07 逢いたかったクリストファーは私ではなかったようです
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馬車を降りると、おでこの広い白髪を七三にした初老の男性が一人立っていた。
「遠路はるばるようこそおいでくださいました。私、執事長のレオーネと申します。応接室にて当主がお待ちでございます」
扉を開け中へ入ると、うちの何倍も豪華で大きな広間が目に映った。白を基調として所々金に近い色がアクセントになっていた。
うわぁ、これ掃除とか大変そうよね。冬とか寒そう。と、庶民的な目線で見てしまう。
そして、クラシカルなメイドさんが列をなして頭を下げていた。
こういう、シンプルでクラシカルなタイプのメイド服もいいよね。
新鮮な感じがして、キョロキョロと見てたけど、向こうは公爵家のメイドさん。ずっと、目を閉じてお辞儀してるの。プロだなぁ。後ろでガチャガチャ音立てながら歩いてるうちのメイドは少しは見習った方がいいんじゃない? 主に傅く気持ちと貞淑さとか。
その間を通り抜け、屋敷の応接室と思しき場所へ案内され、中へ通された。
廊下も豪華! 歩くだけで恐れ多い気持ちになってきたもの。
貴族に転生して三年くらい経つけど、未だに心は小市民のままなのよね。
中へ入ると、琥珀色の髪をした獅子のような大男と期待と不安を綯い交ぜにした少女がソファに座っていた。
お父様が中に入ったタイミングで獅子のような大男が両腕を広げながら迎え入れてくれた。
「ようこそ、アンバーレイク領へ。待っていたよオパールレイン伯爵」
引き笑いをしたお父様へ屈託のない笑顔で握手を求めた。
バシバシ背中叩かれて、されるがままになっているお父様。私が言うのもなんだけど、お父様はもう少し社交を学んだ方がいいわよ?
「私はアンバーレイク領、領主のフレデリックだ。で、こっちが娘のソフィアだ。他にも妻と息子が三人と娘が一人いるんだが、生憎と外出していてね」
「初めまして、アンバーレイク家、長女のソフィアと申します」
ソファに座っていた黄色みの強い金色の長い髪の少女が立ち上がり、カーテシーの礼をとる。
少し鋭いつり目が、何とも気の強そうな感じを出している。髪をアップで結ってメガネを掛けてくれたら、すごい好みなんだけどな。
しかし、私たちを見て、戸惑い、軽く顔を曇らせる。
「お招きいただきありがとうございます、閣下。オパールレイン領、領主のジェームズです。こちらは娘のサマンサとクリスティーヌです」
お父様に紹介され、私とお姉様はカーテシーで礼をする。メアリーも従者の礼をする。
それを見て屈託のない笑顔を向けてくる。
「お嬢さん方もよく来てくれたね。ところで、一緒に来たのは娘さんだけですかな? 件のクリストファー君は病気か何かで来られなかったのですかな?」
「「えーっと……」」
「…………」
三人ともその言葉に固まってしまう。なんと答えたものだろうか。
「いえ、そういう訳ではないのですが…」
お父様が答えに窮している間にお姉様と笑顔を崩さないようにコソコソと話をする。腹芸も上手くなったわね。
(ちょっとクリスおかしくない? 公爵閣下がクリスの本当の名前知ってるわよ)
(手紙にも書いてありましたので、何かで知ったんでしょうが、どうして指名されてるのか分かりません)
(待って、私その話聞いてないんだけど)
(ちょっとややこしくなりそうだったんで…)
(クリス様の素晴らしさは遠く離れていても伝わるんですね)
(ちょっとメアリー、ワケわかんない感想は今は要らないわよ)
お父様が冷や汗をかきながら、顔を白くさせている。あのすぐに変色する顔はもう名人芸の域よね。
(これはもう言ってしまった方がいいのではないでしょうか?)
(そうね。骨は拾ってあげるわ。当たって砕けなさいな)
(それは、使い方が間違ってませんか?)
覚悟を決めるしかないか。こんなとこでずっとコソコソやっていても仕方ないしね。
ふーーーーーー…………。心の中で深呼吸する。
「あの、そのクリストファーが私です」
「「は?」」
うん。まぁ、そういう反応になりますよね。
目を見開いて驚いている。しかし、公爵ともなればそんなイレギュラーな事は慣れているのだろう。すぐに表情を笑顔に変える。
「はっはっは。伯爵も冗談がお好きなようですな。でも、娘さんにそんなこと言わせてはいけませんな」
「いやぁ、事実なんですよ……」
その言葉に二人とも、またもや目を見開き驚いてしまう。
恐る恐るといった風に公爵が伺うように尋ねる。
「あの…、それは伯爵の趣味ですかな?」
「いえいえ、違います。その、説明すると長くなるんですが…」
今、その理由を聞いていいものか逡巡しているのか、視線を左右に彷徨わせている。そして、ふと思い出したようにソフィアへ話を振る。
「そ、そうだ。ソフィア。ソフィアが逢いたがっていたのが、彼? 彼女? なんだろう? 知っていたのかい?」
「いいえ。私の知るクリストファー様とは似ても似つかないですわ。どうやら、私の逢いたかったクリストファー様はお越しになられなかった様ですわ」
ピシャリと言い切られてしまった。これは悪い印象を与えてしまったかな?
でも、初めて逢うのに、想像と違いました。っていうその態度はどうかと思う。
いくら公爵令嬢とはいえ、一方的すぎませんかね?
そんなソフィアの態度に苦笑いしながら、公爵は本日呼んだ理由を話し始めた。
「今日来てもらったのは、まぁ、知っていると思うけれど、伯爵の領内に鉄道を通す許可が欲しかったからなんだよ」
「それは、構いませんが。うちに通すより、条件的にも王都へ通した方がいいのではないでしょうか?」
全くもって正論だと思う。最初は普通、王都と大きい主要都市を繋ぐはずだろう。なのに、なんでうちの領と通したいんだろう?
それも、領の境目ギリギリまで勝手に作って断れないような状態にしてまで。一体なんのメリットがあるんだろう。
その一番重要な理由を公爵がなかなか言い出せずにいると、代わりにソフィアが語りだす。
「私が、クリストファー様にいつでも逢いに行けるように作ったんですの!」
((あら~))
お姉様とメアリーが頬を赤くしながら、面白い話が聞けたわとばかりにニヤニヤしだす。
「まぁ、それも無駄になってしまった様ですがね」
どうしよう、すっごく居心地が悪い。私に逢いたいと言っていた人は明後日の方を向いてこっちを見ようともしないし、公爵もお父様も苦笑いするばかり。お姉様とメアリーは妄想の世界で半身浴しているし。
はぁ…。帰りたい。
そんな風に落ち込んでいると、ソフィアが立ち上がり、冷たい目で見下ろす。
「お父様、私、このクリスティーヌ様とやらとお話をしようと思うのですが、席を外しても宜しいでしょうか?」
言い終わらないうちに片手を掴まれドアの前まで連れて行かれる。
「あ、あぁ…。それは構わないけれど、鉄道延伸の件はこっちで進めても構わないかな?」
「お任せします。私にはもう必要なさそうですので」
うわぁ、辛辣ぅ。私今日そこまで悪い事してないよね。




