19 メイドは時間外でも忙しいらしい
そんなことを考えながら、寮に戻ると、丁度昼食の準備をしている頃だった。
「あらぁクリスちゃん。今日はもう仕事終わりなのぉ?」
寮監のエタさんが、厨房から顔だけを覗かせて聞いてきた。
「終わりというか、やる事がなくなってしまって…」
「そうなのぉ。大変ねぇ…」
「いえ……。ところで何か手伝う事ありますか?」
「え? いいの?」
「はい。あ、でも私汚れてるんで…」
「じゃあ、先にお風呂入ってきちゃっていいわよ」
「え? お風呂あるんですか?」
「代わりに掃除して入れてくれたら、先に入っていいわよぉ」
まぁそうだよね。そんな気前よく準備してあるわけないもんね。
「お昼までまだ全然時間あるから、その後に手伝ってね」
「はい」
王城の下級メイドが入るお風呂だもの。小さいワケがないのよね。
昨日を除いて毎晩入ってるお風呂なんだけど、大人数が入れるくらい広い。つまり、この広さを私一人で掃除するわけか…。
でもまぁ、クリスさんにかかればこんなのちょちょいのちょいよ。
うちでもたまにやるし、早くお風呂に入りたいというのもあって、二十分くらいで掃除を完了し、今はお湯を入れている最中だ。あと十分、十五分くらいで溜まるだろう。
しかし我ながらいい仕事をしたわね。天井の水滴は綺麗に拭き取ったし、壁や床のの黒ずみも消し去った。洗面器や椅子なども新品とまではいかないけれど、ピカピカに光っている。曇ってよく見えない鏡は心まで見透かしそうなくらい綺麗になっている。
本当は排水溝までやりたいんだけど、そこまでは時間が無いので、それは後日に回して、お風呂が溜まるまでの間に体と頭を洗っちゃいましょう。
「あぁ~。生きかえるぅ~」
お風呂に髪の毛が入らないよう、髪の毛をアップでまとめ顎の下ギリギリまで湯船に浸かる。
相変わらず、北風が寒い。そんな時にお風呂に入ると、体が冷えてるから、肌がヒリヒリするような感じがするけど、今日は何故かそれが無い。あれかな? 朝めちゃくちゃ体動かしたからかな?
「あっ…」
今更だけど、私がここのお風呂入ってていいのかしら? 今はどっかの駄女神のせいで、体は女の子だけど、中身は枯れたおっさんよ?
でもまぁ、今更よね。考えても仕方ないし。
正直、他人の身体見ても感慨も何も無いのよね。きっおメアリーで耐性ができたのね。
それにもう何回も他のメイドさん達と入ってるし、その度に「クリスは、全然大きくならないな」と、言われる。あっちは無駄に大きいんだけど、そんなの見せる訳にもいかないわね。見せたら見せたで、トラブルになるのは分かってるし。
変なタイミングで戻らなければいいのよ。
まぁ、戻ってしまってから考えればいいのよ。それに今はそんな事で頭疲れさせたくないしね。久しぶりにゆっくりできるんだから、ゆっくり浸かりましょ。
「はふぅ……」
久しぶりにゆっくりお風呂に入れて最高だわ。このまま寝てしまいそうになるけど、流石にそこまで入っているわけにもいかない。
名残惜しいけど、気合を入れて湯船から上がる。急いで脱衣所まで行かないと、その間に湯冷めしてしまうのよね。二の腕のあたりが冷たいなと思ってずっと入ってると、中々出るタイミングが掴めなくて、結局お湯が冷めるまで入ってるなんて事よくあるわよね。
なんとか体が温かいうちに着替えを済ませ、エタさんの元へ戻る。
「あらぁ、早かったのねぇ。もっとゆっくりでも良かったのに。もしかしてお風呂嫌いなほう?」
「いえ、昼食の準備があるので…」
「あっ…そうだったわねぇ。じゃあお手伝いいいかしら」
「はい。何からやりますか?」
「じゃあ、お野菜の皮むきいいかしら?」
「はい………はい?」
なんて量だ。まぁ、あの人数だものね。野菜だけでもすごい量になるわよね。でも、この城全体で考えたら、一日でどれくらいの量を消費するんだろうか?
