40 後で問題にならなければいいけど
それから暫くしても、例の上級メイド達はちょっかいをかけに来る事はなかった。
なーんだ。結局口ばっかだったのかななんて、休憩中に料理人のみんなと話をしていたら、入り口で何人かの高級そうな服を着た男性が立っていた。
「どうかしましたでしょうか?」
「あぁ…いえ、こちらにサンストーン卿がおられると聞いたのですが…」
「あぁ…料理長ですか。今外してまして、もう少しすれば戻ってくると思いますが…」
「分かりました。こちらで待たせていただいても?」
「え…えぇ。こんなところでよければ」
椅子を勧められるも、立って待つと言って、寒い部屋の外の廊下で待つ男達。
なんだろう。納入業者の人達かな? 契約更新とか新規で取り扱って欲しいとかかな?
そう思っていたんだけど、予想はハズレだったみたい。
多分料理長が戻ってきたんだろう。
廊下の方から、慌ただしい音がしたと同時に男達の謝罪の声が聞こえてきた。
何か対応するのかと思ったら、あっさり入ってきたのでちょっとびっくりだ。
「あぁ、気にすんな。みんな休んでてくれ」
立ちあがろうとしたみんなを手で制する料理長。
その後ろから、ぞろぞろと入ってくる男達。
「入室を許可した覚えはないが」
「この度は、うちのバカ娘がとんだご無礼を……」
一斉に頭を下げて許しを乞う男達。娘って事は昨日の上級メイドの親。つまり貴族って事ね。
「無礼だと思うんなら、直接当事者が謝りにくればいい。何にも分からずにただ謝ってる貴方方の謝罪など何の意味もない。それに貴族がそんなにペコペコしていていいのかね?」
「………返す言葉もございません」
「ほら、これから準備があるんだ。帰ってくれないか?」
「わ、我々の謝罪は…」
「不要だ」
そう言って一瞥すると無理矢理に追い出す料理長。やだかっこいい。しかし、男爵位の料理長がそんな一方的に追い出していいのかしら? あの人達の腰の低さにもびっくりたけど。
「いやぁ…みんなすまないな。とんだ邪魔が入ったようだ」
他の料理人の人達は気にした様子もなくくつろいでいる。もしかしてよくある事なのかな?
私を含めた下級メイドの四人とウィリアムは落ち着かず戸惑っている。
だってねぇ…。どう見てもそれなりの家の貴族の人を簡単にあしらって追い出すなんて料理長って一体…。
まぁ、本人も周りもその辺の事は教える気はないようなので、変に質問する事も出来ず、もやもやしていたら、料理長が私のところにやってきた。
「それはクリスが作ったのか?」
「え? あ、このお菓子ですか? はいそうですけど…」
「そうか。一つもらってもいいか?」
「えぇ。ひとつと言わずにどうぞ」
「そうか。じゃ、遠慮なく」
空いてる椅子に腰掛け、ティーコージーを外し、空いてるカップに牛乳を入れた後にポットから紅茶を淹れてスプーンでかき混ぜ一口すすった。
そして、私が焼いたパウンドケーキを一口頬張る。
「おぁっ! なんだこれ。めちゃくちゃうまいぞ」
「そうでしょうともそうでしょうとも。うちのクリスの作るお菓子はそんじょそこらのお菓子とは違うからね」
「そうにゃ。これを食べたら今までのなんて食べられないにゃ」
「確かにな。一理ある。でも、城下町で食べたお店で買ったやつもこんな感じでしっとりしていたな」
「そりゃあ高い店なら美味しいでしょうよ」
「いやぁ、おんなじくらい美味いんだよ」
多分、王都に出店してるうちの店の支店かな?
寮でもたまに作っていたけど、気づいたら無くなっているくらい喜んで食べてもらってたけど、そんなに絶賛されていたなんてね。
「これ売れるぞ」
「はは…ありがとうございます…」
そういえばディンゴちゃん静かだなって思ったら、頬をリスのようにパンパンにしていた。取られる前に食べてしまおうって魂胆ね。なんだか最近どこかの誰かに似てきた気がするわね。
「そんな慌てて食べなくても、いくらでも作ってあげるわよ」
「…もぐもぐ………ごくん………ホントに?」
「えぇ…」
「おっし、クリス。追加で焼いてくれ」
「そうにゃ。もっと食べたいにゃ」
「俺ももっと食べたいな」
「えぇ……」
ディンゴちゃんに言ったんであって、他の人の言ったつもりじゃないんだけどなぁ…。
その後、何人かで作ったんだけど、こうも寒いとバターが中々常温にならないのよね。硬いままやると泡立て器がダメになっちゃうもの。
しかし、流石料理長ね。バターをかき混ぜるのをお願いしたら。こんなにも空気を含んだクリーム状にしちゃうんだもの。やっぱり筋肉かぁ…。
その後焼きあげて、乾燥しないようにして……出来上がりね。
「おぉ。もう美味しそうな匂いがするにゃ」
「でもこれ、冷めて味が馴染んで二、三日経った頃が一番美味しいのよね…」
「「「「!!!!!!」」」」
「じゃあ、このまま寝かせて取っておこうか」
「そうだな」
あんなに食べたい食べたい騒いでいたのに、暫く寝かせたほうが美味しいって聞いたら我慢するなんて、変なところで食に対するこだわりが強いのね。
「よし、クリス。バターとか混ぜるのは俺がやるから、もっと作っておこう」
「えっ!」
料理長自ら、もっと作ろうと言い出すなんて…。
結局その日は、休憩もそこそこに夕食の準備そっちのけでパウンドケーキ作りに励んだのだった。
こんなにいっぱいいろんな種類作って……。商売でも始める気なのかしらね?




