90 番外編17 国王様はゲームがお下手
それは私がメイドの仕事から解放されて王妃教育を始めた頃の話。
コンコン―――――
部屋の扉がノックされる。
メアリーが扉を少し開け確認し、閉じる。
「え…誰だったの?」
「間違いだったようです」
ニッコリ微笑んで何のことはないと言うが、そんな事があるだろうか?
メアリーの事だ。勝手な判断で閉じたんだろう。その証拠に直ぐに扉が開けられた。
扉の向こうには国王であるデボネア様がいた。
「こらこら、勝手に閉めるんじゃない」
「ちっ…」
ちょっと! なに国王様に舌打ちしてんのよ。ホント怖いもの無しね。悪い意味で。
「はぁ…。何のご用ですか? こ・く・お・う・さ・ま?」
ヤバイヤバイって。不敬が過ぎるわよ。
「ちょっとメアリー、その態度は問題があるわよ」
「申し訳ございませんクリス様。クリス様が毒牙にかかるのではないかと気が気ではなくて…」
「はっはっは。メアリーは相変わらず面白い事を言うなぁ…」
昔からこうだったのか…………いや、それにしたって態度が悪過ぎるわ。
「まぁ、今日はクリスちゃんに用があってね」
「用ですか…」
「そそ。ほら、クリスちゃんはさぁ、レオナルドの婚約者な訳じゃろ?」
「まぁ…そう……なりますね……」
不本意ながら。
「と言うことはだね、ワシはクリスちゃんの義父ということになるよね」
「聞いてはいけませんクリス様」
嫌そうな顔で制止しようとするメアリー。
「パパと呼んで欲しいんじゃよ…」
「うっわ……」
「えぇ……」
国王様が直々に来たから、一体どんな要件を言うのかと思ったらこの前の晩餐の時と同じ事を要求しにくるとは…。
「むぅ…流石にパパは早かったかの。じゃあ、お父ちゃまとかダディでもいいぞ」
「えー……………………っと………………」
言葉に詰まるわ。
「認めません。私の目の黒いうちは認めませんよ」
「お主は保護者じゃないだろうに」
「ふっ…。私はクリス様にお世話されているので、ある意味保護者ですね」
「言っていて悲しくならんか?」
国王様は何回か顎をさすると、いい事を思いついたと言った顔をする。
「では、ワシと勝負しないか?」
「勝負ですか?」
「ワシが勝ったらパパと呼んでもらう。負けたら諦めるどうじゃ?」
「それだと、クリス様が勝ってもメリットありませんよね」
「ふーむ…。じゃあワシのコレクションを何か一つあげようかの」
コレクション…。お酒もありかな? 正直国王様のコレクションでそれ以外に興味がありそうなのないしね。
「分かりました。それでいいですわ」
「ほう…。話が早いの」
「それで、何で勝負をするんですか?」
「これじゃよ」
そう言ってずっと黙って控えていたマックスさんが出したのはチェス盤だった。
「遊戯室があるから、そこで一勝負しようかの」
「あの……」
「ん? どうしたんじゃ?」
「チェックメイトなんですが…」
「え? そうなの?」
もしかしてルールを知らないんだろうか? 動かし方もちょっと怪しかったし。
何より、めちゃくちゃ弱いです。態と私の実力を図ろうとしているのかとも思ったんだけど、そうでもなさそう。
ちなみに、現在五回戦目だ。『もう一回もう一回だけ』と食い下がるのでやっているんだけど、態と負けようとしてもこれが難しい。
私の予想の斜め上の手を打って自滅する。逆にどうやったらそうなるのか教えて欲しい。
「クリスちゃんは強いのう」
「恐縮です」
「じゃあ、違うゲームでも…」
下手の横好きなんだろうか? それとも若い子と遊ぶのが好きなんだろうか?
その後はバックギャモン、ダイヤモンドゲーム、スクラブル、果ては黒ひげ危機一発にジェンガとやったけど全部勝ってしまった。
「また負けてしまったなぁ…」
「なんか…ごめんなさい…」
その後はどんだけやっても勝てないからと、『パパ呼び』を諦めた国王様はマックスさんに引きづられながら去っていった。
「流石はクリス様です。向かう所敵なしですね」
「………」
「どうかしましたか?」
「いや…さ、あまりにも弱過ぎるなって思って」
「考えすぎですよ。それに国王様は……いえ、何でもないです」
そこまで言ってメアリーは頭を振って、何事も無かったかのように微笑んだ。
「お疲れでしょうから、何か甘いものを厨房から持ってきますね」
「そこはせめて自分で作る。じゃないのね…」
*
「いやいや負けてしまったのう」
「態と負けたように仰ってますけど、実際本当に弱いですよね?」
「な…何を言っとるんじゃ? ワシはクリスちゃんの実力を測るために…」
「弱すぎて子供達からも敬遠されているじゃないですか」
「ソ…ソンナコトナイゾー」
「これ幸いと挑んだにも関わらず、悲しくなるくらい全敗でしたね」
そこでデボネアは振り返り、マックスに向き直る。
「ちょっと言い過ぎじゃないかな? 最近当たりが強いように思うんだが?」
「そりゃあそうですよ。デボネア様の仕事もこっちで負担しているんですから」
「……………」
気まずそうに横に視線をずらすデボネア。
「では、私と勝負しませんか?」
「構わんが何でやるんだ?」
「将棋をご存知ですか?」
「あぁ、あの駒を再利用できるチェスみたいなものか」
「はい。私それに最近ハマっておりまして」
「ほほ〜う」
興味津々で話に乗るデボネア。
「もし、私が勝ったら、デボネア様が押し付けた仕事を返却したいのですが」
「それとこれは別だろう」
「勝ったらなんでも言うこと聞きますよ」
「ホントじゃな?」
イタズラを思いついた子供のような笑顔をするデボネア。
「まぁ、デボネア様が勝つことは万に一つもありませんからね。ハンデをつけましょう六枚落ちでどうです?」
「そんなこと言って負けた時の言い訳にするんじゃろ?」
「言いませんよ。じゃあ八枚落ちで構いません。なんなら、減らした方の駒を使ってもいいですよ」
「言ったな! 言質とったぞ」
「ではやりましょうか…」
「ふふふ。何を押し付けてやろうかな」
「声に出てますよ」
「あ…敢えて出したんじゃよ」
「そうですか」
それから数十分後―――――
「デボネア様、私が舐めてました」
「うん…」
「まさか、ここまで弱いなんて思ってませんでした」
「言うな……」
「いやもうなんか悲しくなってきちゃいました」
意気消沈し、二人とも気まずくなって俯いてしまう。
「逆にここから勝つ方法はないかね?」
「ありますけど、デボネア様では難しいかと…」
「……………なぁ、勝てるように鍛えてくれんかの?」
「構いませんよ」
「おぉ! では頼むよ。エテルナに勝てるくらいに…」
「あ、それは無理です」
「そんな直ぐに否定せんでも」
「まぁ、何はともあれ、溜まってる仕事を片付けないことには難しいですね。では、デボネア様お仕事頑張りましょか」
「はい…」
しかし、マックスが必死に教えてもデボネアは強くはならなかった。




