10 あのイギリスでさえ紅茶とお菓子は美味しいのに…
* * *
ソフィアに引っ張られながら、廊下を歩く。
そして、おそらくソフィアの私室と思しき部屋の前で止まった。
「ここが、私の部屋よ。入って」
ちゃんとした女の子の部屋って初めて入る気がする。
一体どんな感じなんだろう。全体的にパステルカラーで統一されてて、フリフリフワフワなベッドやソファにぬいぐるみとか所狭しに並べられてるんだろうか? それと、きっといい匂いがするんだろうなぁ…。
そんな期待は扉を開けてすぐに打ち砕かれた。
なんか、期待してたのと違う。
シティホテルだってもうちょっとおしゃれだと思うのよ? よく言って地味。普通に言ったら、殺風景。よく、生活感のない部屋に憧れてるって言われてる感じの部屋。ただ寝るだけのスペースにちょっと申し訳程度のソファとテーブルがあるくらい。
もうちょっとおしゃれ家具とか置かなかったんだろうか?
「何部屋の中ジロジロ見てんのよ? 何もないわよ」
「ほんとにね」
「あなたねぇ…、そこは嘘でも何か褒めなさいよ」
「掃除がしやすそうとか、引越しが簡単そう?」
「悪かったわね。女子力の低い部屋で。本当に寝るだけの部屋だんだからしょうがないでしょう?」
ツンツンしてるから、これ以上何いっても火に油な気がする。
ソフィアは窓側のソファへどっかりと座り、左の手の甲側で頬杖をする。
私がその向かい側のソファにすると、メイドさんがチョコクッキーのような真っ黒なお菓子をテーブルに乗せ、暖かい紅茶を淹れてくれた。
「せっかくだから、どうぞ。居間ではお茶を出してなかったしね」
勧められるまま、紅茶を一口飲む。
まっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっず!!!!!
何だこれ。え? 紅茶なのこれ? 物凄く渋いんだけど。口の中が急速に乾いてきて、舌が痺れてくる。顎関節の辺りが締め付けられるように痛み出す。自分の舌がどこにあるか分からない。間違って舌を噛まないように、なんとか飲み込む。
あ、やばいかも。ちょっと、あまりの渋さに視界が揺らぐ。
手に持ったティーカップとソーサーを震える手で落とさないよう、慎重にテーブルへ置く。
どうにか口の中をリフレッシュしたいと思い、目の前の皿に乗ったよく判らないお菓子を一つ頬張る。
改めて、まっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっず!!!!!
どういう味覚してんの? 異常なほど甘くて苦くて、独特のフレーバーがする。後頭部をハンマーで殴られたようにガツンとくる。目から星が出ていないだろうか。
味だけおかしいならともかく、食感が終わってる。所々、シャリシャリ、ネチャネチャ、パサパサ、バリバリと不快感の四重奏。
そして、この匂い。一体何をどうやったらこんな匂いになるのだろうか? 鼻を劈く刺激臭と焦げた匂い。
何回咀嚼しても飲み込めない。舌で喉に追いやるが、喉が受け付けない。
上を向いても、喉まで落ちていかない。
目の前が赤・青・黒・白と明滅している。このままでは死んでしまうかもしれない。
咄嗟に、渋すぎる紅茶を口の中へ流し込む。
これで飲み込めるかと思ったが、口の中のスペースを圧迫するだけで、状況はより悪くなった。
覚悟を決め、心の中でカウントをして何とか一息に飲み込む。
食道の辺りが焼ける様な熱い感覚がずっと残ってる。毒じゃないだろうな?
荒く肩で息をしながら、今日ほど生きていたことを実感するとは思わなかった。
まだ、食道の辺りで詰まってる気がするが、これ以上この液体を飲む気にはならなかった。
もしかしてだけど、嫌がらせで出されているんだろうか?
そう思って、チラッとソフィアを見ると、普通に飲んでいるし、同じお菓子を事も無げに頬張っている。
これは私の舌が肥えているからだろうか。それともこれが純粋にまずいのだろうか? 多分、後者だと思う。
紅茶に関しては、ドブ川の水の方が美味しいまであるかもしれない。
水質が悪いから紅茶にして飲むんだと思ったけど、これはもしかしてどぶで淹れてますかね?
お菓子もそう。この物体悦Xは一体何のお菓子か判らない。もう調理方法から間違ってる気がする。
あのイギリスでさえ、お茶とお菓子は美味しいのに……。
涙目で震えていると、ソフィアが戸惑ったように狼狽えだす。
「えっ…? ちょ、ちょっと、どうしたのよ。ご、ごめんって。きつく言い過ぎたわよね。……ちょ、ちょっと大丈夫?」
気遣いはありがたいのだけど、理由はお茶と物体Xが不味すぎるからです。
これのせいで涙が止まらない。
「ちょ、そんなに泣かないでよ。私が悪かったわ…」
どんどんと勘違いさせていくが、言葉を発することすら難しい。
せめて、せめて普通の水があれば……。