03 中々出発できない
「クーリースちゃん!」
馬車の方へ向かって歩いていたらお母様が馬車の前でニコニコしながら待っていた。メイドを一人も連れていないという事は、いつもの独断ですね。
「あの、何でお母様が?」
「だって、息子の入学式観たいじゃない?」
そう言いながら、携帯電話で連写し続けるお母様。
「お父様は仕事ですか?」
「残念ながらそうみたいね。今日は見てないし」
「そうなんですか。大変ですね」
そんな事を言いながら、二台ある馬車の前の方の扉を開けると、お姉様が難しい顔をしながら、書類の束を見ていた。珍しい事もあるもんだ。
そこでお姉様がこっちに気づくと、今度は嫌そうな顔をした。随分と柔らかい顔だな。
「あらお母様。王城へ行くんですか?」
「何言ってんのよ。クリスちゃんの入学式観たいからついて行くんじゃない」
「はぁ…」
書類の束を横に置くと、パンパンと手を叩いた。
その瞬間、遠くの方から走ってくる音が聞こえた。
「レイチェル様何をなされているんです?」「今日は仕事がありますよね?」「今日という今日は逃がしませんよ」「くっ…なんて力…」「もっと援軍呼んでー」
あれよあれよという前に、あっという間にお母様はメイドさん達に連行されていってしまった。
流石のお母様も何十人ものメイドさんに囲まれては逃げる事は叶わないだろう。
呆然と眺めていたらお姉様から声を掛けられた。
「乗らないのかしら? 遅れてしまうわよ?」
「あっはい。そうですね」
「(私の時は来ようとすらしなかったのに…)」
馬車に乗ろうとしたところで、今度は背中に強い衝撃があった。
「きゅ〜きゅっきゅ、きゅきゅきゅきゅ〜!」
どうやらヴェイロンがしがみ付いたようだ。
「あらあらヴェイロンどうしたの?」
「きゅ〜、きゅっきゅきゅ〜」
どうやら行かないでと懇願しているようだ。
「こらこらダメですよ」
ひょいと抱え上げるのは世話係に任命されたロザリーだ。私以上に懐いているから適任よね。
「大丈夫よ。近いからたまに帰ってくるから」
「きゅきゅ〜?」
「本当よ。秋の休みには必ず帰るわ」
「きゅきゅー」
「えぇ、約束よ」
ドラゴンの癖に指切りげんまんをねだってくる。本当にドラゴンなのかな? 中にちっちゃいおっさんとか入ってないでしょうね?
「じゃあロザリー、この子のお世話お願いね」
「えぇ。サマンサ様のお世話に比べればなんて事はありません。いってらっしゃいませ」
「ロザリー、聞こえてるからね?」
馬車から身を乗り出すお姉様。
「でしたら、もう少し淑女らしくしてください」
「してるじゃない。ねぇ、クリス?」
「あ…あははは…」
「笑ってごまかさない」
「はい…」
色々ゴタゴタはあったけれど、今度こそ馬車に乗り込む。
「こんなところにいたのね」
お姉様の向かい側には未だに気持ちよさそうに眠っているメアリーがいた。
仕方なくお姉様の横に座る。
「たまにはメアリーも役に立つわね」
私の腰に手を回したお姉様が耳元で囁くように言った後に頬を擦り付けてきた。
「あぁ、ホントクリスは可愛いわね。学園で何かあったら言いなさい。お姉様がちゃんと守ってあげるからね」
お姉様のこの感じだと、私に何かしたら無事で済まなそうだから、自分で解決しないといけない気がする。
しかしそれにしても九月なんてまだ暑いのに、よく抱きつけますね。入学式だからか、ちゃんと制服を着ているし、少し動くとほんのり汗ばむ。そんな中でメアリーはよくこんなにも寝ていられるものね。
そんなメアリーを見て気づいた。
「他のメイドさん達は後ろの馬車なんですね」
「まぁ、メアリーがこんなでーんって感じで寝てたら座れないものね」
本当にそれが理由なんだろうか?
「あら、疑ってる?」
「いえいえ、何にも思ってませんよ」
「そう? ならいいわ」
お姉様のこの勘の鋭さは何なのかしらね?
「そうそう、お母様の事なんだけど…ああいう事があるから基本入学式とかに親呼んでないのよ」
「そうなんですね」
「そうよ。昔は呼んでたみたいだけど、バカ親が席順でさえ文句言ってきたりするもんだから締め出したのよ」
お母様のケースとは違う気もしますが、もしかしてお姉様の時は付いてきたいと言わなかったから拗ねているだけとか無いですよね?




