77 お茶会①
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と言う事で、何とか遅刻せずに王妃様のお茶会へ参加した。
私がプロデュースした中庭が大変お気に召したようで何よりです。まぁ、フリースペースが小さいからそこまで人は呼べないのよね。
「待ってたわぁ。さささ、そこに座ってちょうだい」
満面の笑顔の王妃様に対面に座るよう促され、その後ろにメアリーとディンゴちゃんが、さも当然と行った顔で控えていた。
「クリスちゃんのお陰で、午前からこんなにゆっくり出来るなんていつぶりかしらね」
なんでも仕事の効率化をした事によって、王妃様の時間がかなり取れるようになったようだ。そのお礼も兼ねてかお茶会にお呼ばれしたのだ。
うーん…、でも王妃様って結構好き勝手に突然現れたりしているから、本当に忙しいのかなって思う事が多々あるのよね。
和やかなお茶会なのかなと思ったけど、王妃様の横に座る人物によって、姦しいお茶会になりそうな予感だ。
「エテルナ様、私聞いてないんですが!」
「あらレイチェル。何が不満なの?」
「何がって、勝手にクリスを連れ出した事に決まってるじゃないですか」
「あら…クリスちゃんは自発的に来たのよ。人聞きが悪いわ。ねぇー?」
まさかこんなに滞在するなんて夢にも思わなかったけど、お母様には伝わってなかったんですね。後でお父様がボコボコにされないか心配だわ。
「帰って来たら居ないんだもの。うちの夫を締め上げたら、あっさり吐いたわ」
既にやってましたか…。そうでなかったらお母様がここにいるわけないものね。
「全く…。私に断りもなく…」
「だっ…だって、レイチェルに話通しても却下されるじゃない」
「当たり前よ。可愛い我が娘をこんなとこに差し出さないわ」
「こんなとこって…」
王妃様とお母様はホントに仲がいいですね。
歯に衣着せぬ物言いをしても怒られないんですもの。普通ならあり得ない事だわ。
「そもそもレイチェルは呼んでないのに…。今日はクリスちゃんと更に親睦を深めようとしていたのにとんだ邪魔が入っちゃったわ」
「はっはっは。邪魔で悪かったわね。私にとってはエテルナ様こそ親子の仲を邪魔しているようなものですけどね」
「ふふふ…。言うじゃない」
「ここに来たら、いなくなったクリスがいるんですのよ? 親として心配するのは当然でしょう?」
「ちゃんと手紙送ったじゃない」
「知らないわ……。そもそもの話、クリスとレオナルド殿下との婚約は物理的に無理でしょう? そろそろ諦めて破棄してくれないかしら?」
「嫌よ。絶対に嫌」
未だ嘗てこんなに力強く言ったことがあるだろうか。
「むっ…。ずいぶん食い下がるわね…」
「当たり前でしょう。クリスちゃんとぉっても優秀なのよ? 毎晩遅くまでやらないといけない仕事が無くなったんだもの。……ねぇ、ホントクリスちゃんって何者なの?」
「そうでしょうそうでしょうとも。クリスはとっても優秀ですからね。うちの領地経営をやってるのは実質クリスですもの。それはもうあの手腕や提案は画期的だったわ……。それも含めて返して。うちの夫じゃ力不足なのよ」
「うちの国王に比べたら、まだ優秀でしょうに…」
なんかいつの間にか、伴侶の愚痴大会になっている。これはとても良くない流れだ。段々と国王様一人への愚痴にエスカレートし始めたので、何とか話題を変えようと口を出す。
「あ、あの…その辺にしませんか? 他の方もおられますので…」
「あ、あぁそうよね。私ったらつい…」
まぁ、夫の愚痴っていくら言っても尽きないですものね。でも私はそんなのを聴きたい訳じゃないのよ。人の悪口なんて聞いていていいものじゃないしね。
ここだけ見たら、その辺のママさん達の井戸端会議と変わらないかもしれない。
「呼んでないで言えば、あなたもそうよね」
私の左隣の人物に向けて、冷めた口調で告げた王妃様。
「あら。女子会をやると聞きましたので、私が参加しない訳にはいきませんものぉ…。ほーんと、グッドタイミングだったわぁ」
態とらしく頬に手を当て悲しそうにするエリー。なんかすっごく久しぶりに見たな。元気そうで何よりだけど、前より大きくなってる…。
そんなエリーの後ろに控えているのは、髪の毛を一つに束ねて前へ垂らしている女性だ。確か、ギガさんだったかな。ある部分がとても…とても大きい。うちのミルキーさんや、メアリーよりもおっきい。絶対に下が見えない気がする。ギガサイズ恐るべし。
別に全然羨ましいなんて思ってないけどね。あれの十分の一位あればなんて、決して思ってないからね。
