66 朝はいつだって忙しい
「はい、終わり。……うん。我ながら可愛くできたわ」
「ありがと。随分と上手じゃない」
「まぁ、妹とかにやってたからね」
「そっか」
色々とあったんだろうけど、変に聞かない方がいいかもね。
「しかし、クリスが王子様の婚約者だったなんてね…」
「私も今だに信じられないんだけど」
「どういう事よ、それ? まぁ、実際クリス可愛いから納得ちゃあ納得よね」
まぁ、確かに可愛さだけで言ったら世界一位かもしれない。
それにしても、ここまで騒いでも起きないメアリーってほんと凄いわね。
ディンゴちゃんも同じ事を考えていたらしい。
「ねぇ、クリスのところのメイドってみんなああなの?」
「まぁ、そうだね。みんなおかしいね」
「そ、そうなんだ」
「その中でもメアリーはダントツでおかしいんだけどね」
「でしょうね。でも、一体ナニをしたらこんなに起きなくなるほどつかれるのかしらね?」
妙にニュアンスがおかしかった気がする。きっと訛っていたんだろう。
「さ…さぁ?」
「まぁいいわ。後でゆっくり教えてもらうから。そんな事より、さっき王妃様が言っていたことが気になるわ。お○ん○んをどこに落としたのかって…。ねぇどういう事? クリスは性別までも変えられるの?」
おっと。随分とセンシティブな事を聞かれたぞ。しかし、女の子がそんな事をいっては行けないわよ。心のアレがビンビンにはなってはいるのだけどね。
「まぁ…そのおいおいね…」
「どうして濁すのよ。何か理由があるのね。それって、クリスのやってる事に関係しているの?」
「ど…どうかなぁ…」
なんか鋭くない? まぁ、性別云々に関しては、イデアさんが勝手にやった事だから関係無いのかな?
「わ…私はっ! お…おお…おとっ! 男の子でも女の子でもオッケーだからっ!」
とんでも無い事を言い出したので、驚いて振り返ると、真っ赤な顔を両手で隠して震えていた。
「そこまでです。それ以上は、私が許しません」
いつの間にか起きていたメアリーがディンゴちゃんの頭に手を乗せ掴んでいた。
「いたっ! いたたたたたたっ!」
「メアリー止めなさい!」
「だって、クリス様は私だけのものなんですから、これ以上増えたら困ります」
「言ってる意味が分からないけど、とりあえず、やめなさい。嫌いになるよ?」
パッと手を離して、私の横に来て縋り付くメアリー。
「そ、そんな事言わないで下さい。私の貞操ならいくらでもあげますから」
「いらない。というか、もう少し抑えなさいよ」
『嫌いになるよ』という言葉は抑止力はあるけど、効きすぎるのよね。狼狽え方が半端ないもの。
しかし、いつもより顔が青い。そんなに衝撃だったのかしら?
そう思ったら、口元を押さえるメアリー。
「きもちわるい…………」
「あっマズイ」
急ぎメアリーを支えトイレに連れていく。
トイレから出てきたメアリーは少し窶れているが、すっきりした顔をしていた。
「いやぁ…すいません。昨日のお酒が残ってたみたいで」
ほぼ水状態の酒でそんなになるかしら?
昨日だって、キスの後に、吐きそうになるから介抱したのよ? トイレとお風呂間違えるわ、浴槽に落ちるわ、メアリーのした粗相を片付けて、挙句着替えてる最中に混乱状態のメアリーに抱きつかれたままベッドに連れ込まれて、散々だったわ。
もうメアリーにはお酒は飲ませないって決意させた夜だったわ。
一瞬何が起こったか分からなかったディンゴちゃんは、先ほどのメアリーの様子と脱ぎ散らかされた衣類を見て、更に顔が真っ赤になっていた。
そんな時、扉の方から呆れたような声が聞こえた。
「朝食持ってきたんだけど、お取り込み中だったかな…?」
ノックをせずにドアを開いていたのはサガさんだった。
「あ…ごめんなさい。でも、出来ればノックしてもらえると…」
「十回くらいしたんだけど、反応ないから一言かけてから開けたんだけど…。それにしてもモテモテだねぇ」
「気づかなくってごめんなさい。まぁ、これはモテモテとは違うと思うんだけど」
「クリスがそう思うんならそうなんでしょ」
どうしてそんな呆れた目で見られているのかしら?
