50 レオナルドはクリスと会うとIQが下がるらしい
*
と言う事で、再び王妃様と厨房へやって来た。
もう戻ってこないと落胆していたみんなが一斉にどよめき出す。
「ど、どうしたんですかクリス様」
ついさっきまで呼び捨てだったのに、急によそよそしくなった。悲しい。
「呼び捨てでいいですよ料理長」
「そんな訳にはいきませ…」
「じゃあもう料理のレシピとかコツとか教えませんよ」
「⁉️ ……っぐぐぐ……」
「セブ爺いいじゃない。クリスちゃんもこう言ってるんだし。別にうちのお城そこまで規律に厳しくないんだし?」
「それはエテルナ様の影響です。以前はこうではありませんでした」
「本当は?」
「今のがいいです……はっ!」
「じゃあ今まで通りでいいわね」
ニシシといたずらっ子のような笑い方で料理長を見る王妃様。
「はぁ…。エテルナ様には敵いませんな。分かりました。では今まで通り接しますよ」
「最初からそうすれな良かったじゃない。変に意固地になっちゃってぇ。みんなも今まで通りでいいわよ」
王妃様の言葉にみんな笑顔で頷く。
「じゃあ、早速で悪いんだけど、ちょっとサプライズしたいから、夕食をクリスちゃんと作ってね」
「え?」
「レオちゃんね。最近クリスちゃんに会えなくてしょげてるのよ。だからね。お願い」
うーん。この笑顔には逆らえない。どうしてもやってあげたくなっちゃう魅力があるわ。
「わかりました。誠心誠意作らせていただきます」
「ありがと。じゃあ、椎茸、ピーマン、人参、ネギ、ナス…あとは、えっと……」
「それは一体なんですか?」
「ん、これ? これはねレオちゃんの苦手なもの」
「あぁ…なるほど。入れないようにしますね」
「ううん。入れて欲しいの」
「えっ?」
「クリスちゃんが作ればちゃんと食べると思うの。あとはぁ…もずく、納豆、とろろにオクラとぉ……」
前半はともかく後半の食材は使いづらいなぁ。そういえば、うちに来ていた時はちゃんと食べていた気がするけど、王城では食べてないのね。
……ふーん。作りがいがあるじゃないの。
「いい顔ね。愛する人の為なら頑張れちゃうのね?」
「え?」
「またまたぁ。私は分かってるからね。じゃ、あとはよろしくねぇ〜」
そう言ってにこやかに王妃様は厨房を出て行った。何にも分かってないですよ。
「じゃあ、始めますか?」
そう言った瞬間にめちゃくちゃ頭をわしゃわしゃされた。
「クリスお前凄い奴だったんだな」「唐揚げ姫じゃなくて本物のお姫様だったなんてにゃー」「何で私と一緒にメイドやってたのよ」
「おいこらお前ら、いくら今まで通りでいいからっていってもフランクに接しすぎだぞ」
「ははは…」
苦笑いしか出ないよ。そんな中で一人だけムスッとした表情のウィリアム。
「なんか機嫌悪い?」
「別に」
「?」
その日ウィリアムは終始不機嫌だった。なんでだろ。
*
「今日も美味いなぁ。お酒も進んじゃうよ。はっはっは」
「あなたー? ちょーっと飲みすぎじゃないかしら?」
「た…たまたまだよ。ほらこのくらいしか飲んでないじゃないか」
「二本目はね」
「……………。そ、それより…め、珍しいな。レオナルドが残さず食べるなんて」
飲みすぎた事をエテルナに咎められ、話題を変えようとレオナルドに話を振るデボネア。
「えっ! あ、はい。苦手なものが多かったのですが、私好みの味だったので」
「そうかそうか。それはいい事だな。これで好き嫌いも無くなったかな?」
「えぇ。もう大丈夫ですよ」
酔っ払って上機嫌のデボネアは更に上機嫌になる。
「じゃあお兄様、私のこれあげるわよ」
ルキナが添えられたパセリをレオナルドのお皿の乗っけた。
