25 文化祭二日目④
「ちょっとちょっと。まだタイマー動いてるじゃない」
イデアさんが騒ぐ。
「これこの辺の紐切って止まらないかしら?」
「いやいや。変に切ったら爆発しますって」
「マジで?」
初めて王妃様が焦る。遅いくらいだわ。
「他の爆弾はどうなの?」
「止まってますし、いくつかは解除してあります」
じゃあこれだけか。しかもこれがここで爆発したら大変だわ。
残り時間は十分を切っている。
「仕方ないからこれを遠くの誰もいないところへ持って行って爆発させるしかないわね」
幸い学園の北部には広大な敷地が手付かずで残っている。
私は爆弾を抱えて教室を飛び出した。
後ろから何か聞こえるが、そんな余裕は無い。
窓をぶち破りたい衝動を抑え、階段を跳んで開いているドアから飛び出して北方へ向けて走り出した。
全くとんでもないもの持ち込んでくれたわね。
カチカチという音がリズムよくなる為、ほんの少し焦る。
学園内の建物スレスレに曲がって、柵を飛び越えて、厩舎や放牧場のあるエリアを必死に駆け抜けていく。
ここは開けていていいだろうが、牛さんや馬さんに被害が出るし、何より爆風が校舎にも影響を与えるだろう。
なんとか森の入り口まで走り切り、そのまま森の中へ突っ込んでいく。
小さい頃から鍛えていてよかったわ。
前世での体力だったらとっくにへばってたわ。
残り時間は二分ちょいといったところか。
丁度、森を抜けるのと同じくらいの時間かな。
焦る気持ちを抑え、森の中を疾走していく。
流石の私も汗で制服のシャツがぐっしょりしているし、スカートも脚に張り付いているが、そんな事気にしている余裕は無い。
前方に小さく光る場所が見えた。もう少しで森を抜けられそうだ。
なんとか、体力がもってよかったわ。
森を抜け、爆弾のタイマーを見る。残り二十秒ある。
森の先には開けた場所があるし、爆発しても森で防げるだろう。
あとはこいつを空へぶん投げればいいだけなのだが、腕に力が入らない。全力疾走したせいか、脚がガクガクと震えて立っている事すら出来ずにその場にへたり込む。
「あ、ヤバいかも…」
残り十秒を切っているが、投げることすら出来そうにない。
「はは…」
乾いた笑いしか出ない。
「クリス様!」
その時、メアリーの声が聞こえたなと思った瞬間、持っていた爆弾をメアリーが掠め取り、空へ向けて思いっきりぶん投げた。
そして、そのままの勢いで私を抱えて、大きな木の後ろへ滑り込む様に隠れる。
その直後、大きな爆音が、四方八方へ轟き、爆風が全てを吹き飛ばす勢いで押し寄せた。
周りの木は爆風の勢いで傾き、根っこが地面から露出していた。
私はメアリーの腕の中で荒い息を吐きながら安堵した。なんとか、間に合ったと。
「クリス様…」
後ろから聞こえたメアリーの声は酷く冷たく低かった。振り返るのが怖い。
その瞬間、強く抱きしめられた。
「メアリー……?」
更に強く抱きしめられると同時にメアリーが喋りだす。
「何でこんな無茶をしたんです」
「ごめん。でも、これ以外思いつかなくて…」
「私が追いつけなかったらどうするんです」
「そうだね。ありがとうメアリー。私一人だったら死んでたね」
「そんな簡単な話じゃありませんよ」
何とか振り向くと、メアリーは泣きそうな顔をしていた。
「ごめん…」
「もう、こんな無茶はしないでください」
「でも、あそこで爆発してたら、みんな死んでたよ?」
「私ならここまで難なく来れました」
「それだとメアリーが、危ないでしょ」
「私はクリス様さえ無事ならそれでいいのです」
「よくないよ。メアリーが死んじゃったら私も悲しいのよ?」
「クリス様…」
どちらともなく顔を近づけキスをした。
どれほどの時間キスをしていたのかはわからない。数秒かもしれないし、数分かもしれないし。
口唇を離すと、小さく「あっ」と声が漏れる。
私もメアリーも気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
メアリー相手にこんなにドキドキするなんて、これが俗に言う吊り橋効果というやつなのかしら?
