33 王都は物騒
*
学園に入学してそれなりの日数が経った。
最近は朝にお姉様だけじゃなく、ソフィアも新聞を読んでいる。
「王都って物騒ねぇ…」
「でもこうして捕まってるんならちゃんと自浄作用してるって事じゃない?」
「まぁそうなんだけどさ。こうも続くと怖くない? 何か理由が分からない怖さがあるじゃない。犯人も犯行理由黙秘してるって言うし…」
「あぁ…」
まぁ、考えようによってはそうかもね。
でもまぁ…確かに続くわね。ほぼ毎日私とかお姉様が出ていって捕まえてるものね。どんだけ王都の治安悪いんだよってツッコミ入れたくなるくらい。
報告から捕縛までスピード勝負なところもあるから、逃げられる前に全部捕まえているのよ?
そういえば、捕まえるごとに空き巣のスキルが上がっているのよね。後半は窓ガラスの被害もないしね。というか、空き巣なのに何も盗まないってのが気持ち悪いわね。
でも、これが続くと流石の私も体壊しそうだわ。結構キツイし。
お姉様は余裕の表情で今日も朝から3合もご飯を食べてるし。やっぱ体力かなぁ…。
朝教室へ行くと、教室内がやたらとざわざわしていた。
「おはよう。どうしたの? なんか騒がしいけど」
「あっ、クリス様おはようございます。私もよく分からないんですけど、昨日から帰ってきてない生徒がいるらしくって」
「帰ってきてない? 全寮制なのに?」
「そうみたい。その生徒が学外には出てないらしいから余計にね」
ここの学園かなり広いから、奥に行ったら迷っちゃうんじゃないかしら?
「で、誰が帰ってきてないの? 私の知ってる人?」
「いや分かんない。C組の生徒らしいし」
「そうなんだ」
「おーいお前ら授業始まってるぞ? 席付けー」
担任のレベッカ先生が呆れた感じで話す。というか、最初の頃と違って最近はスレた感じで喋ることが多い。こっちが素なのかな?
「あー…お前らー落ち着けー、行方不明の生徒だけど、今朝方見つかったらしいから」
「え、見つかったんですか?」
「見つかったぞー。校舎奥の森の手前辺りだな」
「生きてるよね?」
「生きてるぞ。死んでたら箝口令だしてるぞー」
めんどくさそうに話すレベッカ先生。もしかしてだけど、本当はそういうのも話しちゃいけないんじゃないかな? 隠すのがめんどくさくて話してるってことないですよね?
「はい。じゃあー問題も解決したし、授業始めるぞー。教科書ひらけー」
お昼にカフェテリアで今日もアホみたいな量を頼んだソフィアと一緒に食事をする。
「気になるわね」
「何が? 食べる順番?」
「ちっがうわよ! いなくなった人の事よ」
「あぁ…」
「あぁって、クリスは気にならないの?」
「気にはなるけど…」
気にはなるけど、毎日これだけの量を食べても太らないソフィアの方が気になる。
「私なりに調べたんだけど、いなくなったのはC組の女子生徒ってとこまでは分かったわ」
「朝言ってたものね」
「それで、その子拐われた時の記憶が無いらしいのよ」
「ショックで?」
「分かんないけど、見つかった時も木の下で座った状態で特に争った形跡とか無かったらしいわ」
「そうなんだ」
「なんて言ったけかなぁ。侯爵家で……シリマナイト…キャッツアイとかいったかしら? 東とか北の貴族は分からないのよね」
ソフィアが分からないなら、私が分かる訳ないわね。
でも、先生達が気づかないなんて事あるのかしら?