「お行儀が悪いわよ」
エテルナが無作法のルキナを嗜める。
「ごめんなさーい。でもお兄様が何でも食べられるっていうから」
「パセリそのままはちょっと……」
そして、最後のデザートを食べ終わると、いつも以上にニコニコしていたエテルナにレオナルドが問いかける。
「お母様どうしました? いつも以上に笑顔ですが」
「ふふ…そうかしら? ところで今日の料理はどうだった?」
「そうですね。ここ暫く非常に満足だったのですが、今日のは今までで一番美味しかったです」
「あらそう? 良かったわ」
そう言ってパンパンと手を叩く王妃様。
子供達三人が、エテルナも酔っているのかなといった顔をする。
「お呼びでしょうか?」
「⁉️」
「ふふふふ〜。とっても美味しかったって。良かったわねクリスちゃん」
「ほう。あれが…」
「かわいい……」
ライオネルとルキナがそれぞれ、初めて見たクリスに感嘆の声を漏らす。
クリスがそちらへ向かって礼をする。
それと同時に、マナー違反とは知りつつも一目散にクリスへ駆け寄り手を取り、両手で握りしめる。
「クリス! クリスクリス! やっと会えましたね。でもどうして料理人の格好を?」
「んふふ。これを作ったのがクリスちゃんなのよぉ」
いつの間にかレオナルドの後ろに立っていた王妃様。
「えっ……つまり私の為だけに…」
「はは…」
都合よく考えるレオナルドに愛想笑いをするクリス。
「それはそうとクリス、いっぱいお手紙出したんですよ。どうして返事をくれなかったんですか?」
「そんなに出していたんですか?」
「………なるほど。伯爵には話を聞く必要がありそうですね」
目を糸のように細め微笑むレオナルド。
「それで、どうして料理人を?」
「料理人だけじゃないのよねー」
「えぇ…まぁ。色々と…」
「へぇ…聞かせてください」
ここに来てからいろんな仕事をした事を打ち明けた。
「なるほど。そこまでクリスは私の事を思っていてくれたんですね」
「「「「?」」」」
クリスとエテルナが首を傾げ、後ろでライオネルとルキナが「どういう事?」「分からない」と互いに顔を見合って困惑している。デボネアは飲みすぎたのか椅子に凭れかかって眠っていた。
「あの…どういう?」
「私との婚約の為に外堀から埋めていったんですよね」
「えぇ…」
「こんなにポジティブだったかしら?」
苦笑いするクリスに、頬に手を当て困惑するエテルナ。
その後レオナルドを王妃様が引き剥がしてくれるまで、ずっと手を離してくれなかった。
部屋を出ると、料理人の皆さんが迎えてくれたのだが、レオナルドが扉から上半身を出し、ずっと私の名前を呼びながら手を振り続けていた。
多分出ようとしたところ、王妃様に掴まれていたんだろう。
それがなかったら、またぞろ戻されていたかもしれないと思うと、すっと寒くなるのを感じた。
振り返ると、扉にしがみついていたレオナルドがやっと引き戻されたようだ。
それをみんなが見ていた。
「クリスは結婚したら、ずっと束縛されそうだな」
サガさんが何の気なしに呟いたのをきっかけに他の人達も思っていたらしく、ついつい口にする。
「確かに苦労しそう」「ずっとついて回りそう」「他の男と喋ってたら、嫉妬しそう」等と散々な言われようだ。
「な、なぁ…俺にしないか?」
「それなら、私でもいいわよね?」
ウィリアムが顔を赤ながら言うと、ディンゴちゃんがすかさず割って入る。
「なぁっ!」
「ふふ…。気持ちだけ受け取っておくわよ」
その言葉にがっくりしたウィリアムと、満足げなディンゴちゃん。
明日からどうなるのかしらね?




