58 闖入者
流石は王城のお風呂。といっても客室のお風呂だからね。猫足のバスタブがあるだけなんだけど、何ていうかお風呂なのに荘厳なのよね。ちょっと落ち着かないかも…。
バスタブの中は空っぽ。仕方ないので自分でお湯を入れる。蛇口を捻れば出てくるのはありがたい。二十分もあれば貯まるだろう。
折角だし、他に何があるか探索してみよう。
……色々見て回ったんだけど、うちで販売しているシャンプーやリンスに入浴剤などが揃えられていた。もっと高級なものを置いてるのかと思ったわ。
そろそろお湯が貯まる頃だから、もう脱いでスタンバイしておきましょう。
メアリーが寝落ちしているし、他のメイドさんもいないとなれば自力でドレスを脱ぐしかないんだけど、ちょっとコツがあって、首の後ろを軽く持ち上げて隙間を作る。そしたら両胸の下あたりを掴んで脱いでいく。最後に肩のあたりを摘みながら脱いでいけば、あら不思議。一人でドレスが脱げちゃうのよ。
といっても。コルセット巻いてたり、編み上げの紐がキツすぎるとなかなか出来なかったりするんだけど、これは私の体型にあってるから脱ぎやすかったわ。
後は残りの下着と靴下を抜いて、カゴに入れて………と。
その時、脱衣所の扉が思いっきり開け放たれた。
「クリスーッ! ………あっ!」
そこに闖入してきたのは、レオナルドだった。
「きゃっ!」
「あっ! あの…クリス………その……ごめん……」
ごめんと言いながら真っ赤な顔を手で隠すが、指の間から私の裸体をまじまじと荒い息を吐きながら眺めるレオナルド。
とっさに胸と陰部を手で隠す。私の小さい手で隠れるくらい小さいなんて……。
「ちょっと……裸なんだけど……」
「うん…ごめん。でも………綺麗だね…あっ、ちが…そうじゃなくて…」
必死に言い訳するが、指の間からずっと覗いてるし、そんなに言うなら横とか後ろ向けばいいじゃない。
ぺたんとその場に座り込んで、羞恥に震えていると、レオナルドもしゃがもうとする。何で?
しかし、それは叶わなかったようで……。
「こんのエロガッパ何してんだオラァアッ!」
「ぎゃあああああああああああああつ!!!」
脱衣所にレオナルドの絶叫が響き渡る。
メアリーがレオナルドの首をへし折りそうな勢いで掴んでいた。
「クリス様の裸を見ていいのは私だけです!」
そんな事はない。
いや、冷静に突っ込んでる場合じゃないわね。このままじゃレオナルドの頭がポッキリ折れて、身体とバイバイしちゃうわ。
「め、メアリー止めなさい!」
「ても、クリス様の一糸纏わぬ絹肌を見られたんですよ? 記憶から消去しないと」
一理あるけどダメ。メアリーのやり方だと死んじゃうでしょ?
「それにもう気を失っているんだから放しなさい」
パッと放すとストンと落ちそうだったので、急ぎかけ寄り抱き止める。
幸いな事に、真っ赤な恍惚の表情で鼻血を垂れ流しているだけだ。大丈夫かな? 生きてる…よね?
「はぁ…はぁ…」
「あ、良かったー。生きてたー」
「人間そう簡単に死にませんよ」
メアリーが何のことはないといった感じで言う。
私に好意を持つ相手への態度キツすぎない? もし本当に王族殺しになったら、これからずっと逃亡生活よ? 私の溢れ出る可愛さと美貌じゃすぐに見つかっちゃうじゃないのよ、もう……。
軽くメアリーを睨むと、流石にマズイと思ったのか、珍しく目を泳がせていた。
「もう少し穏便に出来ないの?」
「すいません。クリス様ファーストなので」
悪い意味で忠実な従者よね。
「まぁ最悪やってしまったら、私と一緒に森の隠れ家で暮らしましょう。いえ、今からそうしましょう」
「しないし。というか、絶対にやっちゃダメよ。私との約束出来る?」
「善処します」
「それ出来ないって言ってるのと同義よ」
裸で私何やってるんだろうね? そもそもメアリーと森で暮らしたら、動物にも嫉妬するんじゃないかしら?
「ほら、レオナルド殿下をこのままに出来ないから、ちゃんと責任もって戻してきて」
「廊下に置いておけばよくないですか?」
そんな出前の食器みたいな扱いできる訳ないでしょ。そもそも余計にややこしくなるから、適当に理由つけて返却して欲しい。
「分かりましたよ。では、急ぎ戻してくるので絶対にお風呂入らないでください」
「なんでよ」
「一月もの間、クリス様の柔肌を触れなかったんです。せめて今日は穴という穴の奥まで指を突っ込みたいんです!」
めちゃくちゃいやらしい手つきで何かを表現するメアリー。
「却下」
何言ってんだこいつ。この流れで私が了承する訳ないでしょ! ここ王城よ? 誰が覗いてるか分からないんだからそんな事できる訳ないでしょ………って、うちでも出来ないわよ!!!
下唇を噛み締め、悔しそうな顔でメアリーがレオナルドを雑に運んでいった。




