70 クリスにも苦手なものはある
*
翌日。
げんなりしながら例の部屋へ行く。
入ると昨日とはうってかわって顔つやのいいヴィサージュさんがニコニコしながら待っていた。
このパターンは講義の続きだろうか?
「では、本日からはダンスのレッスンをしていきます」
「あっはい…」
思わず肩透かしを食らった気分だ、じゃあ何でこんな笑顔なんだろうか?
「何か嬉しい事でもあったんですか?」
「あ、分かります?」
「えぇ…」
「実は昨日の夕食時に意気投合した方がいまして…」
へぇ…そんな奇特な方がいたんですね。
「なんか仕事で王城に来てたらしくてね。最近仕事仲間が他に移ったらしくて大変だってボヤいてたわね」
へぇ。こっちでも転職って結構あるんだね。
「ご主人様と一緒に来ていて、街中のホテルに宿泊してるそうよ」
「そうなんですか」
「名前がねギガさんって言ってね、胸のサイズがそれはもう名前通り大きくってね。ちょっとそこはイラッと来たんだけどね」
そこまで聞いてズッコケてしまった。
「どうかしましたか?」
「い…いえ…なんでもないです」
ギガさんってエリーの所の男装した執事さんよね。と言うことはエリーも来てるのね。王都に来る用事って何なのかしら? まぁ、私は王妃教育で忙しいから会えそうも無いんだろうけどね。
「では、ダンスのレッスンを始めていくわけですが、どうせクリス様の事です。踊れるんでしょう?」
昨日の尾を引いてトゲのある言い方をするヴィサージュさん。
ダンスかぁ…。やった事ないなぁ。ダンスなんて中学の時の運動会でフォークダンスやったくらいね。
「あんまり得意じゃないかもです」
「またまたぁ…。舞踏会では必須ですし、貴族じゃなくても祭りで踊ることは良くありますし………その感じだとない感じですか?」
「無いですね…」
舞踏会以前にお茶会すら呼ばれないし、うちの領の祭りは何故か山車みたいのを引っ張ってたりするからね。ダンスとは縁遠いわ。
というか、昨日の筋肉講義以降、ヴィサージュさんの接し方がフランクになっているんだけど、教育係がこんなんでいいのかしら? まぁ、私としては楽だからいいんだけどね。
「とりあえず、やってみてください。まずは見本を…」
そう言って見本と称して踊り出したヴィサージュさん。なんて優雅で美しいのだろう。体幹はブレてないし、指の先に至るまで表現力が凄い。
でもこれペアで踊るようのダンスじゃないわよね。バレエよねこれ…。
そのまま暫く踊りを見ていた。
飛んだり回転したりするのは出来そう。
そして最後に礼をして終わるが、全く息が乱れていない。凄い……。
「じゃあ今のをやってみてください」
「さっきのって舞踏会で必須なんですか?」
「いいえ」
いいえ…って。速攻で否定されたんだけど。
「ですが、どのくらい動けるか確認するのに最適だと思いますので」
あぁ…なるほどね…。
要は動けるかって事を確認したいのね。
いいじゃないの。やってやろうじゃない。
「はい………。お疲れ様でした……」
プルプル震えながら笑いをこらえるヴィサージュさん。
「安心…しました……。苦手なものがあるんだなって……」
えぇえぇ。ダンスは苦手ですよ。
そりゃあもう、筆舌に尽くし難いくらい酷い動きを晒したわ。
出来たのは飛んだり跳ねたりしたくらいで優雅さのカケラもなかったわ。
「これは教えがいがありそうです」
ヴィサージュさんの眼鏡が怪しく光った。
「座学で浮いた分、実技に回す時間がたっぷりありますからね。いっぱい練習しましょう」
それから暫くは厳しいレッスンがが続いた。
パンパン手を鳴らしながら掛け声を上げ続けるヴィサージュさん。
「あ、ワンツーさんしー…ワンツーさんしー」
その掛け声あってるんか? そんな事を考える余裕すらなくダンスに没頭したのだった。
「疲れたー」
今日のノルマをこなし、部屋のソファにまたぞろうつ伏せで突っ込む。
「今日もお疲れですね。そんなにきついんですか?」
「今日は体力的に疲れた」
「じゃあ、マッサージしましょうね」
「ん…お願い…」
普段使わない筋肉を使ったから、体が凄くだるい。明日筋肉痛になってなければいいんだけど…。
メアリーが私をソファから抱き上げ、ベットへと移した。
「マッサージするのに、脱がせますねー」
「ん……」
確かにドレス着たままじゃ皺になっちゃうものね。
ドロワーズ一枚だけになってベッドにうつ伏せになる。
「ふっ………ふっ……」
流石はメアリー。私のツボを熟知してるわね。あぁ〜そこそこ……。いいっ……。
ダンスレッスン の疲れと。マッサージの心地よさで段々と意識が遠のいていった。
「……あ、寝てた……ごめん…」
「いえいえいいんですよ」
起き上がると、何故かメアリーも脱いでいた。
「何でメアリーまで脱いでるのよ」
「あはは……なんででしょうねぇ…」
急いで服を着始めたメアリー。お前一体何したんだ……。




