67 王妃様は面白がってるだけかもしれない
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朝食を済ませ、王妃様の執務室に一人で足を運ぶ。
当然、メアリーは食後のおやすみだ。ホント自由だよね。
ノックをすると「どうぞ」と返事があったので、部屋へ入ると誰もいない?
「あれ?」
その瞬間後ろから抱きつかれ持ち上げられてしまう。
「うわっ!」
「ふふふ〜ん。捕まえちゃったわぁ」
中から声がしたのに、どうして私の後ろにいるんですかね? 結構この人も謎が多いよね。
そのまま抱っこされたまま執務室内のソファに座る王妃様。図らずも抱っこされたままだ。恥ずかしい。
「クリスちゃん教えてくれるんでしょ? どこに落としてきたの?」
変に誤魔化しても後々大変な事になりそうなので、イデアさんの事を話した。
「……本当に女神様がいたなんて……」
衝撃だったのか、余裕の表情が崩れている。
「デルタ! いる?」
「はい。なんでしょうか」
さっきまでいなかったのに急に現れたラムダさん。やっぱりこの人も何か特殊な訓練を受けているんだろうな。
「至急シグマを呼び戻してちょうだい」
「いいんですか? まだ有給休暇中ですが…」
「いいのよ。どうせお見合い全敗中でしょうからね。これ以上やっても無駄よ」
あのクールビューティーさんお見合いでいなかったのか。どうりで見ないなと思ったんだよね。あの人がいたらもう少しスムーズに話が進んだんじゃないだろか?
「エテルナ様、流石にそれは酷いと思いますが…」
おっと。ラムダさんが苦言を呈した。思うところがあったのだろう。
「泣く時間も必要じゃないでしょうか?」
あっ…、お見合いが失敗するのは既定路線なんだ。この人も酷いな。
「泣くようなタマじゃないでしょ。どっちかというと放心状態になってるんじゃないかしら?」
王妃様も酷い言いようだ。
「そうですね。そっちですね」
半笑いで納得するラムダさん。
「では、今日中に連絡を出しておきます」
「うん。そうして。いじる相手がいないと退屈だもの」
「そうですね。ところで、理由はどういたしましょう」
「いいお相手が見つかった。で、いいんじゃないかしら?」
「承知しました」
そう言って震えながら、恭しく礼をして出て行った。必死に笑いを堪えていたわね。
「じゃーあ、クリスちゃん始めましょっか」
「お…お手柔らかに……」
「あらあら〜。そんなに畏まってどうしたの?」
「いえ、なんでもないです……」
王妃様の膝の上で、この流れだと一体どうなっちゃうんだろうか…。
「大変だと思うけど、王妃教育始めましょっか」
「え? あ…あぁ…あ〜そうー……ですよねぇ…あはは。王妃教育ですよね。はい」
「あらあら〜? 何を想像したのかしら〜? 私とぉっても気になるわぁ…」
「いえ、私の口からはとてもとても…」
分かっててそういう言い方しましたね。でも王妃教育かぁ…。やりたくないなぁ。
王妃様はずっと耳元で、囁いてくるし。
ここは話題を変えて逃げましょう。
「そ…そういえば、レオナルド殿下はどうなされましたか?」
「レオちゃん? レオちゃんねぇ……」
物凄く悲しそうな声を出す。そんなに重篤な状態なんだろうか?
「鼻血の出しすぎで貧血気味だから、あと数日もすれば元に戻ると思うわよ」
「あ…そうですか…」
心配して損したわ。
「でも、クリスちゃんが女の子になってるんなら、なんの障害もないわよねぇ…」
「いえ、そろそろ元に戻ると思うので……」
「そうなの? じゃあ女神様を捕まえて、また変えてもらわないとね」
明るい声で怖い事を言う王妃様、イデアさん逃げてー。
「それにねぇ、昨日ここに勤めてる人達にアンケート取ったの」
アンケート? 唐突になんの話なんだろうか?
「クリスちゃんがレオちゃんの婚約者に賛成か反対か」
王妃様の膝の上でズコッと前のめりにズッコケてしまった。
昨日? 仕事が早すぎないですか?
ウッキウキの王妃様が早く答え言いたいみたいな雰囲気なので、続きを促す。
「ふふん。それでね、賛成が八割反対が二割だったわ」
意外な結果だ。てっきり王妃様のことだから十割賛成かと思ったわ。…ってそんな十割打者みたいな結果になるわけないよね。
ちょっと自惚れていたわ。
「ちなみに反対の二割は、自分が結婚したいからって回答だったわ」
実質賛成十割じゃないか。
「面白い結果になったから、改めて反対派の意見を賛成派にも伝えたのね」
ただ面白がってやってるだけじゃないかこの人。いちいちつっこむのがバカバカしいわ。
「そしたら、なんと反対が七割になっちゃったのよぉ」
『なっちゃったのよぉ』じゃないよ。意図して誘導してるじゃない。
ただ、それでも三割が賛成のままの理由が知りたい。
「残念な事にね、既婚者だからとか、孫と同い年はちょっととかそんな理由だったわ」
わぁ…。常識人が少ない。この城大丈夫なんだろうか?
「でも、実質賛成十割じゃない?」
「見方によってはそうですね」
「つまり、クリスちゃんの性別さえなんとかなれば解決するのよ」
おっと。外堀まで埋められていたと思ってましたが、城壁を崩されて内堀まで埋められてる感じですかね? そろそろ天守閣が燃やされそうです。
正直、王妃様は私の事どう思ってるか分からないのよね。
ただ面白がってやってるだけな感じもするし…。
少し思いにふけっていると、私を抱きしめる力が強くなった。
「まぁそれはそうと、折角の機会だから聞いちゃうけど、レオちゃんって他所ではどうなの?」
後ろから覗き込むようにレオナルドの事を問われた。
「そう…ですね。とても社交的な紳士って感じですよ。理知的で物静かで頼り甲斐があります」
「あら! うちではそんなところ見た事ないわ。教えてくれてありがとね」
その後、呟くように「どうしてうちではあんなに幼くなるのかしら? 不思議ね」と言っていたけど、確かに謎ですね。正直別人と言った方がしっくりくるわ。




