31 戻ってきたおかしい日常
「クリス様、あの男に殴られたところまだ痛みますか?」
「そうだね。まだヒリヒリと痛いね。だからね、私の顔を胸に押しつけるの止めてもらってもいいかな? 衣摺れで余計ヒリヒリしてくるのよ」
あれから数日経って、腫れはある程度引いたんだけど、まだ少し痛い。にもかかわらず、事あるごとにこうやってぬいぐるみのように抱きしめてくる。
余程ショックだったのか、ここ数日は凄く過保護に扱われている。いや、これ過保護っていうんか?
体のいいおもちゃになってるんじゃなかろうか?
「これは気づかずに申し訳ございません。今すぐ脱いで人肌で温めます」
「いや、脱がなくていいし、温めたら寧ろダメだから…」
「そうね。冷やしたほうがいいわね。肉で冷やすと熱が取れやすいっていうから、丁度ここに駄肉が二つあるから切り取って冷やすといいわね」
いつの間にかいたお姉様が物騒な事を言う。
お姉様なら本当にやりかねない気がする。
「あら、イヤですわサマンサ様。でしたら、ご自分のものを使われたら宜しいのではないでしょうか?」
「え? イヤだけど」
「……。そこは何か皮肉とか嫌味とかを続けざまに言うところではないですかね?」
「いや、そもそも私そんな下品な女じゃないし」
「私が下品だとでも言うんですか?」
「今ここで脱ごうとしていたやつが言うセリフじゃないわよ…」
ホントに仲いいなこの二人は。
二人で話し込んでいるうちにそっと部屋を出る。
「うーん……。久しぶりに庭に出たわ」
庭に出て伸びをする。するとお母様とお兄様が優雅にお茶を飲んでいた。
いつもなら剣をブンブン振り回しているのに。
「あら、クリス。お顔はもう大丈夫なの?」
「えぇ。まだ少しヒリヒリしますが、腫れは引いてます」
「そう……。ごめんなさいね。私がいない時にこんな事になってしまって」
「いえいえ。とんでもないです。私が油断していただけなので」
まぁ、実際舐めていたのは事実なんだよなぁ。
「その油断が命取りになるんですよ。今回はたまたまあれで済みましたが、次はもっとひどい目に遭うかもしれないんですよ。まぁ、今回は無事で本当に良かったわ」
そうだね。結局は心配させてしまったのはよくないね。計画もあんまり巧く行かなかったので、次回はもう少し練って人に頼るとしよう。
「それはそうと、やっぱり体術とかも覚えたほうがいいんじゃないかしら?」
「格闘技みたいなやつですか?」
お? ちょっと憧れるな。今までは暇つぶしに剣の練習していたくらいだったけど、今回の件で改めて体を鍛えたほうがいいなって思ったんだよね。
一応、見よう見まねでやってみたりはしたんだけど、本格的に習った方がいいかもね。
「そうね。ちょっとやってみましょうか」
椅子から立ち上がるお母様とお兄様。
というか、いつもの魔王様スタイルとゴスロリじゃないんですね。
お母様はシスター服。態となのかたまたまなのか判別できないけど、お母様は胸が大きいので必然と布が張り付く感じになって胸や腰が強調されていますね。でも、どうして下はスリットが入ってるんですかね。生足がとても魅惑的です。
この歳でも違和感ないの凄いなぁ。お茶を淹れてたアンジェさんも同じ格好している。これは、脳内メモリーに保存しなければ!
お母様もそうなんだけど、一番の衝撃はお兄様よね。丈の短いシスター服に黒のスパッツ。どう考えてもあのキャラクターに似てますね。ドヤァと腰に手を当てているけど、はい。最高ですよ。
「もしかして、その格好は動きやすくするためですか?」
「そうよ。よく分かったわね。流石クリスね」
蹴りはしやすそうだけど、その格好に何の意味が……。
「あの、何でシスターの格好を?」
「え? えぇ、まぁ…。ちょっとね、飽きたのよ。今までは厳しめの格好だったんだけど、今度は慈愛のある教え方にしようと思って、シスターの格好にしてみました」
両手を前に広げるポーズ。所謂エッグポーズをするお母様。眩しいなぁ……。
「じゃあ、今日は簡単な入門編ね」
そういって芝生に寝転ぶお母様。
何やってんの?って目で見ると、隣をポンポンと叩かれた。一緒に寝ろって事ですかね?
