08 公爵はふと過去を思い出す
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一体娘は何が気に入らなかったのだろうか。
あんなにウキウキしながら計画した鉄道に対して興味を失くしてしまうなんて。
もともと気まぐれなところはあるのだが、今回は特に激しく思う。
まぁ、私がそこまで強く出れるわけはないのだが…。
しかし、もう一つ気になる事がある。どうして顔も姿もよく分からないクリストファー君に逢いたいと言ってきたのだろう。当時は深く考えなかったな。
七年前のあの日、当時五歳の娘のソフィアが唐突に言った言葉がきっかけで、この領はここまで栄えたのだ。だから、多少の事には目を瞑ってきた。
しかし、贔屓目に見ても大した問題は起こさなかったから、今回もきっとなんとかなるだろうとは思うが、流石に今回は不安だ。正直、公爵領の唯一の弱点を補える伯爵領とは、あまり敵対したくない。
ふと、あの日の事が頭をよぎる。
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七年前、公爵家居間にて―――――
「……パパ?」
「うん? どうかしたのかい?」
「驚かないで聞いてね」
「ははは。ソフィアの言う事にはいつも驚かされているから、今更ちょっとの事では驚かないよ」
「そう? あのね、私前世の記憶を思い出したみたい」
えーーーっと……。これは今の子供の何かの遊びなんだろうか? どう反応したものだろう。そう言葉に窮していると。
「やっぱり、そういう反応になるわよね」
時たま、子供らしからぬ事を言ったり、突拍子もない面白いアイデアを言う事があるが、これはその比じゃない。分かってて言っているんだ。私には分かる。こういう時はあれだ…。落ち着くまで、気の済むまで好きにさせようと思った。
でも、ソフィアだけなら、まだ平静を保てたと思う。
ガチャリと開いた扉から息子が三人、神妙な面持ちで入ってきた。
長男のシド。次男のムック。三男のスケキヨ。三人が一斉に話し出した。
「お父様、私、前世の記憶を思い出したようです」
「父上、前世の記憶を思い出しましたぞw」
「記憶、思い出した……」
これは悪い冗談なのか、それとも天恵なのだろうか。
仮に子供が一人、前世を思い出した。なら分かるが、四人も同時に起こるものなのだろうか? もしかしたらそういう遊びなのかもしれないと思って、その遊びに付き合う気持ちでその前世とやらを聞いてみた。
四人が言うには、前世では研究職だったらしく。
「やっと、バカ上司のつまんねー仕事しないで好きな研究ができる」
「待て、研究を進めるには必要な道具も設備も無いですぞ」
「まじか! 何が足りないか、とりあえず書き出して順次作っていこう」
「公爵家で良かった……。資金が潤沢……。使い放題……」
「いや、使いすぎれば、いつかは底をつく。資金源も作らないといけないな」
「待ちなさいな。まずは、お父様に許可を得ないといけないのでは?」
「「「確かに」」」
そんな感じで、私の介在する間も無く、あれよあれよとよく分からないものを、私の部下や使用人。はたまた領民を使って作りだし始めた。
何あの、クネクネした太い丸太。何あの四角い大きい箱は…。
息子たちが言うには、それぞれ発電所、変電所、工場、清掃工場、コンビナート、プラントなど、物を作ったり、管理したりする施設だそうだ。
工場もいろいろあって、製鉄、金属加工、薬品、化学などなど…。
……よく作ったね。
出来た建物では、領民が従事し、いろんなものを生産するよになった。それこそ、今まで見た事無い便利な物の数々。
投資した金額の何十倍もの利益を齎してくれた。
領内で細々運営していた鉱山でさえ、採掘方法の見直しに、労働環境の改善、生産性の向上と、いまでは国内で一、二位を争うほどの鉱山になってしまった。
まぁ、息子たち曰く、欲しい鉱石はここでは出ないらしいが…。
何でも長男のシド曰く。
「せっかくの異世界なんだから、ミスリルにオリハルコン。ヒヒイロカネとか出ると思った」
それは一体どんな鉱石なんだろうか。ちょっと一回も聞いた事がないので分からないが、シド曰くとんでもなく硬いらしい。剣でも打つんか?
*
五年を過ぎた頃、ある程度必要なものが出来たらしく、研究に専念すると屋敷の敷地内に設けた研究室に籠るようになってしまった。
ただ、息子三人と違ってソフィアだけは、別の目的でもあるのか、そちらに傾倒し始めた。理由を聞いてもはぐらかされてしまうが、公爵領の発展に寄与した子供達に強く出れないのはなんとも情けなものだ。
だって、私は何もしていないからな。子供達のやりたいようにやらせただけだからなぁ…。
そんな息子たちだが、大きな問題を抱えている。
次期公爵家の跡取り問題だ。
シドには長男として、是非とも継いでもらいたかったのだが、軽く躱されてしまう。
「お父様、私のいた世界では、八十や九十のご老人が権利に執着していつまでも後進に席を譲らず政治や経済を牛耳ってました。なので、まだ心身ともに若いお父様ならば、この先も末長くご活躍できるでしょう。それに私はそういったものに興味はありませんので。その時が来てから考えればいいのではないでしょうか? それでは、私はまだやる事が残っておりますので失礼します」
両手で顔を覆い深く椅子に座り込んで項垂れてしまった。
あんなに、ペラペラと言い訳が思いつくなら、適任だと思うんだよ。
さらに言えば、屁理屈こねる狸親父どもに一泡吹かす事も可能だと思う。
正直、宰相とは言わないが、大臣になるのも吝かでないと思う。
勿体ないと思うんだけど、本人がやりたがらないのなら仕方ない。
貴族なんて、領内や領民を少しでも良くしようとするものだが、あの感じでは、最初からその選択肢はないんだろうな。口は回るだけに残念だ。
長男でダメとなると、次は次男のムックか…。ちょっと問題児なんだよなぁ…。
ということで、後継の件を話してみたが、結果は惨憺たるものだった。
「はっはっは。父上何を仰るんですぞ? ワタクシとしては、今が一番幸せなんですぞ。人間やりたい事をやるのが一番。興味のない人間にやらせると、それこそ悲惨な結果しかありませんぞ。ワタクシのいた世界でも興味のない人間にやらせたら取り返しのつかない事になるケースばかりでしたぞ。なので、そういった事は好きでやってる父上がやるのが一番ですな。ほほほ。おっと、そろそろ実験の結果が出る時間ですな。それでは父上失礼しますぞ」
棒立ちになるとはこういう事を言うのだな。小一時間その場所に突っ立っていたようだ。レオーネに揺さぶられるまで放心状態だったらしい。
しかし、ムックのあの口調はどうにかならないものかね? 年上。それも十歳も二十歳も上の相手をしているような感覚になるんだよな。
三男のスケキヨに関してはもう諦めているところがある。
しかし、無口なだけで意外と責任感をもってやってくれるかもしれない。泡沫の期待をもって、スケキヨへと後継の件を話してみたが、案の定予想通りだった。せめて、そこは裏切って欲しかったが、やっぱり今回もダメだったよ。
「…………跡取り? 興味……、ない…………。今…、忙しい…………」
「そ、そうか……。それはすまなかったな」
「………ん」
ついつい謝ってしまった。いや、親として毅然と対応するべきなのだが、スケキヨに関しては何を考えているか全くわからないから、怖いんだよね。触らぬ神にたたりなしって言うじゃない? 下手に刺激したら何されるか分かったものじゃない。




