35 アーサー
「ねぇ…そんな所に隠れてないで出てきたらどうですか?」
「いやぁ…。バレてましたか」
照れながら出てきたのはアーサーだった。
「あら。アーサーじゃないの」
「はい。アーサーでぇす。あなたの敬虔なる僕アーサーでぇす」
こんなにしゃべり方ウザかったかしら?
『朝です』って聞こえるわ。まぁ、それは置いといて……。
「ふっふっふ…。見ましたよ、女神様」
「あぁ…さっきの?」
「えぇ…。見ましたとも。あの女神様の華麗なる御技をっ!」
目を閉じ、思い出すかのようにうっとりとした表情で語りだすアーサー。別にそんな大したことやってないんだけどな。
それよりも、こんな所にアーサーがいるということは…。
「ねぇ…、城壁のところの雪溜まりで何か作ったでしょ?」
「えぇ。作りましたとも。先日ここへ来た時に大量の雪がありましたので、これで女神様を作ったら神々しさがあるのではないかと思いまして」
余計なことを……。
「もしかして、既にご覧になられましたか?」
「いやぁ…見てないかなぁ(大嘘)」
「そうですか……。出来ましたら一番に観ていただきたいです」
「あー…うん。機会があったらね」
今日のは念入りに雪玉ぶつけて壊しておいたけど、どこまで残ってたかしら?
壊す度に増えるんだもの。呪いかと思ったわ。
「そういえば、どうして女神様はそのような格好を?」
なんと答えたものか…。
「うーん。社会勉強?」
「流石は女神様。下々の方々の生活を勉強とは恐れ入ります」
もう何言ってもポジティブにしか捉えないから、適当に言っても問題ないわね。
……よし。話しながら絨毯に染み込んだ水はある程度取れたから、あとは乾いた雑巾とか持ってこないとね。
「じゃ、私やることあるから」
そう言って立ち上がると、徐に私の前に来て匂いを嗅ぎ始めた。やだぁ…。
「スンスン…」
「ちょ…、何やってんのよ」
驚き後ろに飛び退く。
「ふむ…。女神様何か変わられましたか?」
「えぇ…」
困惑して言い淀んでいると、虚空を見上げ何かを手繰るような仕草をする。
「その何というか、今まであった雄の芳しい匂いが消えて、雌の誘うような匂いが満ち満ちているというか…」
なんて失礼な。クリスさんは生えてる時もずっと女の子の香りですよ!
まったくもう。相手にしてられないわ。
そう思い黙ったまま水場に行き、その途中で備品倉庫から必要な道具を取って、先ほどの場所へ戻ってきたのだが…。
「ねぇ、何で付いてきているの?」
「女神様の行くところ全て付いていくのが信徒の定めですので」
「ふーん……。ねぇ、ずっと手に持ってるそれ何?」
「あ、これですか? これは雪像を彫る彫刻刀や木槌です」
アーサーが一瞬たじろいたのを見逃さなかったわよ。
「ねぇ、もしかしてだけど、迷子なの?」
「そ…そそそそ………そんな事あるわけないじゃないですか。女神様に付いて歩く。それが私の使命ですので」
「それどこからか借りて、場所が分からなくなったんでしょ?」
「……………さ…流石女神様。全てはお見通しってやつですね…」
いや、見れば分かるし。もう既に焦って顔色悪くなってるもの。
「はぁ…。後で外まで連れて行ってあげるから、ちょっと待っててね。ここを先にやらないとシミになっちゃうから」
私の中の綺麗好きがほっておけないのよ。
「いえいえ。女神様が待てというのであれば、私いつまでも待ちますとも」
そういってアーサーは四つん這いになった。
「何してるの?」
「ささっ…、女神様私の背中にそのバケツを乗せてください」
「……………」
とりあえず無視して、掃除を始める。アーサーはずっと四つん這いのままだ。
アーサーの言う信徒と他の人が思う信徒に乖離がある気がするの。
アーサーはお父様行きつけのお店に連れて行ってもらったらいいんじゃないかな?
「あぁっ…。放置とは中々高度な事をしますね」
「ごめん。ちょっと黙っててもらえる?」
「はいっ!」
流石にちょっと気持ち悪くなってきたわ。
無心でかれこれ十数分程やっただろうか。
「うん。綺麗になったわね」
汚れる前より綺麗になっている気がするけど、綺麗なら別にいいよね。
「おぉ…なんということでしょう。女神様の手にかかれば荒んだお城もこんなピカピカに…」
流石にそこまで言ったら失礼だと思うの。
「じゃあ終わったから出口まで案内するわ」
「女神様との楽しい時間も過ぎるのが早いですね。とても名残惜しいです」
「あっそう…」
そのまま特に会話もせずに出口まで向かった。
まぁ、アーサーが一方的に私を賛美する事しか言わないから、生返事すら億劫だったわ。
「じゃあ、ここから行けば外に出られるわ」
「ありがとうございます。雪像が完成しましたら招待しますね」
王城の敷地に勝手にそんなの作ってよく怒られなかったわよね。
まぁ、殆ど原型を留めてないからお咎めもないとは思うんだけど…。
振り返らずに掃除場所へ戻る途中で、城門の方からまたぞろ大きな悲鳴が聞こえたきがするけど、きっと気のせいよね。
「すいませんー。遅くなりましたー」
「おー、クリスにしては遅かったなー。道に迷ったのか?」
「まぁ、そんなところです」




