30 クリス救出される
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話は少し遡り十数分前―――――
一目散にお店の中に入ったものだから、何か変装する道具でも買うのかなと思ったんだけど、お店の中には誰もいなかった。それを知ってかしらずか、カウンター裏に行ったのでここに隠れるのか。絶対に見つかるぞと思っていたら、何の感慨もなく床を持ち上げた。
隠し通路! なにこれかっこいい。でもなんで普通っぽいお店にこんなものがあるんだろう。
しかし、そんな考えはそこで打ち切られた。床から大量の煤と埃が溢れてきた。それにカビ臭い。呼吸するだけでダメージになりそう。
これ暫く。いや全然使われてなかったんじゃない? まさかここに入ったりしないよね?
ビーンは躊躇いもなく床下へ私を抱えながら入っていった。
最悪。もう視界は真っ暗。こんな空気吸ったら体に悪いわ。
入る前にとっさに鼻と口を押さえていて良かった。幸い姫袖がマスク代わりになって良かったけど、このドレスの汚れ洗濯で落ちるんか?
そんな事を考えていると、二、三分くらいで目的地に着いたのか、乱暴に床板を持ち上げた。
「ゲホッ…。ゲホッ…。うえぇ、口ん中気持ち悪ぅ…。おえっ…」
飲み屋街の近くで飲みすぎて吐いてるサラリーマンみたいなえづきしてる。
あの中を走ったら、そりゃあ吸い込むでしょうね。自業自得よ。ざまあみろー。
「げ、頭…。そ、そこを通ってきたんですか?」
「てっきりもう街の外に行ったものだと…」
声のする方を見ると、二人の男が驚愕の表情で見ていた。
「あ? そうだよ。ま、あの隠し通路には気付かねぇだろうがな。今頃、必死こいて街中探し回ってるだろうよ。ほとぼりが冷めた頃にトンズラさせてもらうわ」
その言葉を聞いて、より表情を険しくする二人。
それもそうだろう。だって、見た感じこの二人は逃げる準備をしていたんだからね。
大方、ビーンが外にいる間に逃げる手筈だったんだろうけど、随分とモタモタしていたものね。これで、しばらくこの倉庫に留まらなくてはいけなくなってしまったんだもの。そりゃあ苦い顔つきになるわよね。
ただ、この二人、他のに比べて、賊っぽくないのよね。目つきとか仕草とか。
そんな事を考えていたら、少し回復したのかビーンが二人に指示を出す。
「おいお前ら、とりあえずこいつをそこの椅子に縛り付けとけ!」
慣れた手つきで二人の男が私を椅子に縛り付けて口も布で塞がれる。反抗しようと思ったんだけど、振り解けないくらい力が強い。正直ビーンより強い。
改めて部屋の中を見回す。さっきの通路程ではないけれど、埃とカビの臭いの充満する薄暗い倉庫のような場所。
暫く使われていなかったのか所々に崩れたレンガが落ちている。
まだ、昼の筈なんだけど、光がほとんど入らないからどのくらいの広さかまでは分からない。
でもこんな所だと逆に見つかりやすいんじゃないだろうか?
「あぁっ! クソ! クソ! クソが! 全部の予定が狂っちまった。おい! お前のせいで予定が全部狂っちまったじゃねぇか! どうしてくれるんだ!」
そんながならなくても聞こえるわよ。というか、あんな穴だらけの作戦なんて一つも成功するわけないじゃないの。
「指示通り隙だらけの王子を拐ってくるだけの簡単な話だったんだぞ…………って、おいお前ら俺がアレに参加してる時に拐ってくる手筈だったんじゃないのか? 何でこんなとこに居るんだよ? あぁ?」
あぁ、やっぱりそうだったんだな。流石に指名手配されてる奴が賞金目当てだけに大会に参加するわけないものね。まぁ諸刃の剣だけどね。
「いやぁ、その筈だったんですが、市内の警備も厳しいし、何より王子の周りに人が多すぎて二人じゃ無理だったんで戻ってきたんでさぁ」
「あ、そうなの? じゃあしゃあないな」
簡単に信用するなよ。ピュアかよ。そんなわけないじゃん。絶対会場まで行ってないし、何なら見捨てて逃げる筈だったわよ。
