29 中庭にて
「あらあらまぁまぁ。随分と見違えちゃったじゃないの」
リニューアルした中庭に王妃ことエテルナとお付きのメイドのサヴァが訪れた。
「とっても素敵よ」
「ありがとうございます。ですが、僕一人ではここまで出来ません。優秀な助っ人の方々のお陰で出来ました」
とても綺麗な礼をして謙遜するタロン。
「あら、そうなのね」
「えぇ…。それに僕に色目を使わない女性は久しぶりでした」
「まぁ、タロンはモテるものね」
「僕は女性には興味は無いんですがね」
「勿体無い……ねぇ、侍従に戻る気は無いの? マックスもセオドアもルドルフもみんなあなたの帰りを待ってるわよ?」
覗き込むようにタロンに話しかけるエテルナ。
「いやぁ…僕は土いじりしている方が性に合うので…」
目をそらし、庭の遠くの方を見つめるタロン。
「あなたに嫌がらせをしていた官僚と侍従長だけど、この前の副団長の件で左遷になったから安心していいわよ?」
「はは…。お気遣いありがとうございます。ですが、今のままでいいですよ」
肩の力を抜いて苦笑いで返すタロンに詰め寄るエテルナ。
「だって、家も継げないのに。このままでいいの? 給料も安いでしょに」
「いえ、これが僕の天職だと思いますし、こっちのがいろいろと動けますので」
「まぁ、そういうなら仕方ないわね」
腕組み嘆息し納得する素振りを見せる。
「えぇ。妹も最近、どこかの教会の司祭だかになると言ってましたし、これでうちの後継者争いから解放されます」
「優秀な二人が抜けるなんてね…。じゃあ残りの三人で争うの? あの三人で?」
「そこまでは知りませんよ。でもまぁ、そうなるでしょうけど父としてはそうせざる得ないと思いますよ」
各家にはそれぞれ事情があるのだと諦めた顔をして、またどこか遠くを眺める。
「では、僕はまだ片付けがありますのでごゆっくりどうぞ」
再びエテルナに向き合い、貴族特有のお辞儀を取って立ち去っていった。
「せわしないわねぇ」
中庭にはエテルナとサヴァの二人だけになった。
暫く二人で庭を散策し堪能したエテルナは、中央に設置された椅子に座り、改めて辺りを見回す。
「昔のうちの庭に似ているわ」
「そうなんですかー?」
「えぇ。凄く懐かしい気持ちになるわ」
「それは良かったですねー」と言いながら、紅茶をテーブルに置く。
久しぶりの散歩でアフタヌーンティーを楽しむエテルナ。
久しく歩いていなかったせいか、少し余分な肉がついた気がしてお腹周りをさすって、その事実に顔を顰めた。
サヴァがニヤニヤとこっちを見ていたため、嫌な気分になったエテルナは、話題を変えるべく気になっていた事をサヴァへ尋ねた。
「そういえば、頼んでいた手紙届けたのよね?」
「届けましたよ」
「じゃあ何でクリスちゃんは来ないのかしら?」
「ちょっと分からないですねー」
「あなた、ちゃんとやってるの?」
サヴァの方へ怪訝な表情で向きなおる。
「やってますよ。一回目の時はレイチェル様に手渡ししました」
「あぁ、そういえばあなたもイベントに通ってるのよね」
「はい。それでー、『却下』とニコニコしながらその場で破り捨てられましたので……」
「ちょ、ちょっと待って。え…王家の封蝋してあったのよね?」
「してありましたよ。でも、中身を読んで破り捨てられました」
「レイチェル……」
短く呻いて目を細めるエテルナ。
「なので、二回目以降は当主のジェームズ様へ送付したんですが、音沙汰がなかったので、先月末に『最後通告』をしたんですよねぇ…」
「何かトラブルがあったんじゃないの?」
「さぁ、どうですかねー」
あんまり対応する気がないサヴァ。こんな時、シグマがいてくれたら話が早かったのにと悔やむエテルナ。
「じゃあ今から迎えに行ってちょうだい」
「え…今から?」
まさかこの寒空の下、一人放り出されるのだけは嫌だと思い何とか言い訳を考え始めるサヴァ。
「そうよ。お願いした事が達成されてないんだもの。最後まで見届けるのが筋ってもんでしょうよ」
