89 番外編16 君の名は…
『うちでは飼えないから引き取って』と、ソフィアに半ば強引に押し付けらたドラゴン。
小さいながらも青く輝く鱗は神々しく、抱いていると冷んやりしていて気持ちいい。
何らかの理由により、爆誕したドラゴン。本来なら、ソフィアのところで研究なり観察なりするべきだと思うのだが、研究所が瓦礫となっているのでそれも難しいのだろう。
きっと、研究所が治ったら迎えに来るのだろう。そう信じたい。
ただ正直、いつ元の大きさに戻るのか内心ヒヤヒヤしているが、その兆候は今の所ない。
今日も小さいままでいる。
小さい割によく食べる。お姉様と同じくらいの量を食べる。…………そう考えたら意外と少食なのかもしれない。
ドラゴンといえど小さく愛くるしい為、うちのメイドさんたちが可愛がっていろいろお菓子とかをあげたりしている。
そしてそれを器用に掴んで食べている。結構利口なのではないだろうか?
しかし、そんなにお菓子や料理を食べさせていると、体重が増えて抱える事も難しくなるかもしれないから程々にしてほしい。
「きゅーきゅー」
そんなドラゴンはお菓子が足りないと、両手で真っさらなお皿を持っておねだりしていた。
「もう…いっぱい食べたでしょ?」
「きゅーきゅっきゅきゅー」
どうやら足りないらしい。目を瞑り首を左右に振っている。
「あげてもいいけど、明日の分が減るわよ」
「きゅっ!? きゅ~…………きゅーきゅ」
どうやら諦めたようだ、意外と賢い。
腹ごなしなのか、軽く浮いた後、私の周りをぐるぐると飛んでいる。随分と懐かれたものね。
そんな時、私に押し付けた張本人がやって来た。
「おはようクリス」
「きゅきゅ~」
「おはよう…ってもうお昼だけど」
「いいじゃないそんなの」
私とドラゴンが挨拶を返すが、貴族としてそんないいかげんでいいんだろうか?
そんな雑な人はドラゴンの頭を撫でていた。
「きゅーきゅ」
どこか大仰な鳴き声に聞こえなくもない。
「それで今日は何しに来たの?」
「何も無かったら来ちゃダメなの?」
めんどくさい彼女みたいな事言い出したわね。
「そういうわけじゃないけど…」
「じゃあいいじゃない」
そう言って椅子に座るソフィア。
「ねぇ、もうお菓子ないの?」
「ないけど」
「何で?」
「この子がこれ以上食べないようにするためよ。ここで出しちゃったらまた食べちゃうでしょ?」
「いいじゃない。もっと食べたいわよね? ねー」
「きゅーきゅー」
「変な所で意気投合しないでよ。今日の分は終わり」
「えー」「きゅー」
最近甘やかしている気がするから。少し厳しめにした方がいいわよね。
そんな時、屋敷の方から大勢の子供達が賑やかな声を弾ませながら近づいてきた。
子供達の遊びの時間なのね。
「わードラちゃん!」「どらごん!」「あ、◯ん◯んついてないねーちゃん!」
ドラゴンやソフィアを見るなりわらわらと近づいてきた。
「失礼ね。普通は付いてないのよ?」
「えー…付いてた方がお得じゃん!」
「何言ってるの! 私はクリスと違って[自主規制]があるのよ!」
「ソフィア…そこは張り合わなくていいから……」
全く子供達の前で何て事を言うんだ。
まぁ、うちのメイドさんたちの教育の仕方が悪いんだけどさ。もう直せないのかな?
「こらこら、あまり揶揄ってはいけませんよ。暴発してしまいますよ?」
子供達を嗜めるように言うのはロザリーだ。今日の子供達のお世話係りはロザリーなのね。ソフィアはともかく私は怒らないわよ。
「一度でいいから見てみたい。クリス様の暴発するところ。エペティスです」
なんでそんな◯点の挨拶みたいな言い方してるのよ。
「するときはぜひ私の前でお願いしますね」
何でそこでロザリーまで絡んでくるのよ。
本当に子供たちの教育に悪いわね。
しかし、ロザリーとエペティスさんの組み合わせは珍しいわね。
「あーおかし食べてたー」「私も欲しいー」「僕もー」
あ、片付けてなかったわ。
「こらこら。この後のおやつの時間に出しますからね」
「わかったー」「はーい」「きゅー」
何でドラゴンまで一緒になって手を挙げているのよ。あなたはもうおやつなしなのよ?
そんなドラゴンだが、ロザリーの短すぎるスカートの周りを鼻をヒクヒクさせながら飛んでいる。
そして正面にガシッと抱きつく。
「おや…」
「あらどうしたのかしらね」
ロザリーとエペティスさんが不思議そうに見ている。
「ほら、動物って臭いものが好きじゃない? よく飼い犬がお父さんの靴下とか匂い嗅いでるじゃない?」
犬とドラゴンを一緒にしていいんだろうか?
