28 サマンサはクリス救出に動き出す
* * *
「やられたわ」
まさか、クリスごと盗んでいくなんて許せない。
このままではクリスのファーストキスどころか後ろの純潔が危ない。
人の多さが逆に仇になってしまった。こんだけ人がいるなら諦めるとタカをくくっていたのが失敗だった。
流石にこの大勢の人の前で行動するわけにもいかず、離れて待機していたメイド達に後を追わせる事しか出来なかった。
「私はこの後、メイド達と合流するから、貴方達はお父様に連絡と、憲兵隊使っていいからあの王子様守っといて」
てっきりあの男自ら陽動して、その隙にボンクラ王子を拐うものだと思っていたのだけれど、杞憂だったみたいね。 陽動は~するという形の動詞にはならないような
もしかしたら、もう他の奴らは逃げてしまったのかもしれない。あの男はお金目当てみたいだし、こうして簡単にホイホイ姿現してくれたのはいいのだけれど、逃がしてしまうとは……。
チラッと地面を見ると、あんなに欲していたはずの賞金の入った袋が落ちていた。
もし、お金を持っていないと知ったら、あの短絡的な男は何をするか分からない。
急いで見つけて捕まえないといけない。とりあえず、逃げた方向へ向かう。
大勢の聴衆は混乱からか騒めいているけれど、役立たずな憲兵隊に代わって、我が家の使用人が上手く誘導して押さえ込んでいる。今なら私が居なくなっても気づかれないでしょう。
会場を少し離れると、人の数も減ってきて歩きやすい。
そこで私はあるものに気づいた。地面に等間隔に落ちているトランプに。
流石クリスね。これは簡単に目的地に着くことができるわね。
五分もかからずに目的地と思しきところへ到着した。
あるお店の前でトランプは途切れている。何より店の前と建物の屋根にメイド達が立っている。
「状況はどうなっているの?」
「はい。一分前くらい前にここのお店の中へ入って行きました」
屋根から下りてきたメイドがそう教えてくれた。
「そう。そんなに時間は経っていないのね」
店の前に落ちている最後の一枚を拾う。私に似た絵のジョーカー。
待っててねクリス。お姉ちゃんがちゃんと助けてあげるからね。
「それにしても、ここは調べなかったの?」
「一週間前に可能性のある所は調べました。ただ、ここは以前から軒を構えていたので調査していませんでした。すみません」
「まぁ、仕方ないでしょう。他所から来た人間が人のいるところを根城になんて普通しないでしょうからね。まぁ、スパイじゃない限りは、ね…」
あの王子を狙ったことから、奴らの可能性を疑うべきだった。雑な犯行にその可能性を排除してしまっていた。これは気を引き締めないといけないわね。
「とりあえず入りましょうか」
入った瞬間に襲われる可能性を加味して慎重に開ける。まぁ、この短時間では罠を仕掛ける時間はないだろう。入って店内を見渡す。二階に人のいる気配があるが、そんなところに籠城してもすぐに捕まるだろうに。
一応、他の部屋をメイドに調べさせるが、特に何も見つからなかった。
残るはこの部屋だけか。さっきよりも慎重に開ける。
薄暗い部屋の中、三人の人影がある。明かりを灯すと、縛られて衰弱したこの店の家族と思しき人達しか居なかった。
もしかして一週間もの間こうだったのだろうか?
拘束を解き、メイドとともに介抱するが、衰弱が酷いのか口を利ける状況ではない。
「なら一体どこに行ったというの?」
外で待機していたメイドを呼び問いかけるが、この建物に入って以降誰も出ていないらしい。ならばこの建物から別の建物に移動したことになるだろう。
数人のメイドと壁を調べるが、そういった仕掛けはなかった。こうしてる間にも遠くへ逃げているのかと思うと、気が焦る。
そういえばメアリーはどこに行ったんだろうか。
「ねぇ、メアリーはどこ行ったのかしら? こういう時我先に叫んで突っ走ってるじゃない?」
「そういえば、見てませんね。この建物の前までは一緒に居たんですが……」
「サマンサ様の後すぐに入ったかと思いますが、確かにいませんね……」
入ってすぐ……。ということはメアリーは私より先に何かに気づいたってこと? 気に入らないわね。
まだ調べてないのは床くらいかしら? と思い、一階に降りると同時にカウンター裏側の床がバコンと音を立てて吹っ飛んだ。
室内が煙と埃で視界が悪くなる。
「ケホッ…ケホッ…。ちょ、何やってんのよ…」
視界が晴れるまで少し待ち、床下から半身だけ出ているメアリーを叱り付ける。
「いえ、入ってすぐに空気の流れがおかしい所があったので調べてただけですよ? 開いたら自動で閉まっちゃってびっくりしましたが…。あ、そうそう。この下に通路があって北のほうにずっと伸びてますよ」
なんでそんな隠し通路がこんなお店にあるのかしら? まぁ、それは追々調べるとして、この通路を通って逃げたということよね。
メアリーをチラッと見ると、埃と煤で薄汚れている。ちょっと入りたくないわね。
「ねぇこの通路どこまで伸びているのかしら? 誰かわかるかしら?」
「ここからちょうどまっすぐ北のほうですと、倉庫街に一つ古い空き倉庫がありますね」
「あそこは一週間前に調べた時は何もありませんでしたね。床も汚れたままでしたし…」
「ふむ。ということは、ここの通路の存在を知っていて、ここを拠点にしてたってことかしら? 逃走用に残していたってわけね。随分と用意周到な事」
所々計画的だったり、杜撰だったり。もしかして、指示をしているのは一人じゃないのかもしれないわね。
もっと手短に簡単に終わると思ったのに、こんなに煩わせられるなんて、一発ぶち込んでやらないと気が収まらないわ。
「では、私たちはその倉庫へ向かいましょうか。メアリーはどうする? その通路通っていくのかしら?」
「え? 嫌ですよ。寧ろサマンサ様に譲りますよ」
「私だって嫌よ。そんな埃っぽところ」
「でも、クリス様はここを通ったんですよね。かわいそうなクリス様」
「そんなん言うならアンタ行きなさいよ。私は正面から行きたいもの」
どっちも入りたくないとごねていたら、他のメイド達が私たちが代わりに行くと申し出てくれた。え? 別に最終的に私も行くなんて手上げないわよ。
「あの、私たちがここを通っていきますよ?」
「そうです。揉めているだけ時間の無駄です」
「どっちにしろ、この地下からの逃げ道も塞がないといけませんからね」
さて、無事に決まったことだし、敵の陣地に乗り込むとしましょうか。




