物なんですが、これ一本で炭鉱の硬い岩とかを粉砕することが出来るんですよ」
「……………」
「…そ、それが何だって言うんだ」
流石に何が言いたいのか察した者も居たようだが、まだ理解出来ていない者の為にジェームズは話を続けた。
「これなんですがね、ここに設置してあるんですよ」
サヴァがもう一つランタンをつけて牢獄の中に設置してあった爆弾を照らす。
勿論タイマーは動いていない。
そもそも設置などされていなかったのだ。設置する前にジェームズ達が捕らえ回収したもので、起動しないようになっているが、牢屋の中の人物達には相当効果があったようだ。
「なっ! ど、どう言う事なんだ」
「何でそんなものがここにあるんだ」
「は、ハッタリだ! そんなんで我々に害を為すことなど不可能だ」
「はぁ…」とジェームズは溜息を吐いて呟く様に話し出す。
「あなた方はですね、帝国から不要だと、そう判断されたのですよ」
その言葉で一瞬にしてみな押し黙ってしまう。
「ここにあるこれですと、あなた方を殺すことなど造作もないんですよ。仮に免れたとしても腕や足の一本二本無くなってもおかしくありませんよ」
もう誰も反論も否定の言葉も口にはしなかった。
「あなた方の処遇は追って知らせます。まぁ期待はしないでくださいね。今回は頼った相手が悪かった。それだけです」
牢獄内では、小さく嗚咽が響いていた。
ジェームスとサヴァは、呆然とするデボネアを引っ張るようにして地上へ戻った。
デボネアは衝撃の余り、暗く俯いたままだ。
「国王様、部屋に戻りましょ。お茶でも淹れるっすから」
「そうだな……」
サヴァに連れられ戻ろうとしたところで振り返り、ジェームズに問う。
「なぁ、ジェームズ。ワシはあいつらにどうすれば良かったのだろうか?」
「何をしても彼らには響きませんでしたよ。ずっと帝国側と繋がっていましたからね。強いて言えば…もっと全体を見るべきだとは思いますね」
「そうじゃな…。何もかもエテルナに任せっきりだったしのぉ…」
実際デボネアが国政に関わらないおかげで平和であるとも取れるのだ。彼は少し人に甘いところがあり、それが彼らを増長させたのだから。
「のう…」
「はい。なんでしょうか?」
「もしかして、エテルナは全部知っておったんか?」
「さぁ、どうでしょう? 話し合われては?」
「そうさせてもらおうかの」
そうして今度こそその場を去っていった。
その場に一人残されたジェームズは、影から現れた部下に爆弾を渡すと、一人文化祭会場へ向かったのだった。




