38 失踪の理由
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遡ること一日前─────
学校の校舎の人気のない所に三人の人物がいた。
「いくら家の都合だとしてもそんな事は出来ません」
「私もですわ。そんな事をして何の意味があると言うのです?」
「あなた方は知る必要はありません。家のためです」
トミーとカイラに男は淡々と告げる。
「もしかして今までの失踪事件も自作自演なのですか?」
「そうですよ」
悪びれる様子もなく男は言う。
二人の家は昔ながらの貴族で、最近の王家のやり方に不満を持っている家の一つであった。
そして、その親同士が結託し、学園に通う子供に失踪事件を捏造させ、王家と学園に悪い印象を与えようと画策したのだ。
王家と学園のやり方を否定する為に。醜聞のある学園と吹聴するように。
しかし、二人はそんな親に反発して一般枠で入ったように、親の使わした人物に毅然と否定の意を示した。
「私達はそのような事はいたしません。どうぞお帰りください」
「いいんですか? 命令を無視して」
「構いません。私達はそのような事をする為に学園に入ったわけではありません」
「はぁ…」
男は深いため息を吐いて腰に手を当てた。
「別にいいんですよ。あなた方に危害を加えても構わないと仰せつかっていますので」
「なん…ですって……」
その言葉に顔を険しくさせる二人。
「本当はこう言う手荒な事はしたくないんですがねぇ…。ご協力いただけないなら仕方ありません」
「何を言って…」
恐怖を感じ、一歩後退るトミーとカイラ。
それに構うことなく男は大声を出す。
「おい!お前ら!」
男ががなると、建物の脇から数人の男が出てきた。
「卑怯ですわよ」
「そ、そうですわ。そんな事をしてただで済むと思ってるんですの?」
「おーおー。さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ。最初に言っただろ? 危害を加えても構わないと」
トミーの首筋に一筋冷や汗が流れる。
そして、意を決してカイラの手を取り逃げようと走り出すが、あっさりと捕らえられてしまう。
「ちょ、離しなさい!」
「まぁまぁ。あんたらには予定通り居なくなってもらうだけでいいんだから、おとなしく眠ってろ」
その言葉と同時に口元を抑えられたトミーは意識が遠のき気を失う。
「トミー!」
叫び手を伸ばすが、がっしり捕らえられ近くことすらできない。
「お前もおねんねしてな。まぁ、流石にヤったら俺らも危ねえから我慢するけどよ。感謝しな」
カイラは恐怖を感じながらも、抗うこともできず、視界は段々と暗くなっていき、そこで意識は途切れた。
意識のない二人を見て、リーダー格の男は吐き捨てるように言う。
「全く。余計な手間掛けさせやがって」
「おい。こいつらどうするんだ?」
「あー、そうだな…そういえば、旧校舎に秘密の部屋があったよな。あそこに放り込んどけ」
「バレないか?」
「大丈夫だ。暫く立ち寄るなと言っておけばいいだろ」
「そんなんすぐバレるだろ」
「いやいや、その分仕事しなくて済むし、やらなくても金が貰えるんだ。従わない理由がないだろ?」
「まぁ、お前が言うならいいけどよ」
その日の夜、旧校舎の地下にある部屋に眠らせ縛った二人を放り込んだ。
「これ大丈夫なんか?」
「気にすんな。この薬だと二、三日は起きねぇ筈だからよ」
「いや、そうじゃなくて誰も見つけられなかったら…」
「そんなん俺らの考える事じゃねぇ。従わなかったこいつらが悪い。オーケー?」
「いや、一応侯爵家の令嬢だろ? 何かあったら、俺らの命がヤバいだろって話なんだが」
「あぁ、そんな事か。別にこの国の貴族が足引っ張ってるのを俺らが気にしたって仕方ないだろ? 俺らは依頼通り仕事をこなすだけ。一人二人本当にいなくなったって、それは依頼なんだから。何かありゃ国に帰ればいい」
リーダー各と思しき男は、ケラケラと笑う。
「お前…」
「あのさぁ、変にあれこれ言うなら、お前らに消えてもらってもいいんだぜ」
「…………」
ただ、頷く男達。
それを見て満足そうにして踵を返した。
「じゃあ、帰るぞ。あ、ちゃんと清掃員らしく掃除はしておけよ。ここはホコリっぽいからな。痕跡は出来るだけ残さないように綺麗にしておかないとな」
そうして男達が去り、二日ほど経った頃。
ぼんやりとした意識の中遠くから声が聞こえた。体は何かで縛られているのか身動きは取れない。身動ぎしようとしたが、体が全く動かない。目を開けようとするが、金縛りにあったかのように動かすことが出来ない。
恐怖で泣きたくなったが、涙すら出すことが出来ない。
隣にもう一人、恐らくカイラがいるのだろう。寝息だけが聞こえる。
そんな時、何かが壊れる音が聞こえた。
あの時は強がっていたが、正直恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
そんな時、最近憧れている人物の声が聞こえた気がした。
目元を覆われていた布が取り払われる感覚があった。うっすと目を開けるがぼんやりとしていてよくわからない。薄暗い部屋でぼんやりと水色が見えた気がした。
そして、そのぼんやりしたものが何かを叫んでいる気がしたが、そこで再び意識を失ってしまった。
次に目を覚ましたのは学園の保健室のベッドの上だった。
「私は……」
「あら、目を覚ましたのね」
保険医の先生が近づいてきた。
「大変だったわね。どこかおかしいところはあるかしら?」
「だい……じょうぶです…。あ、カイラは?」
「まだ眠っているわ」
「そうですか……」
隣を見ると魘されているのか、険しい表情で眠っているカイラがいた。
「大丈夫そうなら先生方を呼んでこようと思うのだけど、明日の方がいいかしら?」
「そうですね…」
「分かったわ。そのように伝えてくるわね」
保険医が部屋を出ると、トミーは少し思案した。あの時助けに来てくれたのはもしかして…。
その時隣から、「うーん」と声がしたので、そっちへ向くとカイラが起きたところだった。
「カイラ……」
「トミー…。もしかして、助かったの?」
「そうみたいね」
「あの時、うっすらクリス様の声が聞こえた気がしたのよ」
「もしかしてカイラも聞いていたの?」
「うっすらとだけどね。もしかしてトミーも?」
「えぇ。でも現実か夢か分からないから、本当かどうか分からないわ」
「そう…よね」
「明日先生達に事情を聞かれると思うから、全部話そうと思うの」
「そうね。それがいいと思うわ」
「あと、誰が助けてくれたか聞いておきたいんだけど、教えてくれるかしら?」
「どうだろ?」
二人して上を向いて考えていると、ガラッと扉の開く音がした。
「あら、カイラさんも目が覚めたのね。良かったわ」
「ご心配おかけしました」
「いいのよ。それより、災難だったわね」
二人はただ軽く頷いた。
「一応、先生方が数人廊下と外で見張ってるから、安心していいわよ。事情は明日聞くから、今日はゆっくり休んでね。私もここにいるから」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「あ、そうそう。お腹すいてない?」
そう言われた途端、緊張の糸が途切れたのか、急にお腹から音がなった。
「二日も行方不明だったんだものね。待っててすぐ用意するから」
そう言われて用意された料理は簡単なものだったが、すごく美味しく感じたのだった。