「なっ! 私はそんなに臭くありませんよ!」
しかし、抱きついているのが、股間のあたりなんだよなぁ…。
「ロザリー、あなたそうは言うけど、結構カレーの匂いしてるわよ?」
「あっ…なるほど……」
そう言ってポンと手を叩くと、ドラゴンがふわっとロザリーの前に浮かんだ。
そして、唐突に短すぎるスカートの中をゴソゴソと弄るロザリー。
子供たちの前で何やってんのよ。
そしてポンと何かを取り出した。
「これのことですね。とても鼻がいいんですね」
取り出したのは少しホカホカしたカレーパンだった。
「どうぞ」
「きゅー」
取り出したカレーパンをドラゴンに与えるロザリー。
それを嬉しそうに頬張っている。よく食べられるわね。というか、何でそんな所に隠しているのかしら? というか何処に隠すスペースがあるのだろう? 気になるけど聞いたらいけない気がする。
「あーずるーい」「僕も僕も」「おいしそー」
「はいはい。ちゃんと用意していますからね」
「良かったわね。ロザリーが臭いんじゃなくて」
「全くです。濡れ衣もいい所です」
「でもこのドラゴン、クリスとロザリーにめちゃくちゃ懐いてるわよね。やっぱり……」
「臭くないわよ!」「臭くなんてありません」
「そうですよー。ロザリーはともかくクリス様はいい匂いがしますもんね」
エペティスさんがフォローしてくれる。そうよ。クリスさんはバラの香りがするんだい!
「そういえば…さ、みんなドラゴンって言ってるけど名前付けてあげてないの?」
「逆に聞くけど作った側が何で名付けしないのさ」
「いや…私が作ったんじゃないし…」
目を泳がせて横を向くソフィア。
それにしても名前か…。考えてなかったな。
「ちなみにソフィアはなんかいいのないの?」
「うーん…………」
腕組み上体を反らしながら考えるソフィア。そこまでしないと出てこないもんなんだろうか?
「ちょちょっぺー丸とかどう?」
「「「「………………」」」」
「な…何よ。ダメなの? じゃ、じゃあぽむぽむ侍とかほにゃすけとかどう?」
「ソフィア様にネーミングセンスが皆無なのは分かりました」
ロザリーがすげなく答える。
「なっ! ね、ねぇクリス? そこまで悪くないわよね? ねぇ?」
そうだった。ソフィアはネーミングセンス皆無だったんだわ。
あの機関車の第一号と第二号の愛称が『びゅんびゅん丸』と『じゃんがじゃんが丸』だもんね。
ドラゴンもあんまりな候補に呆然としている。
「…お父様はセンスあるって褒めてたのに…」
じゃあ、公爵家全員がセンス無いんじゃないかな?
「あの…ソフィア様、この子、女の子だと思うんですが…」
「え…そうなの?」
「そうですね。見れば分かるではないですか。女の子相手にあの名前は無いですね」
そうなんだ。私には違いがさっぱりわからないわ。
心なしか不満そうな顔をするドラゴン。
「子供達に決めて貰ったらどうかしら?」
「そうですね。じゃーあみんな意見をちょうだーい」
エペティスさんが教育番組のお姉さんみたいな感じで意見を問う。
―――――「うーん…じゃあココア!」「私はマロン!」「ムギ!」「モモ!」「ショコラ」「おもちー」「きなこー」「大根!」「みたらし!」「あずきー」「大福!」「ちくわ」「ごま!」「ずんだ◯んー」「納豆は?」「お雑煮!」―――――
みんなお腹が空いてるのね。みんな食べ物ばっかりじゃない。おかしいのもあるけどさ。
ちなみにドラゴンはちょっとお気に召さないようだ。
「そんな可愛い名前は似合いませんよ。そうですね…イーヴィルサマンサV2とかどうですか?」
言った瞬間にドラゴンに思いっきり叩かれるロザリー。相当嫌だったみたいだ。まぁ、そうでしょうね。
「ロザリー、あなた馬鹿ですか? サマンサ様の名前なんてつけたら嫌がるに決まってるじゃないですか」
うんうん頷くドラゴン。
「あとはクリス様の意見だけですね」
「そうねぇ…」
全く考えて無かったわ。しかし、可愛い系の名前が嫌なのね。女の子なのに…。
それじゃあかっこいい系の名前か…。
「じゃあヴェイロンとかどうかしら? かっこよくない?」
「………いいですね」
ロザリーが、ホウとため息を漏らすように賛同する。
「きゅー」
ドラゴンが嬉しそうに鳴くと、私の周りをぐるぐると回りだした。
「決まりですね」
「決まりましたね」
「私の名前だっていいと思ったんだけどな」
という事で、ドラゴン改めヴェイロンになりましたとさ。




