55 心境の変化
*
とある場所で複数の男と女が言い争っていた。
「おい、あの女は一体何なんだ」
「私に言われも知らないわよ」
「注意するのは生徒会長と副担任の教師共だけでいいって言ったよな?」
「だから言われた通りにこっちも教師や清掃員を紛れこましたんだろうが」
「俺もそう聞いていたから、あいつらを妨害するよう終わらない量の仕事を押し付けていたんだ。それなのに」
男の一人は呻きながら顔を抑えた。
「何で生徒があの場所を発見できるんだ?」
「生徒会長の妹だからよ。きっと」
それを聞いて、怒りの感情を滲ませる男達。
「馬鹿野郎! 何でそれを早く言わないんだ!」
代表格と思しき男の剣幕に全員がビクついた。
「だって、あれがそこまで優秀だなんて思わないじゃない」
「お前、噂流せ」
「えっ?」
「一番めんどくさそうなのはアレだろ? 好き勝手動かないよう噂を流せ。そうすれば、少し時間が出来るだろう」
「でも…」
「なんだ逆らうのか? いいのか? お前の親父が言い出した事だぞ」
「うぐっ…。わ、分かったわよ」
どうしてこんな事になったのか、今となっては分からない。周りの人が言うようにやっていたら取り返しのつかないところまできてしまった。
もうここから逃げ出したいと内心では思っていた。だが、それを口にすることは出来なかった。
「ところでジル様達は無事なんでしょうね」
巻き込んでしまったとはいえ、敬愛する人を傷つけたくないと思っての発言だった。
「あぁ。どこぞの裏切り者の侯爵令嬢と違って、丁重に扱っているぜ。まぁ、動けはしないだろうがな」
「もし、危害を加えたら、私達タダじゃ済まないわよ」
「それはお前や俺の親父がやる事だ。知ったこっちゃねぇよ」
その時、ガラの悪そうな一人の男が部屋へ入ってきた。明らかに自分達とは違う人間だ。
「おう。残りの一人捕まえてきたか?」
「あぁ。言われた通り金髪の女を捕まえてきたよ。だだ、従者といたからまとめて捕まえてきた」
「まぁ、変にその場に残してバレても嫌だからな。しゃーない」
それを聞いて女の一人が不審そうに話し出す。
「ねぇ、最後の一人ってアンバーレイク公爵家の?」
「そうだ。四公爵家と第二王子は今俺らの元にいる。これで古き良き時代を取り戻せるってもんだ」
それを聞いて、とんでもないことだと顔を青くさせる。そんな時代錯誤な事を考えていたのかと…。
「どれどれ、あの気の強い女がどんだけしおらしくなっているか見てやるか」
何か悪さをするんじゃないかと思って、監視のためについていく。何かあったら自分が対応しないといけないなと思ったところで自嘲した。まだ、自分の中にこんな感情があったんだなと。
そして、監禁場所の扉を開けたところで全員が絶句した。
そしてその中の一人がガラの悪い男の胸ぐらを掴んだ。
「おい。これはどういうことだ?」
「ど…どうって?」
「俺はソフィア・アンバーレイクを連れてこいって言ったんだ。誰だこの女?」
「いや…ちゃんと言われた通り、あの部屋から出てきた奴を攫ったんだ。間違ってねぇよ」
「ガキの使いも出来ねぇのか!」
苛立った男は衝動に任せてガラの悪い男の顔を殴った。
「ぐっ…」
反抗的な目をするが、やり返すには相手が悪過ぎたため、そのまま逆らいたい気分を飲み込んだ。
「す…すいません。部下に任せたのが間違いでした」
「そいつらどうしてるんだ?」
「今頃は街で飲みに行ってるかと……」
「ふざけんな。ふざけんな……ふざけんな……」
頭をガリガリ掻きむしった男は苛立って、間違って攫われてきた女に手を上げようと部屋に乗り込んだ。
*
何でこんな目に合わないといけないんだろう。
マーガレットは数時間前の事を思い出す。
その日は夕食の買い出しに出かけただけだった。
最近失踪事件が続いているからと、メイドのヨメナとカリーナと一緒に校門を出て暫くしたところで複数の男達に路地裏に連れ込まれてしまった。
その後は気絶させられていたのか記憶が無い。
気がつくと、薄暗い部屋にロープでぐるぐる巻きにされた男女が何人もいた。
私も同じようにロープでぐるぐる巻きにされて横になっていた。
幸い口や目には何も巻かれていなかった。恐らく声をあげても届かないような場所だからだろうか?
