78 お茶会②
「ぜんっぜん良くないわよ!」
ティートローリーを押してきて、テーブルに新たにお菓子を乗せたメイドさんが声を荒げた。
「…って、ソフィアじゃない。何してんのこんなとこでそんな格好で」
「好きでやってるんじゃないわよ」
あらら…。相当お冠みたい。
「あら、ソフィアちゃん。メイド姿も似合うわよぉ。私も着ようかしら」
「悪いけど、あなたサイズのメイド服はないの。ごめんなさいね」
二つの意味で拒否しましたね王妃様。
なんだかんだ言いつつも、丁寧な仕事をするソフィア。私の前に新しい紅茶を淹れた。
「ソフィアがこんなに丁寧な仕事できるなんて…いつからいるの?」
「悪かったわね、いつもはガサツで。まぁ、一週間前にホテルで拉致られたのよ。そこのマヌケと一緒に」
そのマヌケはというと、王妃様にしがみつき揺さぶっている。うーん不敬。
「エテルナ様酷いです! ここにいるなら、態々寒い中行く必要なかったじゃないですか!」
「私だって知らなかったのよ。知ったのだって半月位前だし。それにあなた随分とキレイになったけど、どれくらいサボっていたのかしら?」
「うぐっ…。黙秘します」
それ認めてるのと同義よ?
「でも、いつもなら匂いで分かるんですよ。あ、今はしっかり分かります」
だから、私そんなに臭くないって! そんなに少女臭がするのかしら? 今なら弾幕も打てそう。
「そうよね。つい最近まで、私も分からなかったもの。風邪でも引いてたのかしらね?」
揺さぶるサヴァさんの額を扇子ではたいて離れさせた。
「それで、シグマ見つかったの?」
さっきまでいなかったシグマさんが、いつの間にかラムダさんの横に澄まし顔で立っていた。
「残念ながら」
「シグマとメアリーをもってしても見つからないなんてその人こっち側なのかしら?」
眉間に皺を寄せ「ぬぬぬ…」と、唸りながら腕組み考えてる王妃様。
「ちょっと待って、え…何? メアリーも勝手に使ったの?」
お母様がすかさずツッコミを入れた。
「だって、シグマだけじゃ大変そうだし、サヴァはサボり癖があるし、ラムダはこういうの苦手じゃない? じゃあ使えるのは使わないと」
「ホント都合のいい頭してるわね」
お母様が呆れた顔で王妃様を見やる。
「そうじゃなきゃ王妃なんてやってらんないわよ」
したり顔でお母様に向き直る王妃様。しかしその直後、驚きの表情に変わった。
「あら? あらあらあら〜。あなた初めて見る顔ね」
そう言われて私もテオドールたんからそっちへ視線を移すと、ぎこちない動きをしたメイドさんがいた。無表情に近い顔だけど、明らかに不機嫌な雰囲気を醸し出している。王妃様に声をかけられたことで、無表情ながらも目がぐるぐるしてる。
「あれ…スケキヨさん?」
バレたという表情をした後、爆発でもするの? というくらい真っ赤になるスケキヨさん。
いやぁでも、なかなかどうしてメイド姿が似合うじゃない。中性よりの顔で線も細いから女の子の格好しても違和感がない。盲点だったわね。
「は…はわわ」
「ふーん。いいじゃない。中々に様になっているわね。無表情キャラも嫌いじゃないわ」
「確かに。元々の素材が悪くないものね」
「んふふ…。おいしそう……」
明らかにエリーは違う目的で見てるよね。
「ううっ…。だ…だから僕はやだって言ったんだ! …なんで…なんでこんな事っ…!」
未だ嘗てこんなに流暢に喋ったことがあっただろうか。
「最近私好みの男の娘がいっぱい一本釣り出来て嬉しいわぁ」
「ちゃんと女の子のパンツ履いてるの?」
王妃様とお母様の間に入ってしまったスケキヨさんは逃げることも叶わず、二人の好奇の的になっている。暫くは逃げられないだろうなぁ…。
「途中経過を報告しに来ただけなのに…どうして………」
そんな時、いつの間にか私とエリーの後ろに来ていたソフィアが話しかけてきた。
「ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「あっ! ソフィアちゃんそれはルール違反よ」
「こっちだって一刻を争うのよ!」
私の後ろに来ていたソフィアに気づいた王妃様が牽制をかけた。でもスケキヨさんも逃すまいとどっちつかずな感じになっている。
