22 みんな大好きからあげ
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お花屋さんからの帰り道、三人でそれぞれ食べ物を買って食べ歩きながら王城へ戻る。
私は豚まんのような蒸した饅頭を買った。多分キャベツとネギと豚肉を刻んだものがオイスターソースで絡めたもののようだ。凄く美味しい。焼きもあったけど今度はそっちを買ってみるのもいいかもしれない。
タロンさんとディンゴちゃんは何かの肉串を買って頬張っていた。香辛料の匂いが凄く食欲をそそる。胡椒以外何を使っているのかは食べてみないことには分からないわね。そういえば、以前来た時に売っていたよく分からない食べ物は見つけることが出来なかった。また食べたいとは思わないけど、名前くらいは知っておきたかった。
食べながら歩いていると、冬の夕暮れ時の寒さが和らぐ。
先に食べ終わって、手持ち無沙汰に串を持ったままのタロンさんが辺りを見回しながら呟いた。
「どおりで王都が花の都って呼ばれるわけだよ」
「花の都?」
「うん。冬でも街中が花で彩られているから、そう呼ばれているらしいよ。といってもここ最近の事なんだけれどね」
確かに。うちの領以上に街中に花が溢れているね。まるで常春のよう。
建物横の地面はもちろん、ベランダや窓枠の下にとお洒落なプランターにその家ごとにいろんなお花が寄せ植えされていた。センスのいい家からとりあえず植えてみたって感じの家といろいろあって面白い。
雪かきしして積まれた雪と花のグラデーションの対比が美しい。建物自体も地味だから余計に目立つのかもしれない。
そんな風に街を楽しみながらその日は王城へ戻り解散となった。
寮へ戻るや否や、入り口で待ち構えていたメイドさんにまたぞろ運ばれ厨房へ押し込まれた。
「クリス先生、夕飯もお願いしますっ!」
マジで?
何枚かのメイドさん達が一斉に頭を下げてお願いしてきた。
「私結構汚れてるんだけど…」
「おい! クリス先生が着替えをご所望だぞ!」
「分かったわ。すぐ持ってくるわ」
三分とかからずに持ってきた着替えに着替えさせられ、再び一斉に頭を下げられた。
「お昼みたいにぶっとぶやつお願いします!」
「「「「「「お願いしますっ!」」」」」
えぇ…なにこれぇ………。みんなメシの顔をしている。
「ごめんねぇクリスちゃん。私も美味しかったから、ついねぇ。後でいろいろ教えてもらえると助かるわぁ…」
「はぁ…いいですけど。……今日はクリームシチューつくってあるじゃないですか」
「メインとかまだなのよぉ」
なるほどね。
「そのメインって何にするんです?」
「うん。クリスちゃんの感性にお願いしようと思ってまだ手をつけてないの」
「えっ!」
なんですと。今から一から作るの? 夕食まではあと1時間ちょい。多めに見積もっても二時間弱。
さてどうするか…。クリームシチューがあるからそれにあうメインとなると洋風かなぁ……。
材料を見渡す。鶏肉があるね。
山賊みたいな同僚だから山賊焼きにしようかしら? でも、揚げ焼きにすると時間がかかるし、量を作れないわね。もう一つの山賊焼きを作るにも時間が足りないし、こっちも人数分作るのは難しいわね。
それにあるのは胸肉だし。どっちも不可ね。
となったらもう唐揚げかフライドチキンかしら?
うーーーーーーーーーーん……………。悩む。
鶏肉自体もそこまで多くあるわけじゃないから、キャベツでかさ増しして、上にマヨネーズかけておけばサラダの替わりにもなるし一石二鳥ね。
ということでパパッとやっていきましょうか。
先にキャベツを千切りしておく。この人数分のキャベツの千切りともなると重労働だわ。
そういえばマヨネーズってあるのかしら? なかったら作らないといけないのだけど…。
「ねぇエタさんマヨネーズあります?」
「あるわよぉ。これよね?」
でっか。業務用かな? うちの領で作っているやつだけど、こんな大きいサイズも作っているのね。知らなかったわ。
でも助かるわ。マヨネーズを下味に使うとジューシーになるからね。
なんだかんだオパールレインやアンバーレイクの食べ物や調味料とかが王都にも入ってきているのか、作りたい料理が作れるのでストレスがなくていいね。ちゃんと和食の調味料もあるし。
醤油がなかったらどうしようかと思ってたわ。でも、ここで醤油って殆ど。いや全くと言っていいほど使われて無かったのね。封は開いてるけど、一ミリくらいしか減ってない。
味見程度にしか使ってないのかな? まぁ、ただ舐めたらしょっぱいだけだものね。なかなか使いづらいわよね。
そんな醤油をガンガン使っていくわ。
あら、料理酒まであるわね。でも流石に日本酒はないか。隠れて飲もうと思ったんだけどな。
一口大の大きさに削ぎ切りしていく。繊維を断つことによって柔らかくなるから、私はこっちの切り方が好きなんだけど、食感を残したほうがいいのかな?
