68 人って見かけによらないよね
その後、王妃様に連れられて、少し広めの部屋に案内された。
ついに始まるのかぁ…。
社会人一年目の出社時みたいな感覚だ。
「じゃあ、これからこの部屋で王妃教育と城での仕事を覚えていってね」
「はい…」
部屋の中の机の上にはうず高く積まれた本が沢山ある。
えぇ…。いつまでやるのこれぇ……。
「じゃあ、ヴィサージュ後はお願いね」
「かしこまりました」
ヴィサージュと呼ばれた人は、胸元をボタンで留めるタイプの首元まで襟のある漆黒のドレスを身に纏っていた。
髪の毛は固く結んだお団子で、丸メガネにメガネチェーンを付けていた。
そして何より、シュッとした体型がより厳しそうに見える。
「よろしくお願いします」
とりあえず、カーテシーをしながら挨拶をした。
その瞬間、ヴィサージュさんの目が大きく見開かれた。怖い。何を言われるんだろう…。
「とても…とても美しい礼ですね…」
あ、褒められた。
「でしょう? あんまり教える事ないかもだけど、よろしくね」
そう言って王妃様はひらひらを手を降って出て行った。
「それでは始めましょうか」
一切の無駄がない人だな。上手くやっていけるだろうか?
その後、言われるがまま目の前の事をこなしていったのだが、ヴィサージュさんの様子がおかしい。
「あの…」
「はい、なんでしょうか?」
「こんな事を私が言うのもなんですが、何かやっておりましたでしょうか?」
「え?」
「いえ…普通は出来るまで最短でも一ヶ月とかかかるものなんですが、どれも手馴れた様子であっさりとこなしてしまうので…。正直私がいる意味あるのかな…と」
おっと…。なんと言う事でしょう。
確かにクリスさんは何でも出来ますよ? まさかそれで、気を落とさせてしまうなんて…。気まずい。
「た…たまたまですよー。あはははは……」
「分かりました。では、引き続きよろしくお願いします」
そう言って新たな課題に取り組んだのだが…。
「そ…そんなに気落ちしないでください」
「いえ…いいんです。私なんて…私なんて…」
なんてめんどくさい人だ。与えられた課題を難なくこなし、机の上にあったものは全て片してしまった。
ポッキリとプライドが折れたヴィサージュさんは床に四つん這いになってがっくりと気落ちしていた。心なしか黒い靄のようなものも見える。気まずい。
「これから私は一体何をすれば……」
「ほ、ほら座学以外にもいろいろありますよね? ね?」
「そ…そうですね」
何とか立ち上がったが、顔は暗いままだ。
「では、頭に本を乗せて歩いてみてください。常にまっすぐ優雅に揺れる事なく歩いてこそ貴族です」
そう言われて、頭に二、三冊乗せて歩いてみた。というか、この位は何てことはない。片足立ちだって、バレエのポーズだって出来るわ。いろんなことやっていたら楽しくなってつい調子に乗ってしまった。
ヴィサージュさんはというと、壁の横で体育座りして、床にのの字を書いていじけていた。この人メンタル弱すぎない?
「……知ってました。どうせこうなるんだろうなって思ってました」
きまずい。
「でも王妃様の選んだ人ですし。失礼の無いようにって思ったんです。でもそれ以前の問題でした。私なんて…私なんて…」
どうしよう。だって、商人の真似事みたいのもしてたから、数学はもちろん。地理や外国語も覚えちゃってたし、以前知らなくて恥かいたから歴史も覚えたし。まさか、その程度の事だって思わないじゃない?
「そんな落ち込まないでください。家でしっかり勉強しただけですし、こうして復習する機会を与えてくれたので、恥をかかなくてすみましたし。ね?」
「なんだよー。性格までイケメンかよ…」
ヤサグレて言葉遣いが悪くなってる。
「ほ、ほら、折角時間がいっぱいあるんだし、普段出来ない事やってみたらいいんじゃないですか?」
「出来ない事ぉ?」
「そうですそうです。趣味とかないんですか?」
「………ある」
「あるんですね。どういう事が好きなんです?」
「笑わない?」
「笑いませんよ」
やっと復活してきてるのに、笑うなんてとんでもない。
「私…同人誌描いてるんです」
「ん?」
「でも、あんまり売れなくって…」
「んん?」
「男と男がまぐわっている本ってそんなに売れないんですか?」
「いやー…………趣味は人それぞれだからぁ……」
「筋骨隆々な男達が苦悶の表情で荒い吐息を吐きながらする事こそ至高だと思うのです!」
思うのです! って言われても私もそっちの趣味はないし…。
「巷で人気なのは女の子同士だったり、女装男子や男の娘もの……。あっても軟弱な男同士……。どうして筋肉男同士物は売れないんですか!」
違う世界なら大人気ジャンルだよ。ほぼそれしか売れないところもあるよ。でも、ちょーっとこれは力になれないなぁ…。
あ、そうだ。王妃様も同じような趣味持ってたから、王妃様に解決してもらおう。
「王妃様も同じ趣味持ってるって、聞いたことがあるので、相談してみては如何でしょう?」
正直力になれないし、突き放す結果になっちゃたけど、こればっかりは力になれない。
「王妃様には以前に相談済みです。趣味や価値観が異なりますし、王妃様は壁サークル。私は島中。家の中は売れ残った本でぎっしり。倉庫かよ…」
「んっ…んんっ……」
反応に困るし、言葉に詰まる。
「筋肉と筋肉が激しくぶつかる音の良さが分からないなんて…」
「あの…。じゃあ、そういうのに明るい人紹介しますんで…」
「そんな人いるのぉ?」
疑心暗鬼になるヴィサージュさん。まぁ、気持ちは分かる。
とりあえず、エリーを紹介すればいいんじゃないかな。
ちなみにエリーに紹介してからの彼女は、エンジェルシリカ領での売れっ子作家となり、エンジェルシリカ領をBLの聖地に。そこを含めた周辺地域をBLの保護地域にまでしてしまい、隣国ルビー帝国にまで波及してしまう程に。
売れっ子になってからは、細マッチョも認めたりと充実した日々を過ごし、後にエリー教の広報担当にまで登りつめるんだけど、それはまた別のお話。
「分かったわ…。私が教えるのは王妃教育なんてものではなく、筋肉の素晴らしさよね」
「ちょっと言ってる意味が分からないです」
「何言ってるの? 外を見なさい。あんなにはち切れんばかりの筋肉を纏った見本が大勢いるじゃない! 鍛錬の後に入った部屋は沸き立つ汗とフェロモンで充満しているのよ? 何も起きないはずがなく………」
「起きてたまるか!」
ちょっとこの人、沼に浸かりすぎて溺れてるじゃない。そんな事起こるわけないでしょ。というか、騎士団の人達に失礼な妄想しすぎよ。
はぁ…。私の周りって何でこんなのばっかりなのかしら?
その後はヴィサージュさんが持ってきた参考書の山を朗読させられたり、感想文を書かせられたり、散々だわ。
せめてイケメン同士ならいいのよ。何でこんな硬派な男同士のまぐわいを見せられなきゃいけないのかしら?
しかも悔しい事に巧いのよ。絵や構図は勿論の事、言葉遣いやシナリオに至るまで。そういうものとして見たら面白いけど、流石にこの量は食傷を超えて食中毒よ。




