83 視察に行こう①
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翌日、これからどうしようかと思案しながらディンゴちゃんに髪の毛をセットしてもらっている最中に、またぞろノックも無しに扉が開けられた。
「おっはよークリスちゃん。今日は視察に行くわよー」
もうノックしないのは癖だと思うので指摘する気はないが、視察だなんていきなりだな。
「あのどちらへ視察にお伺いするんですか?」
「んふふ~。それはねぇー、ソフィアちゃんのところよ。私行った事ないのよね。凄く発展してるって聞いてー、一度行ってみたいと思ったのよね。楽しみだわ」
まぁ、ソフィアが了承してるんならいいんじゃないでしょうか。そういえば、ソフィアのお願いってなんなんだろうね。結局聞かずじまい。どうせお菓子作ってとかそんな話でしょ。
「あの、すぐに行く感じですか?」
「汽車で一、二時間くらいって聞いたから十時くらいにここを出られればいいかなー。クリスちゃんも用意とかいるでしょ?」
「そうですね。かしこまりました」
まだ全然時間に余裕があるから、厨房を借りて何か作っていきましょう。
鼻歌交じりに部屋を出ていった王妃様。物凄くご機嫌だけど、理由は考えなくても分かるわ。代わりにメチャクチャ不機嫌顔のお母様とメアリーが鏡ごしに見える。
そっちに話を振らずに出ていったのは、もしかしたら後ろめたさもあったのかもしれない。
「レイチェル様、このまま指を加えたまま見ていていいんですか?」
「私だって、はいそうですかで、納得出来るワケないじゃない。でもねぇ…、あんな大勢の前で言われたらそう簡単に覆せないわよ」
納得できないといった顔でお茶を一気に呷る。
開いたカップにメアリーがすかさずお茶を注ぎ、すぐに飲み干すお母様。お酒の席じゃないんだからそんな飲み方するのはどうかと思うのよ。
「クリス様も大変ですねぇ」
人ごとのように言うディンゴちゃん。
「私達メイド達の間でも物凄く話題になってたわよ」
「そうなんだ」
どうせみんな賛成なんでしょ?
「サガさんとかウィラさんとかが『私の目の黒いうちは嫁にやらん』とか言ってたわ。二人とも目の色は黒くないのにね」
へぇ…意外。てっきり『大賛成、毎日唐揚げだーだだだだだー』とか言って酒盛りでもしてるんだと思った。
「あの人たち以外にも難色示してる人は多かったけどね」
「なんで?」
「なんか、私より先に結婚とか許せないとかなんとか」
ただの私情じゃん。期待して損したわ。
「はい終わり。うん。今日も可愛いわクリス様。やっぱり本当に男だとは思えないわ」
「ははは……」
乾いた笑いしか起きない。
「でも、レオナルド殿下はクリスが男だって知ってて婚約を申し込んだのよね。なんて言うか、凄く一途よね」
「ディンゴさん、レオナルド殿下は気づいてませんよ?」
後ろからメアリーが静かに告げた。
「えっ? 嘘でしょ?」
「それが本当なのよ。気づいてる人は気づいてるけど、気づかない人は気づかないのよねぇ。逆に気づける人が凄いのだけれど…」
「そうですよね…。私もクリス様のを見るまでは信じられなかったですし、今でも信じられないです」
「でしょう? 正直私も最初にドレスを着させた時、違和感が無くなったもの」
「当時は髪の毛を切らせませんでしたが、その時から女の子らしい可愛さが滲み出していましたね」
昔の話をされるととても恥ずかしいわね。まぁ、その頃の記憶は無いんだけどね。
「それにしても婚約発表の翌日に視察なんて抜け目ないですね」
「まぁ、視察は名目なんだけどね」
「あぁそうでしたね」
お母様とメアリーは何か知ってそうだな。でも悪い顔してるのは気づかなかった事にしておきましょう。
「視察って、あのソフィア様のところですよね?」
「そうよー」
「てっきり私はクリス様はソフィア様と結婚するんだと思ったわ」
「え? なんで?」
「「「………………」」」
何で急に黙るの? 私変な事言ってないわよね?
「(これならまだ可能性あるかも)」
「(どうしてこんなに鈍感なのかしら? 一体誰に似たのかしらね?)」
「クリス様はずっとそのままでいてください」
三人して生暖かい目で見ているけど一体どう言う事なの?
「クリス様、少し時間がありますがいかがお過ごしされますか?」
「あー、ソフィアとかがお菓子ねだってきそうだから、厨房を借りて何か作ろうかと…」
「(あの…メアリーさん、これで分かってないって本当ですか?)」
「(クリス様は天然ですからね。私も毎回驚かされます)」
「(だから、メアリーが毎回ちょっかいかけてもスルーされるのは仕方ないのよね)」
三人で何をこそこそ話しているんだろう? あ、もしかして、最近お菓子作ってないから欲しいのかな? 多めに作っていきましょうかね。
「じゃあ私はちょっと厨房に行ってくるから」
「あ、クリス様」
「なに?」
「試食係としてお伴します」
「最近隠す気無くなったわね」
「まぁ…そうですね。それもありますが、ここ最近クリス様お手製のモノを食べていないので力が出ないというか」
ほらやっぱりね。お菓子が食べたかったんじゃない。しかし、理由がおかしい。
厨房へ行く道中、何かを警戒しながら私を隠すようにしている。歩きづらいなぁ、もう…。
その後厨房へ行くと、昨日の事を根掘り葉掘り聞かれ中々お菓子作りに入れなかったが、お菓子を持って行く旨伝えたら、一緒になって作ってくれた。
そして、予想以上に多くのお菓子が出来た。
やっぱりこう言う事をやっている方が楽しいわね。
「それにしても予想以上に出来たワケだけど、メアリーちょっと食べ過ぎじゃない? 持っていく分がなくなる勢いなんだけど」
「え? 報酬じゃないんですか?」
どういう思考回路してたらそうなるのよ。
「はい終わり。後は持っていく分とみんなの分よ」
「分かりました。後は行く時に食べます」
「いや、メアリーの分はもう無いわよ?」
「え…………」
その言葉に呆然としていたメアリーにセブリングさんが助け舟を出した。
「おいメアリー、あんまり姫様を困らせんな」
あら、姫様だなんて照れるわね。
「だってクリス様が酷い事言うんですよ」
酷くないでしょ。一般常識でしょ。
「分かった分かった。ほら、これ持ってけ」
そう言って両腕で抱えないと持てなさそうな量のパンをメアリーに渡した。
「昨日のパーティの余りもんを挟んだだけだが、姫様考案の料理だぞ、それで…」
「いただきます。流石セブ爺。分かってますね」
「お…おう…メアリーがそれでいいんなら、いいけどよ」
「いいに決まってます。クリス様が考えたモノを食べる。即ちクリス様をいただくということですよね?」
「何言ってんだお前」
「えぇ分からないんですか?」
「私も分からないし、気持ち悪いわ」
元々頭の中がピンク色だと思ってたけど、こんな赤に近いピンク色になっていただなんてビックリだわ。
早速袋の中からパンを取り出し頬張るメアリー。朝ごはんとお菓子をあんだけ食べた後によく入るわね。
さて、時間もちょうどいいからそろそろ行くとしましょうかね。
ところで、視察に行くと聞いたけど、集合場所はどこなのかしら?