お母様の横に一緒になって寝転ぶ。綺麗な青空に、心地よい風が優しく吹いている。ちょっとウトウトと寝てしまいそう。
「クリス。これが寝技よ」
「…………………………」
「ちょ、ちょっと黙らないでよ。冗談に決まってるでしょう」
「そう……。ですよね」
お母様でもこんな意味のわからない冗談を言うんだな。
「まだ、傷むでしょうから、傷がちゃんと治ったら教えてあげますわ」
あぁこれがお母様なりの気遣いだったんだな。
「それにこうしてゆっくりするのも悪くないでしょう?」
「そうですね」
お兄様今日はいつも以上に無口だなぁ。もしかして恥ずかしいんじゃないだろうか?
そうして暫く日向ぼっこをしていると、門の方から1台の馬車が入ってくるのが見えた。
勿論、屋敷の方まで行かずに、私たちのいる近くで止まる。
案の定、中からはレオナルドとウィリアムが小走りでやってきた。
「クリス! もう怪我は大丈夫なんですか?」
「えぇ。大丈夫ですよ。まだ、少しヒリヒリはしますが…」
流石に失礼にあたるので、立ち上がり大丈夫と伝える。
「ふん。そんなの稽古してたら傷にもなんねーよ」
「リアム…。クリスは女性ですよ。顔に傷が残ったらどうするんです」
「うぅ…。悪かったよ。おいお前、あ、いや…。クリス大事そうで良かったよ」
言い直したのは、後ろでお母様達が睨みを利かしていたからでしょうね。
それと、先日王城へ行った際に、ウィルの父親のパジェロ将軍以下騎士団をぼっこぼこにしたらしいのが効いてるんでしょうね。
「ク、クリスも女なんだから無茶すんなよ」
「あ、ありがと…」
素直じゃないショタもいいもんですね。
「えっと、ちなみに今日は何をしに……」
「勿論、クリスのお見舞いですよ」
「そうだぜ。毎日来てんのに、あのこえーねーちゃん達に面会謝絶だとか訳分かんない事言われて会えなかったからな。ま、元気そうで何よりだよ」
口は悪いけど、根はいいやつなのかもね。出会い方が違ってたらと悔やまれます。
「あの時捕まえた賊のお頭ですが、騎士団が尋問している時に、どうもおかしな事を言っているようでして……」
「おかしな事ですか?」
あのバナナが捕まった後どうなったか気になってたんだよね。
「はい。何でもクリスの事を男だと、ずっと言っているそうです。まぁ終始騙されたと言っていますし、あの時の状況等でずっと錯乱状態にあったのかもしれません。それにしても、こんな可憐で美しいクリスを男だなどと…。笑っちゃいますよね」
笑っちゃうとか言いながら目が笑ってないんだよね。これバレた時やばいやつですね。はい。
「にしても、クリスも、あのねーちゃんやメイドとかめっちゃ強いよな。とても女とは思えないぜ。クリスが婚約してなかったら、俺が告ってたぜ」
「リアム…。いえ、ウィリアム。面白い事を言いますね?」
「ちょっ! 冗談に決まってるだろ。おい、そんな目で見るなよ」
暖かかったはずが、ここだけ隙間風くらいの冷たさが肌を刺してくる。
後から聞いた話だが、あの時この二人もあの場所にいたみたいだけど、お姉様の鬼気迫る感じにビビって近寄れなかったらしい。
スカートの中を見られなくて良かったと安堵する。
いや、あの時見てもらったほうが婚約破棄に上手く持って行けたんじゃないだろうか? まぁ、そんな余裕なかったんだけどね。
まぁでもこうしてお見舞いに来てくれたのは素直に嬉しいので、何か新しいゲームでもお披露目しましょうかね。
「せっかくだから何か遊んで行かれますか?」