この期を逃すまいと逃げ出そうとしたスケキヨさんをお母様が掴んで離さない。こっちとスケキヨさんを見比べて、迷った挙句スケキヨさんとの会話を選んだようだ。
チラチラ見てきていたが、だんだんと頻度が減ってきて、遂にはスケキヨさんの手や顔を触りまくっていた。
あのスケキヨさんが泣きそうな顔で助けを求めていたけど、好奇心マックス状態の二人が飽きるまで逃げることは出来ないでしょうね。
何やら不穏な空気が流れているが、後ろに控える二人はのほほんとしていた。
「あの人もクリス…様に負けず劣らずの美少女ね。まるで、お人形さんみたい」
「そうですね。見た目だけは完璧てすが、結構詰めが甘い方です」
「へぇーそうなんだ。それよりクリス…様の横の人の方が距離が近くない?」
「えぇ。あの方はクリス様の好きな男の娘なので」
「そうなんだ…………えっ? クリス…様ってもしかして、そっちの方なの?」
「どうなんですかね。そこは私も分かりかねます」
「くっ…。生えてない事でこんなにハンデがあるなんて…」
いや…別に私はかわいい子が好きなだけで…。
私の視線に気づいたのか、小声になって続きが聞こえなくなってしまった。どうせロクでもない事を話しているでしょうから、あとで問い詰めましょう。
「ねぇ…後で時間もらえる?」
「まぁいいけど…。ここで働いてるの?」
「好きでやってないわよ。王妃様に無理やりやらされてるだけなんだから」
「なんか大変だね」
大抵理不尽な事を引き起こす側なのに、ホント珍しいわよね。
今ここで話してもダメだと悟ったのか、スケキヨさんを置き去りにして去って行ってしまった。
そんなスケキヨさんはシグマさんとサヴァさんにも阻まれている。サヴァさんは屈んである部分に顔を近づけ、シグマさんは婚姻届を見せている。おねショタは素晴らしい。
こんな状況でもずっと舌舐めずりしながら眺めているエリーと、ずっとお菓子を頬張っているテオドールたん。お茶会ってこういうのだっけ? 私の知ってるお茶会とちょっと違う気がする。
そんな時、新たな人物が中庭に入ってきた。
「おやまぁ…随分とここは賑やかだねぇ…」
「あら、スパーグレート将軍お久しぶりです」
「だから何度も言ってるけど、あたしゃただのグレートだし、将軍じゃないよ。いい加減覚えとくれ」
「いやぁ、国の英雄相手にグレート様じゃあ申し訳ないじゃないですか」
王妃様とお母様がそれぞれ挨拶をしたので、私とエリーも立って礼をする。
「いいんだよ。それで…」
そう言いながらテオドールたんの頭を撫でてから椅子に座り、手近にあったカップに紅茶を淹れて一口飲むグレート様。
「それにしても、こんな時間にお茶会だなんて珍しいね…………って、アンタはあの時の勇敢なお嬢さんじゃないかい」
「お久しぶりです」
「作業着を着ていたから、あたしゃてっきり使用人だと思っていたけど、いやぁなかなかどうしていいとこのお嬢様じゃあないかい」
「そりゃあもう私の娘ですもの」
「ほう…レイチェルの娘かい。どうりで…」
「お会いになった事が?」
「あぁ。見事な戦いぶりだったよ。是非とも騎士団に欲しいくらいだ」
その言葉にグリンと音がなりそうな勢いで王妃
様に向き直るお母様。
「どういう事ですか? 事と次第によっては…」
「わ…私も初耳なんですけど。関わってるなんて聞いてない」
「というか、作業着って何? 一体どれだけの事をやらせたの?」
冷静になった途端にスルーされてた話題を掘り起こして、王妃様を揺さぶるお母様。
「し…知らないわよ…。私が知ってるのは、メイド服着てお掃除したり料理したり、ここの中庭作ったくらいしか」
ほぼ全部ですね。ただ下手に突っ込まれると私も気まずいから、あんまり掘りあげないで欲しい。
「ま…まぁそのくらいにしときよ」
王妃様もお母様もグレートさんには頭が上がらないのか、争いを止めて佇まいをただした。
「それにしても、変わったメンツだねぇ。特にエンジェルシリカの坊やがいるとはね」
「あらぁ…。坊やだなんて、私はレディですわよ?」
「あぁそうかい。それはすまなかったねぇ」
もしかしてエリーってこう見えて凄い人なのかな?
