59 お風呂なのに安らげない
さてと、邪魔者がいなくなったので、ゆっくりとお風呂に浸かりましょうかね。もう色々あって疲れたわ。
メアリーが絡むとこんなにも精神的に疲れるなんてね。
軽く掛け湯をして見つけた入浴剤を入れてお湯に浸かる。バラの香りが疲れた体を癒していく。
「はぁ〜………生き返るわぁ……」
しかし私の安らぎは長くは続かなかったようで…。
「何で勝手に先に入ってるんですか!」
お風呂の入り口を見ると、全裸のメアリーが信じられないと言った顔で近づてきた。
「別に私が先に入ったっていいでしょ? 寒かったんだもの。それともメアリーは私の行動の自由を決める権限があるのかしら?」
「ありますよ」
「嘘つけ」
「はい。嘘です」
バレる嘘つくんじゃないわよ。何堂々と『ありますよ』って。メアリーはわたしの母親にでもなったのかしらね?
「嘘ですが、クリス様の身の回りのことは私が全てやりたいです」
あぁそういう事。でもメアリーの出来ることなんて限られてるじゃない。
そんなメアリーは軽く掛け湯をしてバスタブに入ろうとする。
「ちょっとメアリー、これ二人も入れないでしょ?」
「クリス様小さいんだから、詰めればいけます。ほら、足どけてください」
こいつは…。
メアリーがバスタブに入ることによって、勢いよくお湯が溢れ流れていく。
「あぁっ……いいお湯ですねぇ……」
軽く身震いしながら言うメアリー。
「メアリーが入ってこなければもっと堪能出来たのにね」
「でもこうすればもと暖まれますよ」
ひょいと私を抱えメアリーの太ももの上に抱きかかえるように乗せる。ちょっと恥ずかしい。背中にメアリーの大きな胸が当たってる。
「当ててるんです」
「何も言ってないわよ」
「思ってると思いまして」
変なところは勘がいいんだから。
「……クリス様?」
「何よ…」
急にしおらしい声で囁くメアリー。
「この一月以上クリス様と離れている間、任務のためとはいえ、すっごく寂しかったです」
「そう…」
私をより強く抱きしめる。
振り返えらずにそのまま続きを促す。
「クリス様は一人でメイドしてたんですよね」
「まぁ…そうね。成り行きだけど」
「私の大変さが身にしみましたか?」
はっはっは…。何言ってるのかしら? メアリー以外のメイドさんの大変さは身にしみたけどね。
メアリーが私の手を取り眺める。
「何でメイドの仕事していたのに、こんなに指が綺麗なんですか! 普通あかぎれとかささくれとかできるじゃないですか。なんでこんな白魚のように綺麗なんですか。本当に仕事してました?」
「失礼な。ちゃんとやってたわよ。私だって不思議なんだからね。他のメイドさん達からも、どんなケアしてるんだと聞かれたくらいにね」
本当に不思議よね。最近はちょっとした切り傷も翌日には跡形もなく消えてるんだもの。
そんな私の手の指をしげしげと見ていたメアリーは徐に指を口に含んだ。
「ちょっと! 何でいきなり人の指舐めてるのよ」
「いや…舐めたら私の指も綺麗になるかなと…」
そんな訳ないでしょうに。時々どうしてこうも奇怪な行動を取るのかしら?
そんな疑問を抱いていると、下半身に違和感があったので、お湯の中を見る。
「ちょ…ちょっとメアリー何やってるのよ!」
「いや、ご無沙汰かなと思いまして。この身体になってから弄らせてくれないので…」
「当たり前でしょう! まったくもう。そういうのいいから。私先に出るからね」
全く髪の毛の色と一緒で頭の中までピンクなのかしら?
「どこへ行くんですか?」
「どこって、脱衣所に…」
「まだ身体洗ってないですよね?」
いやまぁ…はい。洗ってないですね。
「ちゃんと身体キレイキレイしないといけませんよ」
満面の笑顔のメアリーがバスダフから出てくる。
なんて…なんていやらしい手つきだろう。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。前の穴も後ろの穴も奥まで完璧にキレイにしますから」
「お…お手柔らかに……」
こういう時のメアリーからは逃げられない。いつだって、どこまで逃げても最終的には捕まえられて隅から隅までキレイに磨かれてしまうのだ。
今日はメアリー一人だからいいけど、家だと大勢のメイドさん達が満足するまで磨かれちゃうのよ。そのうち擦り減って無くなっちゃうんじゃないかしら?
「さぁクリス様終わりましたよ」
肌艶がテカテカしているメアリーがこれ以上ないほどの笑顔で完了を報告する。
「そう…良かったわね……」
「えぇ。久しぶりだったので、いつもより徹底的に磨かせていただきました。クリス様、サボってましたね? 結構溜まってましたよ?」
雑な洗い方で悪かったわね。
「そう…。それはそうと容赦なさすぎない?」
「悪いところ全部出して方がいいじゃないですかー」
そう言って自分の指をしゃぶるメアリー。汚いからやめなさい。
しかし、そんな事よりも、メアリーのせいで腰が抜けて動けないのよ。このままだと、また何されるか分からないから早く逃げないといけないんだけど、どうしようか。
「あれ? あれあれあれ〜? クリス様どうしたんですか? 動けないんですか?」
「そうだよ」
むっふ〜と大きな鼻息をついたメアリーが目を糸のように細め、口角を上げた。
「じゃあ仕方ないですね」
何が仕方ないのだろうか? この後王家との夕食なのに、その前に変な事出来ないわ。
何とか腕に力を入れる。
「もう…無理しなくていいですよ〜」
鼻歌混じりにそんな事を言うメアリー。
「あっ…大丈夫。動けそうだからいいわよ」
「チッ」
すっくと立ち上がると、メアリーが隠す気のない大きな舌打ちをした。
もう一度湯船に入ろうとしたが、殆どお湯が残っていなかったので、軽くお湯を身体にかけて、浴室を出る。
結局、大してあったまれなかったわ。
脱衣所の扉を開けると、タオルを持ったメアリーが待機していた。早くない?
「さぁクリス様。私がキレイに拭きあげてあげますからね」
「普通! 普通でいいからね!」
「勿論です。さぁ!」
バッとバスタオルを広げ、私を包み込むメアリー。
その後、なぜか拭いても拭いても水気は取れなかった。
ドレスを着る頃には、すっかり湯冷めしていた筈なんだけど、変に蒸し暑かった。




