91 番外編18 嘘だと言ってよ
「王妃様に呼び出されるなんて、生まれてこの方初めてのことじゃ」
「本当にな。遂に年齢を理由にクビにされるんだろうか?」
「その時はその時じゃな。覚悟を決めるしかないのう…」
「まぁ今までよくやったよ。のんびり過ごすのも悪くないだろ」
元下級メイドのインスピラとペルトはメイド長のペルダナ経由で呼び出された為、現在重い足取りでエテルナの執務室へ向かっていた。
元下級メイドなのは、上級と下級と分けていたのを廃止して統合したため、今は普通のメイドとなっている。尤も王妃専属はそのまま残っている。
食堂で二人に呼び出しの件を告げたペルダナは『遂に…』という表情をしていた。
二人が執務室の前に到着し、扉を見上げる。とても大きく重く見えた。二人の力で押すことができるのか分からないくらい、プレッシャーで押しつぶされそうな気持ちだ。
意を決してインスピラがノックをした。
「はーいどうぞー」
中からは軽やかな声が返ってきた。
「し…失礼します……」「失礼します……」
「あらぁ。待ってたわぁ!」
エテルナの反応を見るに、どうやらクビではないのかもしれないと思う二人。
「あの…本日はどのようなご用件でしょう?」
「あら。そんな硬くならないでいいのよ。今日はお願いがあって来てもらったのよ」
お願い……。やっぱりクビを宣告されるんじゃないだろうか? 再び猜疑心が二人を襲う。
そんな二人の前に屈みこんでそれぞれの顔を交互に見て笑みを深める。
これは一体どう言うことなんだろうか? 二人の頭の中は疑念でいっぱいになっていた。
「ホントこんな可愛くてちっちゃい子が働いていたなんて知らなかったわぁ」
「可愛い……?」
「ちっちゃい……?」
コテンと首を傾げる。その仕草にさらに嬉しそうにするエテルナ。
「いつから働いていたのかなぁ?」
それは小さい子供に尋ねるような問い方だった。
「こんな年齢で働きに出るなんて大変ね」
「いや……」
「その……」
今まで下級メイドとして働いてきた二人は勿論エテルナと面識はない。その逆も然り。だからこうして訪ねてきているのだろう。しかしその理由がわからない。
「あのどうして呼ばれたんじゃ?」
「あら! 貴重なのじゃロリじゃない。どこの出身なの?」
余計に食いついてきたエテルナ。話が全然進まない。
「王妃様、どういったご用件なんですかの?」
「見た目に反して古風なのね。まぁ今日は時間があるからゆっくりじっくり聞きましょ」
もしかして何かやらかして、ボロを出すまで帰してもらえないんじゃないだろうか? だとしたら一体何をしたのだろうか? ここ最近やった事といったらサガとウィラを締め上げた事くらいしか思いつかない。
「まぁまぁそんな怖い顔しないでいいわよ。別にとって食べようってんじゃないんだから」
「そ…それなら」
「う…うむ」
どうやら悪いことは起きないだろうと互いに顔を見合わせ判断する二人。エテルナの様子に気圧されながら、勧められるがままソファに座らされた。
「それで…一体何の用なんじゃ?」
「そうね。まずそれを言わないといけないわね」
ゴクリと生唾を飲み込む二人。
「うーん…。まずは見てもらった方が早いわね。シグマ、サヴァ、ラムダ、ディンゴ準備はいい?」
「気は乗りませんが……」
「いつでもオッケーです」
「上手くできる自信はありませんが…」
「本当にやるんですか?」
王妃様専属メイドの三人と見習いのディンゴが一緒に何かやるようだ。サヴァと呼ばれた軽薄そうなメイド以外は嫌そうな顔をしている。
「じゃあいくわね」
長方形の黒い箱のようなもののてっぺんを押して一列に並ぶ五人。
数秒経ったのち箱からリズミカルな音が流れたかと思うと、奇妙な踊りをし始める。
これは一体何なのだろう?
一分ちょい踊って、最後にエテルナ以外がエテルナを讃えるような決めポーズのようなものを取って踊りは終わった。
そしてサヴァを除いて退出を促した。三人は逃げるように退出していった。
「どうかしら?」
「どうと言われましても……。なぁ?」
「うむ……」
息が上がっていないのはすごいなと思うが、どう評価したものか決めあぐねていると、とんでもない事を言い出した。
「あなた達にはこれをやってもらおうと思って呼んだのよ」
「は?」「え?」
同時に間抜けな声を出してしまう。それもそうだろう。いきなり呼び出されて、クビかもしれないと怯えながら待っていたら、奇妙な踊りをしろと言われる。
もしかしてこれが出来ないとクビなのだろうか?
