42 雰囲気が台無し
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「では、私はまだ仕事が残っていますので先に失礼します」
「あぁ。すまなかったね」
スミカが一礼して会議室から去っていった。
随分と長い事話し合っていたようだ。外は茜色から群青色に変わろうとしている。
雰囲気づくりで部屋の照明を少ししか点けていないため、部屋の中はとても薄暗い。
「ふぅ…」
沈み込むように深く椅子に座りこむレグナム学長。
「……………何か用かね?」
「あら、気配は消していたつもりなんだけど」
「そんなに殺気を出していては簡単に気づいてしまうよ」
レグナムが呆れたように言うと、薄闇の中から二人の女性が姿を現した。
「それで何の用かね? 生徒会長。それと…」
「メアリーです。クリス様の大事な大事なメイドです」
生徒会長と呼ばれたのはサマンサ。クリスの姉だ。そしてもう一人、今にも飛びかかりそうな感じで怒りを露わにしているのは、クリス付きのメイドメアリーだ。
「あなた達が見つけられなかった生徒をクリスが見つけたのに、随分と叱ってくれたじゃない」
「そうです。あんなに言う必要がありますか?」
「何か勘違いをしているようだから訂正させてもらうが、私は兄とは違ってここの学長をやっているんだよ。君達が兄や姉から指示されて裏の仕事をしているのは知っているし、黙認もしている。なんなら協力だってしているさ」
クルッと椅子を回転させて二人に向き直る。
余裕のある顔で、足を組んで座っている。
そして、手をがっしり組むと、続けて話し出す。
「私はね、教育者として生徒の安全を守る義務があるんだよ。確かに行方不明になった生徒を見つける事も大事だが、二次被害を出すわけにはいかないんだ。だから、勝手な行動は慎むように言ったんだよ」
レグナムの言葉にムッとするメアリー。それを片手で制するサマンサ。
「まぁ、クリスが上手く出来なかったのは仕方ないわ。まだまだ未熟だもの。でもね、あそこまで言う事無いんじゃないかしら?」
「そうです!」
「私も学長という身。教員達のトップに立つものとして、ちゃんと厳正に対処しないと示しがつかないんだよ」
「分かってくれたかな?」と付け加えて椅子から立ち上がり、窓の縁へ移動するレグナム。そして、後ろ手に組んで窓の外を眺める。
「あの子は君たちの言う通り国の暗部に属するのだろうが、ここでは一生徒だからね。君たちのルールより学園の規律を重んじるべきだと思うのだが、どうだろうか?」
「そうね。分かったわ。今回は引き下がるわ」
「理解してくれて嬉しいよ」
振り返り、ニコッと笑うレグナム。
「じゃあ本題に入るわね」
笑顔のまま固まるレグナム。
「ん? 今のが本題じゃないのかい?」
「違うわ。まぁ、確かに腹が立って一言言ってやろうって思っただけよ」
笑顔のまま冷や汗が止まらなくなる。さっきまでの余裕は鳴りを潜め、ただ笑うしか出来なかった。
今までのパターンからきっと、ロクでもない事であろう事は今までの経験で分かる。レグナムの頭の中では警鐘がずっと鳴り響いている。
「そ…それは、私は関係あるのかなー?」
「あるわよ。今回の失踪に関わった人物。あなたが面接したのよね? 誰からの推薦か教えてもらえるかしら?」
サマンサが言うのはきっと、失踪事件の後行方をくらました人物の事だろう。
たまたま訪れた貴族からの紹介で、深く考えずに雇った事を後悔している。
人手が足りない事と、貴族からの紹介であったので、こんな事になるとは思わず安請け合いしてしまった。
彼が国の暗部にあまり関わらせてもらえないのは、こういうおっちょこちょいな所があるからだった。
「ち……違うんだよ。…そう。たまたま事務員の子が休みで、私がたまたま対応しただけなんだよ」
「でも一緒にいた人いるわよね?」
サマンサが一歩また一歩と近づく度に、何かどす黒いものが噴出しているように見えた。
「……こ、ここだけの話だぞ」
「もちろんよ」
「さっさと吐いて楽になるといいですよ」
サマンサとメアリーが威圧しながら話を聞いていった。
「…なるほどねぇ…。メアリー今から確認に行けるかしら?」
「任せてください」
言い終わると同時に音もなく消えていった。
ある部分が大柄なメアリーが衣擦れの音さえ出さずに消えた事にレグナムはただ感心するしかなかった。
「ねぇ、呆っとしてないでよ」
「あぁすまないね。……用事はもう済んだだろう?」
「まだよ。」
「えぇ…まだあるのかい?」
隠す事なく嫌そうな顔をする。
しかしサマンサはそんな事位に介さず、話を続ける。
「折角クリスが講義しているのに、参加していない教師何人かいるわよね」
「たまたま、折り合いがつかないとか興味のある内容じゃないからじゃないか?」
「あなた達が言い出したのに、そんな人いると思う? 最初は全会一致だと聞いたわよ?」
「確かに」
「そういえば最初に失踪事件起こした生徒はC組よね。他にも偏りがある気がするんだけど」
そう言われて、顎に手をやり考えるレグナム。
「確かに。あの担任達もあの辺出身だね……。だからって締め上げちゃいけないよ」
「分かってるわ。証拠もないうちにやるなんて野蛮だもの」
どの口で言うんだと、半眼でサマンサを見やるレグナム。
「そうそう。あと、あなたの所の教師なんだけど、うちのクリスに色目を使いすぎじゃないかしら?」
「気のせいだろう?」
サマンサはメアリーに聞かれたくないのか、この話題を最後に持ってきた。きっとメアリーが聞いていたら、教師を全員締め上げた事だろう。
無言でただ見つめるサマンサに根負けしたのか、レグナムは白旗を上げた。
「私から注意しておこう」
「よろしく頼むわね。今でさえ悪い虫が付いてるんですもの。ホント困っちゃうわよね。あはは」
「ははは…」
その悪い虫っていつのは誰を指すのか考えないようにしたレグナム。
なんでこんな少女にここまで恐怖しなければいけないのか分からず、ただ乾いた笑いが広すぎる会議室に消えていった。