どうして私はこんな目に遭うんだろうか。まぁ悔やんでも仕方ない。きっと誰かが気づいて助けに来てくれる。そんな気がしていたから落ち着いて入られた。
上体を起こし、周りを見るとまだ眠ったままのヨメナがいた。
「気づいたのね。大丈夫?」
「隣に居たであろうカリーナが声をかけてきた」
「うん。大丈夫。ちょっとボーッとしてるけど」
「そう……」
無事を確認したところで、横から声を掛けられた。
「そこにいるのはマーガレット嬢ですか?」
その声には聞き覚えがあった。
「もしかしてレオナルド?」
「えぇそうですよ。そちらはカリーナ嬢ですね」
「レオナルド殿下………」
何故か悔しそうな声をあげるカリーナ。
そして他にも攫われた人がいるようだ。
「はぁ…何でこんな事になってしまったんでしょう…」
「そうだね。僕たちを攫ったということは、理由は…まぁいろいろ思いついて特定出来そうにないね」
「…………………」
薄暗くてよく分からないけど、公爵家の人間もいるのね。名前は何だったかしら……。まぁ今はそんな事考えても仕方ないか。他にもまだ起きていない人もいるようだし。
そんな時、扉が乱暴に開けられた。眩しくてよく分からないけど複数の人間が扉の向こうで言い争っている。
そしてその中の一人が頭をガリガリ掻いて、ブツブツ言いながら入ってきた。
「ふざけんな。ふざけんな……ふざけんな……」
目の据わった顔で私を見下ろすその男に、心臓を鷲掴みされたような気分になる。
そしてそのまま中腰になって私の顔を無表情のまま見据えると、思いっきり拳を振り上げようとしてきた。痛いのは嫌だなと思って固く目を瞑る。
しかし、いつまで経っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、目の前にレオナルドが倒れていた。多分、ぶたれる瞬間にレオナルドが身を挺して庇ってくれたんだろう。
「ちょっ! レオナルド!」
「はは…。怪我は無いですか?」
「そんな私の為なんかに」
「私の為なんかなんて言わないでください」
男を突き飛ばしたレオナルドは微笑みながらそんな事を言う。
「いって……クソが……」
激昂した男は横になっているレオナルドに向けて足を振り下ろそうとした。
「やめて!」
自分でも驚くくらい悲鳴に似た声で叫んでいた。
その瞬間、入り込んできた男達に羽交い締めにされ、引きずられるようにして外へ連れ出された。
「お前ふざけんな」「そんな事したらタダじゃ済まないぞ」「落ち着けバカ!」
だが、依然怒りが収まらない様子でずっと喚いている。
「ふざけんな。この俺にぶつかってきやがって。一発入れねぇと気がすまねぇ!」
声はドンドンと遠ざかっていった。
そしてそのまま扉は閉められまた部屋の中が薄暗くなっていった。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「えぇ。大丈夫ですよ。あなたに怪我があってはクリスに申し訳が立ちませんから」
ここでもクリス……。あれ、何でそんな事思ったんだろう。
薄暗い中でも笑顔を向けてくれるレオナルドから視線をずらしてしまった。
こんな薄暗いんだもの。どういう顔してたって意味ないのに、どうしても気になってしまって仕方なかった。
早鐘を打つ自分の鼓動に驚きを隠せない。
おかしい。私はソフィアお姉様にしか興味はないはずなのに。薄暗くてよく見えないレオナルドの顔をどうしても追ってしまった。
普段と違う感情に戸惑いながら、こんな状況なのに薄暗い部屋で良かったと思ってしまった。