「ところで本日はどう言ったご用件で?」
「いやなぁに。孫がここで頑張っているからね。様子を見にきたんだよ。そしたらここでお茶会を開いてるのが見えたから寄っただけさね。ところで、嬢ちゃんうちの孫の嫁にならないかい? あんたなら大歓迎だよ」
「あらダメよ。クリスちゃんはレオちゃんの婚約者なのよ」
「おや。そりゃ失敬。じゃあ破談になったらいつでもおいで」
「そんな事有り得ないわ。ねぇー?」
「ははは…」
苦笑いするしかないわ。流石にお母様も空気を読んで黙っているわ。
ところで、孫って誰なんだろう?
「あの…お孫さんって誰なんですか?」
「あぁ、言ってなかったさね。ウィリアムって言うんだがね」
「えっ! リアムのおばあちゃん!」
「あ、こらクリス…」
「はっはっは。良いねぇ。その呼ばれ方は大好きだよ。いくらでも呼んでおくれ」
快活に笑うグレート様。うちにはおばあちゃんとかいないからとても新鮮だ。
「あら、だったら私が立候補しちゃおうかしら。おばあちゃん」
「うーん。もう少し淑やかさがほしいねぇ…」
「努力するわぁ……」
何事にもポジティブなのがエリーのいい所だけど、否定しないで受け流すグレート様も凄いわ。私も見習おうかしら。
「ところでどうしてみんな呼んでもないのに、こんなに集まっているの?」
「そりゃあ明日パーティがあるんだから、前もって来るもんだろう? 場所によっては雪がいっぱい積もっているんだから前乗りしてる貴族は多いだろう? といっても、あたしゃ孫に会う用事があったから寄っただけさね」
「そっかー。じゃあもう増えないわよね」
「それは分からないんじゃないかしら? ここって結構人目につくし」
「むぅ…。それじゃあ女子会の意味がないじゃない。もう今日はお開きにしましょ」
結局王妃様はお母様としか殆ど話していないし、ここにいる半分くらいは男なんだよなぁ。
まぁ私としてはテオドールたんと一緒に入られただけで満足です。
「じゃあ行きましょうか」
「「えっ?」」
私と王妃様が同時に声を出した。
「ちょ…ちょっと、レイチェルお願いよ。もう少し…もう少しだけでいいからぁ…」
「いや帰らないわよ。明日のパーティに私も出るんだし? 久しぶりに親子の時間を取るだけよ」
「あ…そっかぁ。そうよね。でも今日やる事無くなっちゃたなぁ…」
「あら。でしたら私このままお付き合いしますわよ。人が増えて嫌だと言うのなら王妃様の部屋で」
「………そうね。そうしましょう。新しいおもちゃ……メイドも手に入ったし、テオドールちゃんもいらっしゃいな」
そうしてこの日のよく分からない女子会?はお開きになったのだった。




