04 みんな自分に正直
朝食のあと、メアリーについて部屋を出たところでお姉様ことサマンサに呼び止められた。
「ねぇ、クリス。この後暇かしら?」
そう問われてメアリーを見上げる。
この後の予定なんて何一つもわからないから、迂闊に暇なんて言えない。
「特にありませんよ」
「だ、そうですお姉様」
「じゃぁ、私のお部屋でお茶でもどうかしら? 折角だから、そのドレスの着心地とかの感想とか聞いてみたいのよ」
「いいですよ」
と、ニッコリ笑顔で頷く。
一瞬たじろぐサマンサ。おかしいな。自分で誘ったのに…。断られるとでも思ったのだろうか。
そんなよろけたサマンサを支えるもう一人のメイドさんが居た。
黒髪で薄めの褐色の肌をした女性?
メアリーよりも少し背が高くスレンダーだ。主に胸周りが。
ジトっとした視線を向けられた。もう少し自重しよう。
「ねぇ、なんで今日はそんなに素直なの?」
サマンサの部屋へ入ると、開口一番にそう問われた。
別に隠す気もないし、下手に隠し立てすると、この人の場合めんどくさそうな事になりそうなので、メアリーに話したものと同じ内容を話した。
「そうなのね…」
ちょっと寂しそうな表情でそう呟いたサマンサ。
まぁ、弟が記憶ないって言ったらそうなるよね。
「まぁ、でもいいかな。今のクリスの方が可愛いし」
「随分とドライですね」
「そうかしら? だって、昨日までの事を覚えていなくても、クリスはクリスでしょう?」
ニッコリと微笑んでサマンサが手を握ってきた。
「お姉様がそう言ってくださるなら…」
「うんうん。それにね、クリスは可愛い格好がしたい。私はクリスに可愛い格好をさせたい。何を不満に思う事があるのかしら?」
「不満なんてないです。寧ろ嬉しいです」
「ふふ…。よかったわ。それにね、こうして自然とお話できる事の方が嬉しいもの」
「流石に、そんな獣じゃないんですから会話くらいしてたでしょう?」
「今までは嫌がって、話も聞いてくれないし、すぐ足で蹴ろうとしてきたもの。反抗期だったのかしらねぇ? いつもなら、もう5回くらいは飛び蹴りしてきたわよ? まさか、全部芝居しててタイミング狙ってるって事ないでしょうね?」
「大丈夫ですよ、お姉様。そんな事しませんし、するつもりもありません。第一、嫌がってるなら、そもそもここまで来ないでしょう?」
「それもそうね」
サマンサは納得した様で、ニコリと微笑んだ。
「じゃぁ、これからは可愛いクリスで居てくれるのね?」
「はい。どうぞこれからいっぱい教えてくださいね」
「うんうん。いっぱい教えてあげる。手取り足取り教えてあげるわね」
サマンサは願い事が叶った子供の様に喜んでいた。
「あ、ねぇ、一つお願いがあるのだけれど?」
「何でしょうか? お姉様」
「抱きしめても、いい?」
「いいですよ」
今まで、仲良く出来なかったから、その分少しでもスキンシップを取りたいんだろうなと思った。
「ごめんね。ずっとこうしたかったのよ。あぁ、クリスを抱きしめられる日が来るなんて、永遠にこないと思ってたわ…」
そう言いながら背中をさすっていた。
その手は次第に下の方へ行き、腰の辺りから前の方へと移ってきた。
「まだ、ダメですよお姉様!」
強めの口調でその手を阻みながら、後ろへ一歩下がった。
「チッ」
今、舌打ちしたよね? 前言撤回。この人は油断ならないわ。メアリーと同じ匂いがする。
なぜ、このタイミングでふざけるかなぁ?