「とりあえず、朝食持ってきたんだけど、セッティングしていいのかい?」
「そうですね。そうだ。折角だし、一緒に食べませんか?」
「私はいいけど、後ろの人はめちゃくちゃ睨んできてるから遠慮したいかな」
振り返るとニッコリ笑顔のメアリー。
「わ、わた…私はいいと思いますよ…えぇえぇ。クリス様がいいんなら」
不服なのね。でも、暫くここに滞在するならもう少しコミュニケーション取った方がいいわよ。
「メアリーもこう言ってるんで、大丈夫ですよ」
「そうかい? じゃあ、厨房からディンゴの分と合わせて持ってくるから」
そう言って踵を返し出て行ったサガさん。
いなくなった途端に、私に抱きつき不満を口にするメアリー。
「私と二人っきりの食事でいいじゃないですかぁ!」
「どっちにしろ、後ろで控えるのよ。二人っきりな訳ないでしょ」
「むぅ…」
本当にメアリーはメイドの仕事理解してないわね。家に帰ったらアンジェさんに全部報告しておこう。ちょっと酷すぎるからね。
暫くして、ティートローリーに食事を乗せてサガさんが戻ってきたんだけど、多くない?
サガさんとディンゴちゃんがテーブルセッティングを始める。
私も何かやった方がいいだろうか。そう思い立ち上がろうとすると、サガさんに静止された。
「クリスはそのまま待ってていいぞ。メイドの仕事だからな」
そっか…そうだよね。
聞いてますかメアリー? 堂々と座って頷いているけど、うちでちゃんとやった事ある?
ものの数分で準備が終わり、サガさんとディンゴちゃんが座る。
「いただきます」の合図と共に、三人とも凄い勢いで食べていく。目の前に置いてあった大量のスクランブルエッグとベーコンとソーセージが一気に消えていった。大量のサラダはそのままだ。ちゃんと野菜も食べないとダメよ?
「改めて思ったけど、ホントにクリスはいいとこのお嬢様なんだね」
「え、どうして?」
「いや…食べ方がホント綺麗なんだよ。もう教会の宗教画のような感じで神々しい」
「そんな褒めてもソーセージしかあげられませんよ?」
「いや、思ったまま言っただけなんだけどな…。まぁ、クリスのソーセージはありがたく貰うけどさ…」
納得いかないと言った顔でソーセージを頬張るサガさん。
別に普通に食べてるだけだと思うんだけどね。
チラとメアリーを見ると、口の周りに食べかすをいっぱいつけている。
「もっとゆっくり食べなさいよ。ほら」
ナプキンで顔の周りを拭いてあげると、嬉しそうな顔をするメアリー。ワザとやってないでしょうね?
そしてそれを見ていたディンゴちゃんが、慌てて口の周りにケチャップを塗っているけど、対角線に居て遠いから拭けないわよ?
食後の紅茶を啜っていると、またぞろメアリーが不満げな顔をしている。量が足りなかったのかな?
「私はとても不満に思っている事があります!」
「藪から棒になによ…」
「あなた達はクリス様を何と仰っていますか?」
「え? クリスだけど…」「そりゃあクリスでしょ。他にあるんか?」
「違います。クリス『様』でしょう?」
「「あっ……」」
ハッとした表情をして、申し訳なさそうに私を見る二人。
そういえばそうか。慣れてたから意識した事無かったわ。
「ごめんなさい。つい、慣れで呼び捨てにしてしまったわ」
「確かに。ちょっと慣れないな…」
「そこは慣れてもらわないといけません!」
メアリーのくせに珍しくまともな事を言っている。今日の天気は吹雪ね。
「いいですか? こういうのはコツがあるんです」
ん? なんかおかしい事言い出すんじゃないでしょうね?
「クリス『様』だと、言いづらいかもしれません。ですが、クリスサマという名前だと思って言えばいいんです」
「いや…それは……」
「逆に失礼…」
二人が正しい。
「メアリーはずっとそういう感じで呼んできたのね?」
「いいえクリス様。私はルビにダーリンと付けて呼んでました」
「知らんがな…」
ここまでくると清々しいわ。もういっそメアリーはバカなままでいいんじゃないかしら? ペット枠という事で…って、動物のがもっと忠誠心高いわよ。
「な、なるべく善処するよ。クリス…サマ」
「そうね。クリスサマー」
ディンゴちゃんの発音的には夏じゃないかしら?