まぁ、口には布で塞がれていて、何にも言えないから黙ってるけどね。
しかし、ガッチガチに縛られてるなぁ…。動かせるのは首と足首から先くらいだ。
足に関しては両足縛るんじゃなくて、片足を椅子の片方の足にそれぞれ縛ってるから、子供の力ではロープを緩めることすらできない。
お姉様のようなゴリラみたいな力があれば、こんなロープのようなもの引きちぎってやるんだけど、生憎とまだ子供なので筋力なんて高がしれてるから、もがく事くらいしかする事がない。
まぁ、この男はは私に罵詈雑言を浴びせるだけで、答えなんて求めてないんだろうし、言っても理解できる頭してないだろうけどね。
はぁ……。この状況をどうしようか。自力で解決できればいいんだけど……。なんて考えていたら。
「おい。ガキ聞いてんのか? おい!」
ずっと目の前で喚き散らしていたらしい。
汚ったない唾が顔にかかって凄く不快だ。歯くらい磨けよくっさいなぁ…。
「けっ…。薄気味悪りぃガキだな。ずっと黙ってやがる」
そりゃあね。口を塞がれてたら喋れませんよ。
一向に反応が無いためか、或いは疲れたのか暴言を吐くのを止めたようだ。
ものすごく顔を洗いたい気分だ。気持ち悪い……。
「おい、今なんか音がしなかったか?」
「え? 気のせいじゃないですか? ボロい倉庫ですし、鳥かなんかが止まったんじゃないですかね?」
「そうかぁ…」
いや、聞こえたよ? それも一つじゃなくて、複数の音が。まぁ、ほとんどは気づかないレベルの音だけど、気のせいで済ますなんてちょっと危機感足りなすぎませんかね? 敵としてどうなんですかね?
きっともう包囲されてる気がするので、そろそろ終わりかなと思って油断していた。
「止めだ止めだ!」
唐突にビーンが頭を掻き毟りながら喚きだす。
「か、頭どうかしましたか?」
「止めだつってんだよ! 逃げるのはナシだ」
「えぇっ⁉️」
「いや、もう今回は逃げるしかありませんよ?」
そうだろうね。まぁ、もう逃げられないんだけどね。ここで何を言っても無駄なんですよねぇ。
ビーンが私を見ながら、いい事を思いついたとばかりに嬉々として語り出す。
「確かこいつここの領主の娘だったよな?」
「え? えぇそうですね。確かそうだったと記憶してます」
「だったら身代金要求出来るんじゃね?」
確かに。今の私は誘拐されてる状況じゃないか! ちょっとまずいなと思って焦ってしまった。
「!~~~~~!!!~~~~!!」
声にならない声を出す。勿論口を塞がれているので止めとけ! なんて伝わらない。
それを勘違いしたのか、ビーンが気下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。
「お? 今更になってどんな状況か理解したのか? ははっ。所詮ガキのお前じゃ大人の男にゃ敵わねぇんだよ。………そうだなぁ。ここは今まで受けた仇を返してやるとすんよ。まぁ、身代金要求するにしても、綺麗なまま返す必要ねぇからな」
悪寒が走るってこういう事を言うんだな。って動けない。逃げたいけど動けない。
「おうおう、さっきの話聞いて逃げようとしたって無駄だぜ。ひひっ。てめぇには散々やられたからな。少し痛い思いしてもらうだけだぜ。ひひひっ……」
ビーンは卑しい顔と手つきで、スカートを捲りあげる。
捲りあげたビーンの目が点になる。
そこには少し膨らみのある下着が見えた。
動揺しながらも、勘違いの可能性を加味して私の下着を下げるが、足も縛られているためほとんど下げられなかったが、どうやら頭には見えてしまったらしい。
「ちょっ、頭。それはまずいですぜ…」
「いくらなんでも子供相手に欲情は…………。頭? どうかしましたか?」
捲り上げたスカートの中身を見て、ビーンの目が点になっている。
「あ…、あぁ…。あああああああああああああっ!!!!!」
いきなり激昂し発狂する変態男。
街でパトロールしてる人みたいに、くの字に折れたり、頭を激しく振りながら回ったりしながら絶叫している。
デスメタルのオーディエンスかな?