「まぁ、冗談はさておいて…」
「止めなかったら行くとこまで行きましたよね?」
「当たり前でしょ? 恥じらう表情と衣擦れの音が好きなのよ! それが、私の癒しなの!」
「何言ってるんですか? お嬢様…お嬢様のは癒しではなくてイヤらしいでしょう…。全く、言葉は正しく使ってください…」
堂々と言われて呆然としていたら、サマンサ付きのメイドさんが窘めてきた。
昨日までのクリスが嫌がっていた気持ちがちょっとわかる気がする。まぁ、自分は嫌じゃ無かったんだけど、いきなりすぎて流石に拒否してしまった。勿体無かったかな…。でも見られてるし…
なんて、思っていると、サマンサ付きのメイドさんが代わりに謝ってきた。
「申し訳ございません、クリス様。サマンサ様は変態なのです。そして思いついたままに生きております。だから、どうか生暖かい目で今後も見守っていただけると従者冥利につきます」
「何ていう事言うのロザリー! それじゃぁ、私が手のつけられない変態で、他の人からは遠巻きに敬遠されてるみたいじゃない?」
「そうですよ」
「そうですよ?」
サマンサも自分の言動や行動に自覚が無かったんだな。だから、朝のお父様も…。
「申し遅れました、クリス様。今のクリス様にとっては、初めましてになりますね…。ロザリーと申します。この残念な方のメイドをしております」
「うん。よろしくね」
確かに、自分にとっては、初めましてだからね。そう思い、ロザリーにニッコリと微笑んだ。
「はぅぅ…。その笑顔は卑怯です。可愛すぎます。あの…。私も抱きしめてもいいでしょうか?」
もじもじと赤面しながら、ロザリーはおずおずとそう言ってきた。
「ロザリーは私に似て可愛いものが好きだものね」
お姉様の場合はただ可愛いもの好きなだけじゃない気がする。
「勿論、どうぞ」
そういって両手を広げて受け入れ、ぎゅうっと抱きしめられた。
女の子が抱きしめたいと言ってきているのだから、断る理由なんてないよね。ただ、最初の感触でつい口に出てしまった。
「お胸固いね…」
「っ! ……当たり前です……。私は、男ですから……」
「え? 男の方なんですか?」
「そうですよ。クリス様と同じです。この方の趣味で、仕・方・な・く、メイドの格好をしてます」
「本当に?」
「本当です」
そう言ってロザリーはおもむろに、自分にだけ中が見える様にメイド服のスカートをたくし上げた。
膨らんでいた。何がって? ロザリーの下着がよ。
「どうですか? 本当でしょう」
その確認のさせ方はどうなのかなと思ったけど、自分もお返しにロザリーにだけ見える様にスカートをたくし上げた。
「ありがとうございます」
「ちょっと! 私にも見せなさいよ!」
そう言ってサマンサが間に割って入ったところで二人ともスカートを下ろした。
「なんで、閉じちゃうのよ。ほら、もう一回上げて、ほらぁ」
クスクスと二人で笑ってしまった。
このメイドどさん、ロザリーとは仲良くできそうな気がした。
「改めて、このメイドはロザリー。私付きのメイドで男で同い年よ。因みにこれも変態だからね。私の趣味でもあるけど、嫌がらずにノリノリでメイド服を着始めたのよ。今のクリスと同じね。女装の事に関しては先輩ね」
「いえいえ、不可抗力です。私の様な一介の使用人風情が、わがままなお嬢様の命令に逆らえる筈もありません」
「何言ってんのよ。そもそもスカート丈を一人だけ短くしているのはあなたの趣味でしょう?」
「長いと捲るのが大変と仰られたのはサマンサ様、あなたですよ。掃除の時に覗く下着がチラ見えするのを見ながらお茶を嗜むのはサマンサ様くらいです。頭が下がります」
「うわぁ…」
「ちょっと、クリスが引いてるじゃない。やめなさいよ」
「私の女装の成功で気を良くしたサマンサ様が、レイチェル様と結託して、クリス様に女装させようとしたのが嫌われる発端だと愚考します」
「違うのよクリス。可愛い子には可愛い服を着せよって諺があってね…」
「お嬢様、微妙に間違っておりますので、この後は国語の授業を家庭教師の先生にお願いしますね」
「待って! この後クリスともっとお話したいし、まだお茶も飲んでないわよ」
結局、お姉様とお茶をせずに、自分の現状とまだまだ続きそうなサマンサの性癖暴露を強制終了し、部屋へと戻ったのだった。
部屋では、メアリーが「クリス様成分が足りません」との事で、メアリーと二人でお昼寝をして過ごした。