「くっ…。まさか、学園に侵入されるなんて」
「私達がいながら、この有様とは恥じるばかりです」
「正直、先生舐めてました」
「それな」
職員室で、大量の事務仕事を処理しているアンジェ達一行。
「こんなに激務だとは思いませんでした」
「まだ、パソコンあるだけ楽ですよね」
「殆どの人は使いこなせてませんけどねぇ」
クオン、プロフィア、ギガの三人は、慣れた手つきでパソコンに入力していく。アンジェも家で使っているのか、三人ほどではないが、それなりに早い速度で入力していた。
尤も、殆どの先生は指一本で恐る恐ると言った感じで押すか、手作業で処理していた。
「でもさぁ、気配無かったよね」
「確かに」
「例の子の部屋とかどうだった?」
「侵入した形跡もないね。監視カメラも怪しい人映ってなかったし」
「じゃあ外って事?」
「あるとしたらね」
「でも、学外に出た形跡無いんでしょ?」
「そうね。壁は高いし、入り口には監視カメラか警備員がいるもの。態々そこ以外のところから出ないし、出られないわよ」
「ふぅむ…」
そして、みんな黙った後黙々と作業をしていった。
あらかた終わった頃、ギガが口を開く。
「呼び出された可能性は?」
「手紙は無かったのよね。あるとしたら、人伝に呼び出されたとしか思えないけど」
「寮の監視カメラだと、夕方に出たっきりなのよね」
「じゃあ内部犯って事よねぇ」
「これが終わったらもう一度調べてみましょうか」
その時、何人かの先生がアンジェ達に近づいた。
「忙しくてすいません」
「あ、いえ…」
「普段はここまでじゃないんですけどね」
「まぁ、もう少しで終わりますので」
「そうですか。助かります」
「いえいえ」
「追加で申し訳ないんですけど、これもお願いしていいですか?」
「………あ、はい……」
「いやぁ助かります。どうも、こういうのは使い慣れてなくって…」「手作業だと終わる目処が立たなくてね」「若い人がいると助かりますなぁ」
「若いだなんてそんな」「若手ですからね。仕方ありませんね」
先生達が煽てると、アンジェとシグマが満更でもない表情で了承した。そして、クオン達三人はそれを見て小さく溜息を吐いたのだった。
その後も断続的に学生の失踪と発見を繰り返した。
遅くても失踪の翌日には見つかっているのだが、いなくなった生徒全員がその時の記憶が無いのだそうだ。
何かをされるわけでもなく、どこかへ連れ去られたり、部屋を荒らされたりという事が一切ない。そして、全員が学園の中で見つかっているのだ。
今日も遅くまで教師達による会議が長引いていた。
全員の教師が参加しているので、アンジェ達も参加しないわけにもいかず、今日も何も進展しない会議が夜遅くまで続いたのだった。
「先生を甘く見てましたね」
「こんなに大変だとは思いませんでした」
「お肌の手入れが出来ないわぁ…」
「これでこの給料でしょう? ホント頭下がるわね」
会議が終わり、この日の残業を終わらせて、職員用の寮で遅めの夕食をとる面々。
テーブルの上には簡素なおつまみと酒瓶が何本も置いてあった。
「もうね。調査とかクリス様とかエリザベス様にやってもらうしかないと思うんですよ」
「分かるわー。先生の仕事やった後に、うちらの仕事やるとか無理ゲーじゃん?」
「しかも手がかりゼロ。誰かが嘘ついてるとしか思えないよね」
「そうそう。そういえば、いなくなったのってみんな実家が現状に不満持ってるとこばっかよね?」
「それなー。逆なら分かるんだけどね」
「で、まだ公には出来ないんでしょ? いつまで隠せるのかねぇ」
「もって一週間ってとこじゃないでしょうか? 上からも早くしろってせっつかれてますし」
「あーあ。こんな大変ならやらない方が良かったわねぇ…」
「こんな事が起こるなんて思ってもなかったですからね」
愚痴とともに、お酒の減る速度が上がっていく。
「あれ、もう無い?」
「飲むピッチが早すぎるのよ」
「そんなこと言ったってなー。飲まなきゃやってらんねーじゃん?」
「それな」
「というか、ずっと静かだなって思ったらプロフィア寝てんじゃん」
「この格好で寝ると寝苦しくないんですかね?」
「さぁ? というか、私も疲れたよ。明日シャワー浴びるんで少し寝させてもらってもいいですか?」
「いいですか? ってこんな酒瓶まみれのところで?」
「だって、アンジェさんも歳に逆らえなかったのか、船こいでるし、ここからうちらの部屋遠いんですもん。ちゃんと朝には帰りますから」
「まぁいいけどさぁ…」
「それに、ギガが入り口塞いじゃってるんで、動かすの大変じゃないですかー」
「トイレ行くのどうすんのよ?」
「別にシグマさんの部屋だし…」
「ちょっと、ふざけないでよ」
「冗談ですって…………ふわぁ………ふぁふ……」
「私飲み足りないんだけど……って、みんな寝ちゃったの? マジかー…。私どこで寝たらいいのよ!」
シグマの部屋に集まったみんなはそのまま酔いつぶれて眠ってしまったのだった。
翌日、お風呂にも入らず着替えてないお酒くさい格好で職員室に現れたアンジェ達一行は、流石に酷すぎると、スミカに午前中は半休扱いにしてもらい、そのままお風呂と着替えをさせられたのだった。