正直心の中で天秤が揺れている。
「何でワシらが?」
「何でって、小さくて可愛い女の子が可愛い服着て踊っていたら楽しくない?」
「おん……なのこ……?」
どうやら認識に齟齬があるようなので、はっきり言っておいた方がいいだろうとインスピラが口を開く。
「王妃様、どうやら誤解があるようなんですが、我々は少女ではありませんぞ」
「そうよね。立派に働いてるんだもの。背伸びしたくなるわよね」
「いや、そうではなくて、ワシもペルトもここで長い事働いているんじゃが…」
分かってないのか、笑顔のままコテンと首を傾げる。
「どゆこと?」
「ワシら二人とも王妃様が嫁いだ時からいるんじゃが」
フリーズするエテルナ。
そして、事態を飲み込めないのか、頭を抑え、もう片方の手を差し出す。
「え…待って………え? え? えっと……ちなみに幾つなの?」
インスピラとペルトじゃそれぞれ指で年齢を示した。
「またまたぁ……そんな訳ないでしょ。そんな可憐な少女が私より二回りも年上な訳……」
まったく表情を変えない二人に、それが本当なのだとやっと気づくエテルナ。
そして、確認のため、今までの出来事を確認する。
「本当にあの頃から働いていたのね…。信じられないわ…………」
「まぁ、下級メイドとして働いていたからの。接点は無いに等しいじゃろ」
「そうだな」
しかし、そこで諦めないのがエテルナ。
「でも逆に好都合だわ。年端も行かない子に無理矢理やらせなくていいんだもの。これって、あれよね、合法ロリってやつよね」
風向きが変わらないことに焦る二人。
「い…いや見た目がこんなでも中身はババアなワケで…」
「いえいえ、身も心も若いからそうなんでしょ? 私だってほら、今だに少女の様に若々しいでしょ?」
「少女…?」
「少女という単語を辞書で調べて欲しい」
「あ?」
「「すいません」」
少女が出せない様な気迫を出すエテルナ。
「まぁ、とりあえず拒否権はないからね」
「なっ!」「げっ!」
「その容姿を活かさないなんて勿体ないわ。大丈夫よ。演るのはオパールレイン領だから」
「いや…やるとは一言も…」
「あそこはいろんな趣味の人達がいるから、その年齢でも結婚出来るわよ」
「それは……」「むぅ……」
何回も婚活に失敗している二人としてはこれが最後のチャンスかもしれないと互いに顔を見合わせ頷く。
「ふふふ。やっぱり独身だったのね」
一連の会話で、独身だと判断したエテルナ。
「じゃあ、同意も得たと言うことで、サヴァ、あれを持ってきてちょうだい」
「はい。こちらに」
「じゃ、ちょっと着替えてくるから」
ペルトがインスピラをチラと見る。
「逃げても無駄だからね」
「に…逃げんよ」
「そ…そうじゃ」
「ふーん…。すぐ着替えてくるから待っててね」
そう言って奥の部屋へ入っていったエテルナとサヴァ。
「なぁ、ペルトどうにもならんのか?」
「腹を括るしかないじゃろ。それにもしかしたら結婚出来るかもしれん。彼奴らに行き遅れだの、お局だのとバカにされんぞ」
「そうだけども…、逆にバカにされんか?」
「王妃様がやっているんじゃ。バカにしようものなら良くて打ち首じゃろ」
「もしかしてだが、選択次第で危なかったんじゃ」
「かもしれん。首の皮一枚繋がった感じじゃな」
そんな事を話していたら、着替えが終わったのだろう奥の部屋の扉が開いた瞬間、二人は絶句した。
「じゃーん。どうかしら。これが見本よ」
出てきて早々エテルナとサヴァがポーズをとる。
赤とピンクの衣装のエテルナと、緑とパステルグリーンの衣装のサヴァ。
幾層にも布を重ねたふんわり広がったスカート。よく分からないデザインのスリットやフリル。無駄に多いスカート。どうして前の方がスカート丈が短いのだろうか?
一番理解し難いのは、腰についたリボンだが、地面に着きそうなほど長い理由が分からない。
胸元にはアホほど大きいリボンと。そのくせ肩から首の辺りにかけて露出が多い。それなのに、袖は動きずらそうな大きめのパフと姫袖。指の先しか出ていない。その手にはリボンのついた光沢のある手袋がはめられていた。
「きっつ…」「うわ……」
「あ?」
「「ごめんなさい…無理です」」
「そんな事ないわ。あなた達こそピッタリだと思うの」
屈みこんで、二人の手を取り顔を近づけるエテルナ。
よく見ると、化粧も濃いめだが、瞳の中に星のマークが入っている。髪の毛にも何かしたのか、キラキラしたものがついている、金平糖かな?
「よくこんな露出の多い衣装着れますね」
「年齢を考えてください」
「そんなこと言われたら、段々と恥ずかしくなってきたわ」
急に素のトーンで喋るエテルナ。
「経産婦がこんな事やっていいんかの?」
「やったらあかんのか? 夢みちゃいかんのか!」
鬼気迫る表情で言われて、何も言い返せない二人。
「あの…どうしてこんな事を始めたんですか?」
「今度クリスちゃんとレイチェルが母娘で魔法少女やるって言うのよ。羨ましいじゃない! 私だってちっちゃい子と一緒にやりたいのよ!」
「何でワシらなんじゃ…」
「娘に断られて、新人のメイドにも断られるし。そしたら、あなた達の存在を知ったのよ」
「「えぇ…」」
「それに、うちのメイドだし、年齢も申し分ないし」
「もう…これは逃げられんな… 」
「そうだな…。覚悟を決めよう」
「ふふ…。受け入れてくれて嬉しいわ。じゃあ、早速着替えてくれるかしら?」
渡されたのは、青と黄色の衣装。
「あぁ…嘘だといってよバー◯ィ」
「バーニィって誰よ」
「言ったら、伏せ字の意味がないんじゃ」




