71 シグマさんの叫び
それから暫く厳しい特訓が続き、一週間が経った。
「もう、これで修了ですね。どこで公演しても恥じることない素晴らしいダンスを披露できるでしょう」
「はは……ありがとうございます。ですが、ペアの方やってないですが…」
「あ……」
この人微妙に抜けてるよね。
大体、ダンスの公演って何? 私やるつもりなんてないわよ?
「どう? 順調かしら〜」
そんな事を考えていたら王妃様が入ってきた。
後ろには、ラムダさんと……、シグマさんがいる。久しぶりかな?
「なるほど…。エテルナ様そういうことですね」
「うん?」
「相手が見つかった。つまり、私の結婚相手はクリス様の事ですね」
「えっ。違うわよ」
ちょっと話が見えないんですがどういう事なんですかね?
「まさか、私を謀ったんですか?」
「まぁ、結論を言うとそうなるわね」
「ひどい! 四十九連敗の私を嘲笑うために仕組んだんですね…」
「いや…、その…そう言う訳じゃなくて、ホントは仕事を……」
「レイチェル隊長もアンジェ副隊長もミルキーもみんな結婚して、子供自慢するんですよ? 特にあのミルキーのマウントったらアッタマ来ますよ? 何あの幸せアピール。四人目が産まれましたー。知るかぁっ!」
「分かったわ。私が悪かったわ。必ず。必ず相手を見つけるから、ね?」
「約束ですよ。お見合いの途中で戻ってきたんですから。何でどいつもこいつも年齢言った瞬間に逃げるのよ。見た目と違ったですって? いいじゃないの若作りで。年相応のババアじゃなくていいじゃない。三十三歳舐めんな!」
「ホントごめんて…」
「私、クリス様じゃなきゃ嫌です。寧ろあの位歳離れてないと納得しません」
「そんなの無理に決まってるじゃない」
クールビューティさんが物凄く取り乱してる。もう、ダンスのレッスンどころじゃないよ。この空気の中続けるのは流石に無理だって。
チラとヴィサージュさんを見ると、ウンウン頷いている。共感してないで収集つけて欲しいんだけど。
いつの間にかラムダさんはいないし、どうしたらいいんだろうね?
「クリス様! 私。私はどうですか? この際二人目でもいいです。お願いします。後がないんです!」
「いい訳ないでしょう? クリス様と結婚するのは私です」
いつの間にか居たメアリーがそんな事を言う。状況がややこしくなるから変な事言わないで欲しい。というか、何でお菓子の袋抱えたまま居るのよ…。
しかし、結構効果があったようで、シグマさんががっくり頽れて床に突っ伏す。
「そんな……。あのメアリーでさえ結婚出来るって言うの……? 私の…私の何がいけないと言うのっ!」
悲痛な叫びを上げるが、変に訂正すると収集がつかなくなりそうなので黙っている。王妃様も察して黙り込んでいる。
「………分かりました。エテルナ様。いえ、お義母様!」
「!」
「レオナルド殿下を下さい」
「いや…それは……」
「クリス様はメアリーと結婚するんですよね? でしたらレオナルド殿下は余りますよね?」
恨みがましい目でメアリーを見る王妃様。余計ややこしくなってしまいましたね。
「メアリーの言ってる事は、嘘だから気にしないで」
「嘘じゃないです。ラブラブです。昨日も一緒に寝ました」
「なっ!」
その言葉を聞いて、涙を流しながら座り込むシグマさん。
これはもう面白がって遊んだ王妃様が責任取るしかないよね。
まさか、泣き出すとは思っていなかったのか、王妃様がオロオロと狼狽えている。
「わ…分かったわ。私がセッティングするから…」
「酷いです。人の気持ちを弄んでっ」
「ち…違うのよ…。最初はそういうのじゃなくて」
「じゃあなんですか? 何で私を引き戻したんです?」
王妃様が、助けを求めるように私を見た。
嫌な予感しかしない。
「クリスちゃんの家には素敵な殿方がいっぱいいるわよ」
待て待て! 勝手に巻き込まないで欲しい。
そう思っていたのだが、王妃様は逃げ切れると踏んだんだろう。
ドヤ顔をして、「これも王妃教育よ」と、口からでまかせを堂々と言い切ったのだった。
「何言ってるんです? オパールレイン家にまともな男なんていませんよ?」
いや…まぁ、確かにみんな顔は怖い方だけどさぁ。みんないい人だよ? あ、でも大体既婚者だな。既婚者じゃないのは…。
「新しく入った人は独身だったかな」
「その方はイケメンですか?」
いつの間にか私の目の前まで顔を近づけてきたシグマさんが真顔で問う。ちょっと鼻が当たるくらい近い。
「え…えぇと…。そうですね」
「歳はいくつです?」
「えっと、二十歳から三十手前くらいの方が何人か……。あ、今年入ったのはまだ十代…」
「後でお伺いさせていただきます」
ガシッと私の両肩を掴んだシグマさん。ずっと真顔で怖い。
「クリス様ー。その人達彼女いますよ?」
「え…そうなの?」
メアリーがとんでもない爆弾を投下した。
「そりゃあいますよ。当たり前じゃないですか。あの顔と性格ですよ? 出来ないわけがありません。シグマさんじゃないんだから」
最後の一言も余計よメアリー。
私の両肩を掴んでいた圧力がだんだんと弱くなるのを感じた。
「しょんなぁ………」
「残念でしたね」
がっくり項垂れへたり込むシグマさん。ちょっと触っただけで脆く崩れそうだ。
「もう。分かったわよ。シグマ。…私にいい考えがあるんだけど」
「何ですか? エテルナ様の言う事にいい事なんて無いですよね? 大体今回だって…」
「はいはい。そこまでよ。ほら、メアリーも責任とって付いてきなさい」
「えぇ…」
「そんな嫌そうな顔しないで」
渋々といった感じで、王妃様に付いていくメアリー。
よろよろと立ち上がったシグマさんをメアリーが抱えた。
なんだたまには気遣いが出来るじゃないの。そう思ったんだけど、抱えていたお菓子を王妃様に手渡した。
王妃様も「えっえっ?」と戸惑いながら、お菓子の袋とメアリーを交互に見ていた。