そんな彼女は私達を見て舌舐めずりしていた。なんかこの人も絶対ヤバい気がする。隠そうともしないのもあるけど、雰囲気が一般人ぽくない。怪しさと妖しさが混在しているわ。
そんな主人のエリーだけど、ずっと横でクネクネしているんだけど、動くたびにピチッ…ピチッという糸の切れる音がリズミカルに聴こえる。
チラとエリーのドレスを見ると、案の定脇の下に解れが何ヶ所か確認できた。お茶会が終わるまで無事に持つのかしら? まわしみたいにならない事を祈るわ。
「おかしいわね。今日は可愛い子達とお茶会をする筈だったんだけど、どうしてこうなったのかしら?」
「普段の行いが悪いからじゃないですか?」
「それは否定しないわ」
あっ…、そこは否定しないんですね。というか、王妃様相手だとお母様も中々に毒を吐くなぁ。ちょっと気まずいわ。
「可愛い子で思い出したんだけど、ここで働くメイドの中に物凄く私好みの小さな子が二人いたのよぉ。でね、その子達とクリスちゃんを組ませたいんだけど、どうかしら?」
どうかしらと言われましても。
「あら、ダメよ。アンジェの双子の娘と組ませる予定だから」
アリスとメタモか…。あの二人と一緒にいると疲れるんだよなぁ。
「ねぇ、そこに二人足せない?」
勝手に話が盛り上がっている。
王妃様の言うメイドさんってあの超ベテランの二人だよね。あの二人って確かに少女に見えるけど、王妃様より年上だったはず。合法ロリババアさんと呼ばれるインスピラさんとペルトさん。私と見た目そんなに変わららないのよね。メイドさん達の間では吸血鬼説も出ているくらい。
それを思い出した瞬間、背筋に何か冷たいものを感じた。
「どうかしたぁ?」
「ううん。なんでもいのよ。ちょっと寒気がしただけ」
「そっかー。風邪ひかないでね」
あぁ天使に癒されるわぁ。私の右隣にはテオドールたんがいる。今日もパステルカラーの聖女服に身を包んでいて可愛らしい。左隣の小悪魔的衣装のエリーとは対照的だ。
はむはむとお菓子を頬張っている。とても可愛いし、ずっと見ていられる。
テオドールたんをお茶会に誘った事だけはグッジョブだわ。
そうね。あの四人とだと振り回される画しか見えないから、どうせやるならテオドールたんがいいわね。自発的にやるとしたらの話よ。
「ねぇ、ちょっとクリスちゃん話聞いてる?」
「え? あ…すいません。聞いてなかったです」
二人だけの世界に入っていたから、こっちも二人だけの世界に入っていたのに引き戻されてしまったわ。
「うーん。やっぱり全員男の娘がいいんじゃない?」
「でも二人しかいないわよ」
「あの…何の話です?」
「クリスちゃんは、女の子と男の娘どっちと一緒に踊りたい?」
どこをどうすればそんな話になるのよ。
もしかして、考えてる事読まれた?
「あの仰ってる意味が…」
「だからね、明日ここで、今年最初のパーティを開くのよ。それでね、そこでクリスちゃんをみんなに紹介したいんだけど、折角だし可愛い衣装で踊って貰おうかなって」
どうしたらそういう話になるのかさっぱりだわ。
それにそんな重要な事サラッと言わないで、前もって言って欲しいわ。
まぁ、私のダンス技術を持ってすれば、会場のみんなの視線を釘付けにする事も吝かではないわ。
チラとお母様を見ると、ウインクしながらサムズアップしてきた。帰る話をしていた筈では? もうお母様も信じないわ。
「娘の晴れ舞台なら、ちょっと観たいなって思ってね。終わったら帰りましょ」
「いやいやレイチェル。それはないでしょう?」
「何よ。譲歩したじゃない」
それは譲歩とは言わない。結局私だけが割りを食ってる訳だし。
「パーティってそういうのじゃないですよね」
「まぁそうね。社交会みたいなものだし」
「じゃあ踊らなくても問題ありませんね」
「でもぉ…。レオちゃんの婚約者だし、一気に顔合わせが出来て一石二鳥じゃない?」
「え?」
「何を驚いてるのよぉ。今まで顔見せしてない事の方が異常なのよ。遅れちゃったけど、いい機会だし」
そういうパーティって出た事ないから、ちょっと興味はあるのだけど、そういう目立つことはしたくないなぁ…。ただの食事会の筈が飲み会になってるような感じよね。
「パーティの間はお母様と一緒にいます!」
「なぁっ!」
「よっしゃあ!」
私の宣言に立ち上がり勝ち誇るお母様。
お母様を防波堤にして乗り切ろう。いつの間にか参加する前提で話してたけど、まぁいいか。お母様と一緒にいればそこまで変なことは起きないでしょう。
「いやぁ、これでパーティの間も安心ね」
「そうですね。お母様と一緒なら私も安心です」
「それは良かったわ」
「ぐぬぬ…」
にこやかな顔でカップを手に取り、お茶を啜るお母様。横では何かを企てるような顔つきでお母様を見る王妃様。ホント諦め悪いなぁ。