せめて捲ったスカートを戻してくれませんかね。スースーして肌寒いんですが…。
「ちょ、ちょっと頭どうしたんですか?」
「そうですよ。いくら初めてだからって子供のを見ただけでそんなに動揺するくらい衝撃だったんですか?」
いきなりの変貌に戸惑う手下二人。
「んな訳あるかボケェ!」
ズレたツッコミをしている方の腹を蹴飛ばす童貞(仮)
「チクショウめぇ! まんまと食わせられたぜ。こいつぁ領主の娘じゃねぇ! あのクソ王子の護衛だ!」
いえいえ、こんなんでも領主の娘……息子です。
「え? どこからどう見ても女ですぜ? ガキですが……」
「こいつの趣味か王子の趣味か知らんがな、こいつぁ男だ。ウマイ事化けたもんだぜ。なぁ?」
まぁ、私の趣味なんだけど。二つの意味で言えません。
「クッソォ……。てこたぁ、領主にも身代金請求出来ねぇじゃねぇか。クソ! どうしてくれんだ! どこの世界に護衛に金払う貴族が居るってんだ!」
まぁ、その考えでいったらそうでしょうね。
相当頭にきたのか、近くにあった箱や椅子を蹴飛ばしていた。
しばらくして、少し落ち着いたのか、ドカッと椅子に座る。
これからどうするのか考えているようで、物凄い勢いで貧乏ゆすりをしている。
しかし、いい考えが思い浮かばなかったのか、頭を掻き毟り叫ぶ。
「ああああぁっ! もう! どうしたもこうしたもあるか! クソッ! どこまで俺をコケにすりゃ気がすむんだ! お前は!あぁっ?」
睨んできた視線が私の目と合う。血走った獣のような目だ。
これはヤバイ。
いきなり私の前に立ち、徐ろに右の拳を振り上げた。
嘘でしょ? 子供相手に殴る? あぁ、でもこの世界ならそうなんだろうか。
今まさに振り下ろされようとしたその瞬間―――――
入り口の扉が物凄い音を立てながら木っ端微塵に吹き飛ばされた。
その衝撃は凄まじく、圧のある風が一気に押し寄せてきた。
それと同時に呑気ながらも凛とした声がこだました。
「またせたわねクリス! お姉ちゃんが助けに来たわよ!」
「何一人で来たみたいに言ってるんです? 僕もいますよ」
「そうですよ。まったく。あ、クリス様ーーー。メアリーが助けに来ましたよー」
なんとも間の抜けた登場の仕方だなと思った。でも、一番頼り甲斐のある登場の仕方だとも思った。
そして、数秒の後に待機していたメイドさん達が音もなく降下してきて、賊を包囲する。
それにしてもあの重力に逆らったスカートは一体どうなってるんですかね?金属でも繊維に織り込んでるんですかね?
ビーンは拳を振りかぶったまま、辺りを見渡した。
「は、はは……」
乾いた笑いをするので精一杯だったようだ。
「はい、じゃあおとなしく投降してもらおうかしら?」
一歩づつ近づきながら命令するお姉様。
未だ、固まった状態で脂汗を流しながら視線を彷徨わせるビーン。どうにかして逃げようとしているのだろうか?
しかし、間一髪で助かっ―――――
「は、はは…。はぁっ…」
いきなり視界が右に横揺れした。一瞬何が起こったのか分からなかった。
殴られたんだと気付いた時には椅子ごと倒れ始めた時だった。
大人の。しかも荒くれの男の一撃だ。すごい効く。
ヤバイ。意識が朦朧としてきた。頭や鼻の中の方から生ぬるいものが垂れてくる感覚があった。フラフラと頭が揺れている感覚がある。
その時両側にまたも圧のある風が吹いた。
「何してんだお前ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
恐らく木刀のようなものでビーンを吹き飛ばしたのだろう。先ほどまでビーンがいたところにはお姉様が突きのポーズで立っていた。
そして私は地面に倒れることなく、メアリーに抱きかかえられていた。私を縛っていたはずのロープも椅子も散り散りになっていた。勿論、下着も上まで上げられていて、スカートも足首まで降りている。
「お前だけは許さん! 死をもって償わせてやる」
底冷えするような重低音を伴った声でそう告げるお姉様。こんな怒ったお姉様見たことない。流石に恐怖心を覚えるわ。
「ダメだよサマンサ。殺しちゃったら聞き出せない」
「止めないでお兄様。やられたらやり返す。倍返しだ! ってクリスが書いた本にもあったじゃない。それをやるだけよ」
「気持ちは分かるけど、ダメ」
怒りに任せたお姉様の木刀を片手で掴んで止めるお兄様。もしかしてお兄様って以外と力持ちなのかしら? こんな時にそんなどうでもいいことを考えてしまった。
辺りを見渡すと、手下の二人は勝てないと思ったのか、無抵抗で諦めたらしい。項垂れながら、拘束されている。
ビーンは先ほどの一撃で顔がバナナのようになっていた。これからはバナナと呼んでやろう。首から下はロープでぐるぐる巻きにされていた。締め付けがきついのか、顔が少し紫色になっている気がした。
こうして荒々しくも賊の捕縛作戦は終わったのだった。