「えぇ…だって雪めちゃくちゃ降りそうですよ?」
「その前に行けばいいじゃない」
「そんな無茶苦茶なぁ…」
「大丈夫よ。優秀な侍女はいっぱいいるもの」
「私は優秀じゃないですか?」
「もっと優秀よ」
その言葉にどう反応していいのか分からず諦めた顔になるサヴァはため息をついて腰に手を当てた。
「…はぁ。分かりました。行ってきますよ。でもちゃんと手当下さいね?」
「分かったわ。今まで手を抜いていた分と差し引きで支給してあげる。現時点でマイナスだけど、いいかしら?」
「鬼! 悪魔! 王妃!」
「あははは。昔さんざん言われたから慣れてるわ。あと、王妃は罵倒にはならないわよ。もう少し語彙力を身につけなさい」
そう言って分厚い辞書を餞別代わりに手渡した。
「道中暇でしょう?」
「帰ったらこれで一発やってもいいですか?」
「出来るものなら」
「くっ…」と悔しそうな顔で走って出て行ったサヴァ。
実際にやられても余裕で躱し、反撃できるとエテルナは自負している。
「本当に揶揄いがいのあるいい子が入ったわね。シグマだと逆に返り討ちにされちゃうもの」
「まったく。いつまでもそんな事をしているといつか痛い目に遭うよ」
声のする方へエテルナが振り返ると、真っ赤なフリルの多いドレスを着た高齢の女性が近づいてきた。
「あら、グレート総帥」
「だから、もう引退したんだよ。今は孫が大好きなただのグレートさね」
そう言ってエテルナの対面に座り、勝手にカップにお茶を注ぎ口をつける。
「それにしても随分といい感じになったじゃないか」
辺りを見回し、大胆不敵を絵に描いたような笑顔をするグレート。
「えぇ。うちの庭師は優秀ですから」
「それはいい事だ。だが以前とは全然趣が違うね?」
「何でも優秀な下働きがいたそうですよ」
その下働きの情報はまだエテルナには入っていないため、どんな人なのかは分からない。
「へぇ。うちにも欲しいくらいだねぇ」
「いっぱいいるじゃないですか」
ちょっと小馬鹿にしたような表情を向けるが、グレートは意に介さず、鼻であしらう。
「みんな木偶の坊だよ」
「まぁひどい」
「あんたほどじゃないさね」
「ふふふ……」
「はっはっは……」
笑いながらお茶を啜る二人。
「でもまぁ、以前の庭よりこっちのが好きですよ。台無しにしてくれた方々にはお礼を言いたいくらい」
「ははっ。あいつらには喜んでいたと言っておくよ」
「えぇ。よろしくお願いしますわ」
皮肉に皮肉で返す。この二人でなければそれは多分不敬として扱われただろう。
「ところで、泣きながら侍女が走って行ったが、一体何をしたんだい?」
「あぁ…。息子の婚約者を呼ぶはずが、手違いでまだ来ないんですのよ。なので呼びに行かせました」
「レオ坊のかい?」
「えぇ」
「迎えに行ったら良かったろうに」
「いろいろ立て込んでたんで行けなかったのよ(ショーが人気すぎて忙しかったのよね)」
「そうかい。そういえばうちの孫もいろんなところに出かけているねぇ」
「そうなんですか? (よく見に来てくれるから知ってますわ)」
「雪が落ち着いたら、今度連れてってもらう約束なんだよ」
「それは困りますわ」
急に真面目な顔になり否定するエテルナに真顔で突っ込むグレート。
「なんでさ」
「いやぁ…。なんで…ですかねぇ……ははは」
グレートがジト目で引き笑いをするエテルナを見る。
「そういや、うちの孫がほの字の子がいるらしくてね」
「それは初耳ですわ(聞くとこによると年上の人らしいから大丈夫よね)」
「今度紹介してもらおうと思ってね。そしたらあんたのとこにも顔をだすよ」
そう言って立ち上がり、残りのお茶を一気に飲み干す。
「あら、もうお帰りですか?」
「そろそろ雪が降りそうだからね」
天井を軽く見上げ、ニッと笑って立ち去っていった。
「はぁ…。私も早く会いたいわ。クリスちゃん…」
両頬に手を当て、肘をつきため息を吐くエテルナ。静かな中庭でそのつぶやきに応えるものは誰もいなかった。