いつまでもこうしている訳にはいかないので、メアリーから離れ立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
何とか力を振り絞って立ってみる。
「はは…まだ脚がガクガクしてるわ…」
産まれたての子鹿みたいになっている。情けない話だわ。
「そんなに急がなくてもいいのではないですか?」
「いや、流石に遅かったら心配かけちゃうでしょ」
「それもそうですね。では、私やってみたかった事あるんですよー」
メアリーはそんな事を言うと、ひょいと私を抱き上げる。そう…憧れのお姫様抱っこの体制で。
「ちょ、ちょっとメアリー?」
「もう。クリス様無理しすぎですよ。ここは私に任せてくださいね。あ、できれば腕は私の首か肩のあたりに通してくれると嬉しいです」
「そ…そうね。安定しないものね。仕方ないわね。仕方なくよ。仕方なくだからね」
そうして、肩のあたりに手を回す。
しかし、メアリーは一歩も動こうとしない。もしかして重かったかしら? ほら、最近は私も成長してるし…。
「私達結婚した後みたいですねー」
「バカな事言ってないで、ほら」
ここで立ち上がっていくべきなんだろうけど、まだ脚に感覚が戻らないのよね。もう少し鍛えるべきね。
「はいはい分かりましたよー」
そうして、やっと歩き出したメアリー。
「ねぇメアリー…」
「何ですかクリス様ー」
「その…重くない?」
「全然余裕ですよー。まぁ、強いて言えばほんの少し重いですね。もう少し肉付けた方がいいですよ。主に胸周りに」
それは私も願いたいけど、性別的に難しいわね。
「重ければ重いほど、愛が深いと思うんですよねー」
そんなん知ったこっちゃないわよ。
そうして、他愛のない会話をしながら、放牧場の辺りを抜けた。
小さくだけど、王妃様やメイドさん達が見えたので、下ろしてもらおうとメアリーに声をかけようとしたが、なぜが私を抱える腕に力が入る感覚がした。
「あの…そろそろ下ろして欲しいんだけど」
「ダメです。安静にしてくたさい」
「いや、もう大丈夫だから」
「それでもです」
「いや、あそこに人だかりが見えるから」
「見せつけてやりましょう。私達の愛を」
「もしかして、知ってて下さないつもりね」
「そ…そんな事ないですよぉー」
メアリーの嘘はすぐに分かるんだからね。
まぁ実際、力が入らないのは事実だし。
諦めてそのまま身を任せる事にした。
「あらあらあら〜。クリスちゃんったらすっかりお姫様ね〜」
気がつけば校舎の方に着いていたらしい。
王妃様始めイデアさんや、あの場に居たうちのメイドさん達、騎士団のみなさんがニヤニヤして待っていた。恥ずかしい。
「もしかして、怪我とかしちゃった?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと疲れただけで」
「それは良かったわ。急に走り出してしまうんだもの」
「そうね。流石に女神でも爆散したら治さないからね」
今更ながら、少し身震いする。
「まぁ、お陰で被害も無くて助かったわ。ありがとう」
王妃様は頭を下げた。
「そんな…。頭を上げてください」
「いいえ。ここで下げなかったらいつ下げると言うの?」
そう言われると何も言えない。
「ほんと…ほんと無事で良かったわ…。もう少し考えるべきだったわね」
まぁ、そうですね。余裕ぶって爆弾のタイマー起動されたら、元も子もないですからね。
「まぁ、あの爆発も体育館での始まりの合図と勘違いしてくれたみたいだし」
変に騒ぎにならなくて良かったかな。
「レイチェルには後でちゃんと怒られておくわね」
お母様に黙っていたら、後でどんな目に遭うか分かりませんものね。例え王妃様であっても。
そういうところは母娘で似てるなと思った。
「ところで…いつまでそのままでいるの?」
「あっ…」
まだお姫様抱っこされたままだった。
「私としては、ずっとこのままでもいいのですが」
「よくないわ。早く下ろしてちょうだい」
その後、暫くメアリーと下す下さないで言い合ったのだった。




