71 番外編13 アンとクライブ出禁になる①
「本当にここは楽園よねぇ…」
「そうだな…。ずっとここにいたいな」
「分かるわぁ…。一生ここを離れたくないわ…」
俺、クライブとアンはオパールレイン家に併設されている孤児院の大広間の床に寝そべり、部屋に漂う子供達の匂いを堪能していた。
もっとも、隣にいるアンのせいで、匂いが薄れ、アンの匂いが混ざるのは不本意ではあるのだが、同じ趣味を持つもの同士、そこは我慢をしている。
「すぅ〜〜〜〜〜……………………………………………………はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………………………………………」
「ちょっと、そんなに深く深呼吸したら濃度が薄くなるじゃない!」
「お前も同じことしているから今更だろ?」
「駄目よ。私の方が多く体に取り込みたいもの。不純物が混ざるのは容認できないわ」
心の狭い奴だな。俺はアンの匂いも許容しているというのに。
ここに来てからが時間の許す限りこうして床に寝そべり下から子供達を見守ってきたのだ。特に今日は昨日と同様、ヒラヒラの多いシスター服だ。普通のシスター服と違いなんて破廉恥……いや素晴らしい衣装だろうか。
口うるさいルイスとキャロルから逃れ、癒される為にここに来たのだ。
今日はいつも以上に楽しめるはずと心躍らせ、こうして床に寝そべり子供達を待っているのだが…。
「それはそうと、今日は子供達いないな」
「そうね。どうしたのかしら? お昼寝の時間かしら?」
「なるほど。では、そっちに移動した方がいいだろうな」
「そうね」
寝ているのなら仕方ない。それはそれで有意義な時間ではある。今日は子供達を上から、或いは横からそれぞれ眺めようと思って立ち上がろうとしたところで、この屋敷のメイドが五人ほど近づいてきた。
その中の一人、メガネを掛けたメイド。確かメイド長のアンジェだっただろうか? 彼女が一歩前に出る。
「クライブ様、アン様、大変恐れ入りますが、連日の奇行により子供達が大変怖がっております。今後は一切近づかないようお願い申し上げます」
なん…だと……。子供好きの俺は一体どうしたらいいんだ?
「そんなの認められないわ。私と子供達を引き離そうだなんて!」
キンキンとした声でがなるように叫ぶアン。俺も同じ気持ちだ。
「そう言われましても、現に悪影響が出ておりますので、今後も続けられるというのなら、それぞれの領主様へ詳細を報告いたします」
「待って、それは困るわ」
「そうだ。そんな強硬手段に出なくてもいいじゃないか」
なんて恐ろしい事を言うんだ。そんなことしたら俺の生きがいが失われるではないか。
「一方的すぎるわよ。せめて救済策を用意しなさいよ」
「そちらが一方的に押しかけ、子供達に危害を加えたのです。これ以上何を譲歩すればよろしいのでしょうか」
「一体何の権限があってそんな事を言うのかしら?」
そうだ、アン。もっと言ってやれ。我々の楽しみを奪う奴らには正々堂々正しさを証明してやるのだ。
「はぁ…。いいですか? ここは孤児院であり、託児所であり、子供達の学び舎でもあるのです」
「だからなんなのよ!」
「私達使用人の子供達もこちらで一緒になって遊び、学び過ごしているのです。つまりあなた方は私達の子供達にも危害を加えようとした為、こうした措置をとらざるを得ないのです」
別によくないか? 大人が勝手に決める事ではないだろう。
「最初のうちは、一緒に遊んだり、勉強を教えたりと色々お世話をしていただき、大変恐縮に思いましたが、それも最初のうちだけ………。次第にスキンシップが増え、端から見ても異常と思える奇行を繰り返してきましたよね?」
「な、何の事かしら……」
「そ、そうだ。全く身に覚えがないな。うん」
ここさえ乗り切れば素敵なパラダイスタイムは戻るんだ。
「そうですか…。仕方ありません。ザスター、シャインあれを……」
メイド長の後ろに控えていたメイド二人がそっと前に出る。
ザスターと呼ばれたメイドが小さな黒い四角い箱を取り出し、その箱の突起部分を押した。
―――――『その口に入れたスプーンで食べさせてほしいな』『おっとこぼしちゃったのかな?』『さぁここで脱ぎ脱ぎしましょうねぇー……』『うんうん。もっと上げないと見えないなぁ…』『もっとよく見せてほしいなぁ…』『隠してちゃダメじゃないか、ほら……』『はぁはぁ…。すっごく綺麗な肌してるねぇ…』―――――
アカン…。これは言い逃れできない。というか、どうして俺達の声が聞こえるんだ?
「そ、そそそそ…そんなの言いがかりだわ! いくらでも作れるわよっ!」
「そ、そうだ…そうだぞ! そんなの証拠にならない」
軽蔑に満ちた表情で俺達を見るメイド。
「では、こちらはどうです?」
今度はシャインと呼ばれたメイドが前に出た。手に持っていた平たい黒い板の上半分を持ち上げた。
そこには俺とアンがここで何をしていたのか詳細な絵が動いていた。いや、絵というより姿形そのままそっくり俺達だ。これはいったい……。
「お分りいただけましたでしょうか?」
「………………………」
「………………完敗だ……」
ただ子供達と戯れていただけだったのだが、どうやらエスカレートしていたようだ。
「……いいえまだよ…」
「何を言い出すんだ、アン……」
「だって、あんなよく分からないもので、私達を悪者にしようだなんて、バカげているわ。大体あれはなんなのよ。あんなので証明なんて出来ないわ」
「一理ある」
「そういう事だから、認められないわ」
メイド一同、より一層表情を険しくした。まぁ、気持ちは分かるが、こちらも引く気は無いんだ。分かってくれ。
「……ではこうしましょう。我々と一つ勝負をしましょう。それでこちらが負ければそれまで通り。あなた方が負ければ今後一切子供達には近づかないでください」
そんな事でいいのか。勝負の内容次第だが、王国の暗部たる俺ら二人が負ける筈がない。そうだろう?
アンも同じ考えに至ったのか不敵な笑みを浮かべ頷いた。
「いいわ。その提案乗ったわ」
「では、こちらの書類にサインと拇印をお願いします」
「用意周到だな」
「えぇ、先ほどの音声と映像でご納得頂けないだろうと思っていましたので」
「「………………」」
「では、一時間後の十五時にお迎えに上がります」
「分かったわ」
「くれぐれも子供達には近づかないようにお願いしますね?」
そう言ってメイド達は踵を返して去っていった。




