67 エピローグ
レオナルド達を無事に救出した翌日。
攫われたのが土日だった為か、それを知る者が関係者以外いないのは幸いだった。
昨日の昼間に大勢の先生達が必死な顔で捜索していたのは、学長の犬が逃げ出した為という事になった。
たかだか犬一匹探すのに休日返上で探させられたのかと、別の意味で話題にはなっていたが、学長の評判が落ちるだけなので、まぁあまり問題はないだろう。
一番問題なのは……。
「クリス様、私ずっと前からあなたの事気になっていましたの」
「ジル嬢は何を言っているんだい? 最初から目をかけていたのは僕だよ」
「違うわ。私よ」
「ちょっとあなた達、クリスは私のですよ。離れてください」
「何で私の席を陣取ってるのよ。クリスの横は私の場所よ!」
「何でこんな事に…」
レオナルドがシェルミー様とイヴ様を引っ張り、ソフィアはジル様を引っ張っているが、全然動かない。
カリーナちゃんは暗い顔で目が据わっている。
クラスメイト達も、この二日で一体何があったのか、学長の犬事件より興味津々といった感じた。
「あぁ…クリス様に近づけない」
「やっと復帰できたのに、こんなのって…」
トミー様とカイラ様も近くで右往左往している。私そんな気に入られるような事してないんだけど。
「はいはーいホームルーム始まるわよー」
入ってきたレベッカ先生が私を見てウインクする。
そのせいで、クラスメイト達がさらにどよめきだす。
はぁ…平穏な日常がどんどん遠ざかっていく。
「私、クリス様と婚約したいですわ」
「奇遇だね。僕もだよ」
「ダメ。クリス様は私が貰い受けるわ」
「あなた達何を言っているんです? 最初私と婚約とか言ってませんでしたか?」
「うーん…それはキャンセルで」「私も」「私は一旦保留で」「「!?」」
「待ちなさい! クリスは渡さないわよ!」
「うぅ…入り込む余地がない…」
「わ、私も立候補しますわ」
「わ、私も」
「お前らホームルームだって言ってんだろ! はぁ…クリスさん、後で職員室ね」
どうして私だけが呼び出されるのよ。納得できないわ。
その後は一応無事に授業へと進んでいった。
それでも時折ざわめくし、何なら『何があったの?』と小さく折りたたんだ紙を投げ込まれたりする。
基本的にはスルーしている。一人一人対応出来ないし、何もないと言っても信じてくれなさそうだから。
だから私は現実逃避をする為に、授業中に昨日の事を思い出す。
「お姉様、この人達ここに残しておいて問題ないんですか?」
「大丈夫よ。幸いここは駅だしね。貨車に積んでキャロルの実家に直送するわ。繋がっているし今回何もしない訳にはいかないでしょうしね。まぁ、五人くらい生き残ればいい方かしら?」
と、物騒な事を言っていた。
冗談だと思っていたが、メイドさん達やエリーとクライブさんが次々と運んでいて、ちょっと怖かった。
「うちの領に運んででくれたらかわいがるのにね」
「こんなにいらないぞ」
エリーは最初好みの男だけ別の場所に重ねていたけど、クライブさんから持って帰れないと言われると、渋々貨車に入れていった。
あの人達がどうなるのかは私は分からない。
そうそう。いつの間にか、計画を企てていた貴族達が捕まったんだそうだ。
全員協力的に話しているという事で、事の内容も直ぐに明るみに出るだろう。
その後どういう処分になるのか決まるのだろうけど、軽い処分にはならなそうなのよね。
そして、事件を起こした生徒達は、無罪放免という訳にはいかないが、一カ月の奉仕活動と始末書で手打ちとなった。
これから親の方がどういう処分になるかは分からないが、子供の方はそれで退学処分にするのは如何なものかという話になり、学園に残る事になった。
そもそも、失踪事件や今回の誘拐事件だって殆ど表沙汰になってないのだ。
いつの間にか退学になっていたら、それこそ憶測を呼びかねない。
ただ、お家取り潰しや降格、領地没収や縮小なんかがあったりしたら騒ぎが起きるだろう。
その辺の事を考えるのは学園側の仕事なので、私達は知る立場にはないし、関わる権限もないだろう。
強いて言えば、お姉様、アンさん、クライブさん辺りは口をはさめるだろうけど、どうなんだろうね?
その後、駅舎を壊してしまった事をソフィアに言うと、あっけらかんとした答えだった。
「マーガレットが無事なら別にいいわよ。壊れたら直せばいいんだもの」
「ソフィアお姉様…」
感極まって抱きつくマーガレットだが、以前のような感じがなくなっている気がする。気のせいかな?
前はもっとべったりだった気がするんだけど。
「その…あ、ありがとね。助けてくれて…」
と、私とカリーナちゃんに恥ずかしそうに言っていたけど、こっちも前より距離が近い気がするのよね。気のせいかな? あんな事あった後だし気が動転しているだけの可能性もあるしね。
そんな事を色々と考えていたら、休み時間になっていた。
そういえば、レベッカ先生に呼び出されていたんだっけ。
席を立ち教室を出ると、後ろから誰かに抱きつかれた。
「クリス今回はありがとうございました」
まさかのレオナルドだった。
すぐさま離れたので、振り返ると、恥ずかしそうに顔を赤らめながら下の方を向いていた。
「いえ、いいですよ。うちの役割なので」
「そういう事じゃないんですけど…」
煮え切らない感じで呟くレオナルド。
「今回も助けてもらいましたね」
顔を上げ、キリッとした目で私を見る。
「クリスは私にとってのヒーロー…いえヒロインですね。今回の事で、決心しました。私は何があってもクリスとは離れないと」
すごく男らしい物言いをするもんだから、胸の奥が熱く感じられた。
そして、呆然とする私の唇にキスをしたレオナルド。
「今回のお礼です。この先はもう少ししたら…」
真っ赤な顔でそう言って去っていったレオナルド。
急にキスするなんて信じられない。
熱くなった胸の奥からありえないくらい大きな音が鳴り響いていた。
レオナルドが見えなくなっても、この音は暫く止むことはなかった。