うーん。今日は時間がないから全部これでいきましょ。
余分な脂とかを取り除いて一口大に切ってボウルに入れていく。
そこに醤油と酒とすりおろした生姜とニンニク。そして少しのマヨネーズを入れて混ぜる。これが一番シンプルで簡単よね。あとは少し漬け込んいる間に包丁とかを洗って……。
横で見ていたであろうエタさんと、厨房を覗き込んでいたメイドさん達が呆然と見ていた。
「あの…何か?」
「クリスちゃん手際凄くいいのね。お昼の時もそうだけど、びっくりしたわ」
「でもまだ準備段階なので」
「いやそれでもよ…」
覗き込んでいたメイドさん達を見ると、ブンブン首を振った。
えぇ…、こんなの普通でしょうに…。
その後、入れた黒い液体はなんだとか説明をしていたら、大体十五分くらいたっていたので、余分な水分を捨てて片栗粉をまぶしていく。
先にまぶして馴染ませることによって、衣がカリカリサクサクになるからね。
しっとりさせるなら薄力粉使ってもいいんだけど、薄力粉使うと油が汚れやすいのよね。後半油がヘタって揚がりにくくなるし。
ということで、揚げていきましょうか。油があったまる頃には衣が馴染むでしょう。
それにしても、コンロまであるのだから驚きよね。便利だからいいけどさ。
菜箸を入れて気泡を確認する。もう入れて大丈夫ね。
入れると、ジュワ~という音が厨房に響き渡り、ニンニクと醤油の香ばしい香りが広がる。
それを見ていたメイドさん達の生唾を飲む音が聞こえた。
五分くらい揚げてバットに取り出す。
「な、なぁ…それ出来たのか? 味見していいか?」
真っ先に厨房に入り込んだサガさんが触れるか触れないかの状態で聞いてくる。
「あっ! ずるいわよサガ」「そうよ。勝手に食べちゃダメよ」「あんたも食べるなら私にも頂戴!」「私も一個欲しいわぁ」
「いやあの…二度揚げするんで、それまだ少し中生だと思いますよ」
「え?」
「余熱で火を通すんで……」
「あっ…そうなの……」
しょんぼりして厨房の外に出て行ったサガさんと、『ざまぁ』と他のメイドさん達が言いまくっている。まぁ、これをみんなで味見したら夕食分無くなるわよ?
そんな感じで、味見しようと入ってくる人をエタさんが撃退しながら、からあげは完成した。
大量のキャベツの横に添えて、各テーブルに置いていく。
パンとクリームシチューと小皿を配り食事の準備が整った。
「「「「「「「「「「いただきます!!!」」」」」」」」」」
こっちの世界でもみんな『いただきます』を言うのはゲームの影響なのかな?
「うっま!」
「おいしっ!」
両隣のサガさんとウィラさんがほぼ同時に感嘆の声を漏らした。
他の場所からもほぼ同時多発的に感激の声が聞こえた。
「おいしいっ!」「熱いけど、いくらでもいけちゃう」「お酒がいくらあっても足りないっ!」「なんてものを……なんてものを作ったんや」「私一生これでいいわ」「おい、この白いのつけると飛ぶぞ?」「おいおい…そんなわけが…マジだ」「ただのキャベツがこんなに合うなんて…」「もうない…」
いやぁ作ってよかったわ。こんなに喜んでくれるなんて。異世界に転生してからあげ作ると必ずこうなるわよね。見れてよかったわ。
「なぁ、クリス。これを一生私のために作ってくれないか?」
「そんなプロポーズみたいな」
「いや、マジで。プロポーズ」
「もう酔ってるんですか?」
「酔ってない」
真っ赤な顔は酔っているのか、からあげが熱いのかわからないな。でも、横に置いてあるお酒の瓶は半分以上減ってるから前者かな?
「ははは。そんなに飲んで酔ってないはないわよねぇクリス」
「そうですね」
「それよりも食べてる? 全然進んでないじゃない」
「いやぁ、自分で揚げ物揚げると食欲無くなるんですよね」
「じゃあ仕方ないな。クリスの分も食べてあげるわ」
「あっ! こらウィラ。それは私のだぞ!」
「あんたはいっぱい食べたでしょ」
そんな感じでいつも以上に盛り上がっていた。ボソッと私が変なことを言うまでは。
「他にもいろんな味付けありますし、上に色々かけても美味しいですよね」
「それはとても興味深いわね。明日作ってくれるの?」
「いや…材料が無いんで……。あ、材料で思い出しましたけど、今回は胸肉で作ったんですけど、もも肉とか、骨つき肉で作るともっとジューシーですよ」
その瞬間食堂全体がシーン……と、静かになったのだった。