まぁ、これもうちでよくやっているからすぐ終わるわ。
「終わりました」
「あら、ありがとう……………えっ? 終わった?」
「はい」
「この量を………。あら、ホントだわ、しかもこんな綺麗に……」
包丁を持ったまま、目を丸くして固まるエタさん。
「そ、そう。早いのね。何かやってた?」
「えぇ。うちでは結構料理してましたので」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、いろいろ任せちゃってもいいかしら?」
「いいですよ。ちなみに今日のメニューは何ですか?」
「ミネストローネとチーズクリームペンネ。あとサラダね」
「それにしては、野菜の量多くないですか?」
「夕食はクリームシチューだからね」
「なるほど…。一緒に作っちゃうんですね」
「そういうこと」
それにしてもこの量を毎回一人で凄いな。
「いつもこの量を一人で?」
「いやぁ…。あと二人いるんだけど、ちょっと所用でいないのよね。でもクリスちゃんが手伝ってくれて助かるわぁ」
そうだよね。この量を一人で……一人で出来るかな? 量が少なければ出来るけど、多いと重労働だしね。給食作ってるみたい。
「じゃあ、ミネストローネとクリームシチューはこっちでやりますよ?」
「え? 大変じゃない?」
「大丈夫です。両方鍋で作るんで。それに、時短で作る方法があるんですよ」
「じゃ、じゃあ任せるけど、大変だったら言ってね」
そうして、残りの食材の下ごしらえを済ませ調理を開始した。
「嘘でしょ? もう終わったの」
「はい。味見をどうぞ」
「うっま」
いつものおっとりした言い方ではなく、漏れ出た感じで感嘆する。
「ねぇ、どうやってこの短時間で作ったの? それに物凄く美味しいわ。食材に味は染み込んでるし、深く奥行き深い味わい…。もしかして、プロ?」
「いえいえ、普段からやってるだけなので…。ちょっと手抜きというか、コツがありまして………」
そうして料理を作り終えた頃には、食堂にお腹を空かせたメイドさん達が集まっていた。
「なんか、クリスのメイド服姿久しぶりだな」
「そうだな。肉体労働してた割にひょろひょろじゃないか」
何故か初日から気に入られた先輩メイドのサガさんとウィラさん。
一週間そこいらで筋肉が付くわけないでしょに。まぁ、一月もあれば私ももう少し付くとは思うのだけどね。
……そろそろ二の腕モミモミするのやめてもらってもいいですかね?
「しかし、今日はクリスがお昼を作ったのか」
「大丈夫なんでしょうね?」
あ、これ信じてないやつですね。
「そんなこと言うならいいですよ食べなくても。私が代わりに食べます」
「いやいや。そんな事言ってないだろ? てか、二人分も食えないだろ?」
「まぁ、そうですけど…」
私の事よくご存知で。確かに食べられませんよ。というか、常々思ってたんだけど、私の周りの人が異常に食べるだけだと思うのよ。私はちゃんと一人前を食べているわ。
「うっま」
そんなやり取りをウィラさんとやっていたら、いつの間にか食べていたサガさん。
「本当に?」
「何だウィラ食わないのか? 代わりに食ってやろう」
「食べないなんて言ってないでしょ…………うんま……。え、何これ。ホントに美味しいわね」
「な。 これ食ったら今までのじゃ満足できないぜ」
「本当ね。てっきりクリスは料理出来ないと思っていたのだけど…」
どうしてそう思ったのかは謎だけど、喜んでもらえてよかったわ。食堂内の他の所でも絶賛の嵐だ。
「今度からクリスが飯作ってくれよ」
「そうだな。毎日私の為にスープを作ってくれ」
何でそんなプロポーズみたいな事を…。まぁ、喜んでくれるのはいいんだけどね。
「でも、担当がいるじゃないですか」
「あぁ、あれな。交代制だから」
だよね。寮内の掃除とかも当番表あったものね。エタさん一人じゃ大変よね。
「じゃあ、私が話つけといてやるよ」
いやそんな勝手に決められても。まぁ料理するのは好きだからいいけどさ。
「悪いが、それは出来ないな」
「あぁ? ……あっ…メイド長……」
サガさんが睨みつけるように振り返ると、私の正面に座っていたのはメイド長のペルダナさんだった。声でわからないのかな?
そんなメイド長のペルダナさんは、普段から無表情に近い顔をしているのに、ほんのりと笑みが見える。
「確かに美味しいです。正直、毎日三食食べたいです」
「だったらいいじゃねえか」
「そうもいかないんです」
「どうしたんだよ。何が問題なんだ?」
サガさんもウィラさんもいつの間にか食べ終わったトレーを横にずらし、両腕を机に乗せ、前かがみになる。
「実は、園芸担当からも誰か回してくれないかという話しになりまして、ここに来る前に快諾してしまいまして…」
「じゃあ、そっち優先だよ…な……」
がっくりして背もたれに凭れかかる二人。
「なので、クリスさん。今日この後、時間があれば早速行ってもらいたいんですよ」
「私は大丈夫ですけど」
「申し訳ないです。メイドの仕事ではないんですけどね。この時期になると、どこも病気で休みがちになって、人員の割り当てが大変なんですよ」
申し訳なさそうにしてるけど、仕方ないよね。それに今の私は下級メイドなのだし。上からの命令は絶対だしね。
……………本当にこれ王妃教育なのよね? それぞれミッションをクリアしていくって感じじゃないわよね?
「それで、ディンゴさんと一緒に二人でお願いします」
「おいおい二人も抜いちゃって大丈夫なのか?」
「三日で仕上げて欲しいと上から言われまして。人員的にも日数的にもギリギリですがよろしくお願いします」
軽く頭を下げるメイド長。そこまで言われたらやるしかないよね。
でも一体何をやるんだろう? 園芸課って事は、土いじりよね。私お風呂入ったばっかりなんだけど…。




