11 何もなければいいのだけれど
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それから二日後。
「俺ぁ、自分が信じらんねぜ。まさか三日でここまでやっちまうなんてよ」
効率よくなるよう、意見を交わしながらやっていったら、なんと三日で壁面の殆どを修復し終えてしまった。
穴も亀裂もどこにあったのかわからないレベルだ。
あとは、壁面の仕上げをするだけだ。
「俺ぁ、ここの仕事始めて、ここまで凄い仕事したの初めてだぜ」
「そんなことないでしょうに」
「いんや。たった三日でここまで終わることもないし、俺の知らない技法で完璧に治してしまった。まさかこんなやり方があるなんてな。この歳でも勉強する事があるなんて驚きだぜ」
「たまたま順調にいっただけですよ」
「今から親方って呼んでもいいかな? いや、呼ばせてくだせぇ」
そう言って膝に手を付き頭を下げるサミットさん。
「ちょ、やめてください。こんなのうちの方では普通ですから」
「マジか…」
頭だけを上げて目を見開き驚く。
「そうか…。どこの出身か知らねえが、これが普通なのか……。世界は広いなぁ…」
別に普通だと思うんだけどね。
「そんな事より、時間勿体無いですから、残りやっちゃいましょう」
「そ、そうだな親方。ちなみにどんな手法でやるんだ」
「その親方ってやめません?」
「いや。俺より遥かに技術も知識も上だ。敬って当然だろう。絶対に親方呼びは止めないからな」
「はぁ…」
男の人っていっつもそう。頑固なんだから。
仕方ないので、そのまま親方呼びさせたまま、仕上げに移ったのだった。
翌日。
「俺はなんか偉大な事を成し遂げたんじゃないだろうか?」
「大袈裟では?」
「いんや。よく見てみな。他の場所より綺麗だろう? どうやったってこうはならねぇ…。こりゃぁ革命だぜ」
心なしか、ここの壁だけやたら神々しく光っている気がするんだけど、きっと朝露に濡れた壁面が朝日を反射しているからでしょうね。
でもまぁ、私としてもいい仕事をしたなと誇らしい気持ちになる。
これもただの雑用扱いじゃなくて、一緒に仕事出来たからでしょうね。
そういう気持ちになっているのでサミットさんと一緒にあそこがいい。ここがいいと、茶番みたいな事をやっていると、後ろの方から大勢の人が近づいて来た。
「お! もう壁治ってんじゃん」「仕事はえーな」「もうお前壊すなよ」「もしかして簡単な仕事なんじゃね?」「あ、それあるわ」「じゃ、また壊しても大丈夫だな」「ここまで治ってりゃ、ここ使ってもいいだろ」「それな」
とんでもない事を言う奴らだな。
振り返り確認すると、簡素な胸当てと肘や膝にサポーターを付けた騎士のような人達が近づいて来ていた。
振り返る事なく、嫌そうな顔をするサミットさん。
「よーぉ。修繕課長さん。ご苦労なこって。仕事早いねー。感心感心」
笑いながら背中をバンバン叩く。感じ悪ぅ。
そんな柄の悪い騎士が私に気付くと、舐め回すように見つめる。
「へぇ…。女の新人かぁ…。なぁ、お前? この後俺と一発やらね? こんな仕事するよりよっぽど有意義だぜ」
「あっはっは。ちげぇねぇ。なら次は俺の相手してもらわねぇとな」
なんなんだこいつら。本当に騎士か? ただの輩じゃないか。
「や…やめてくれないか」
「あぁ?」
サミットさんが私の前に庇うように立つ。
「おいおい。下働きのおっさんが俺らに敵うとでもおもってんのか?」
「痛い目にあいたくなかったらどきな」
ヘラヘラした感じの輩がサミットさんに顔だけ近づけ因縁をつける。もう街のチンピラじゃないの。
「っ……、そ、それは出来ない」
「うるせぇなぁ。こっちは国のためにやってんだぞ?」
「このクソ寒いなかクソだりぃことやってんだ。愉しみがなきゃやってらんねぇだろ」
「そうだ。仕事の遅いお前らと違ってこっちは遠くて不便なところまで行かないといけないんだ。労いがあって然るべきだろう。なぁ?」
そう言って私をチラッと見る。きもちわるい。
こんな奴らに守ってもらわなくてもいいわよ、別に。
「ふざけるな。それが騎士の言うことか!」
「もういいよお前どいてろ」
ドンとサミットさんの胸を押して突き飛ばす。
「じゃあ、慰めてもらおうかな…」
「何をやっているお前らっ!!!」
そんな時、遥か後方から大きな怒声が聞こえた。
鬼の形相の団長と思しき人が走って近づいてきた。
近づくなり、騒ぎを起こしていただろう集団をそれぞれぶん殴っていった。ちょっとスカッとした。
殴られた勢いで全員が地面に尻餅をつく。
「お前ら何をやっていた!」
「な、何って、別に何もしていないです…」
「そ、そうですよ。俺らなんにもしてないですよ」
「嘘をつけ! 前もこうやって問題起こしただろうが! 何にも反省していないんだな」
「………………」
視線をずらし黙り込んでしまう。
そして団長と思しき人は腰から九十度で折れ、謝罪してきた。
「うちのバカどもが迷惑をかけた。申し訳ない」
「あ、頭上げて下さい。俺は大丈夫ですので」
「そういうわけにもいかない。こっちできっちり叱っておくので、後で改めて謝罪にお伺いする」
そう言って、尻餅をついた輩どもは、他の騎士に連れられどこかへ去っていった。
朝から随分と濃い一日だわ。
「あの、サミットさん大丈夫ですか?」
「あ、あぁ…。そんなことより守ってやれずにすまない。俺と騎士団じゃあ身分が違いすぎてな」
「いえ、団長さんっぽい人が来てなんとかなりましたし」
「あの人は団長であってるよ。でもいつもいるとは限らないから、次はすぐに逃げてくれ…」
悔しそうな顔をして頭を下げるサミットさん。悪いのはあいつらであって、サミットさんが謝るのは違う気もするんだけど…。
それより一体どこの所属の騎士団なんだろうか。
まぁ、それはおいおい知ればいいので、今は目の前の仕事を片づけちゃいましょう。
「それより、残りの仕上げやっちゃいましょう。変に時間使っちゃいましたし」
「親方は強いんだな……」
「だから親方はやめてくださいよ」
そうして、その後は騎士団がここに現れることは無かった。こってりと絞られているんだろう。これに懲りて改心してくれればいいのだけれど。
中途半端に時間を消費してしまったため、あと少し残ってしまった。
まぁ、明日には全部終わるでしょ。




