66 番外編11 年末のガールズトーク④
「正直、女装してる男ばっかりだったから、あんまり期待はしてなかったんだけど、こんなに収穫があるなんてびっくりだわ。ほら」
そう言って手渡してくれたBL本を捲ると、なんという事でしょう。モザイクがありません。露骨な表現がこれでもかと細部に渡るまで描かれていた。
まぁ、今まで出版していた本もそんな処理してなかったから今更か。
「うわぁ…」
「あらま…。すん…ごい……」
二人も鼻息荒く読んでいる。やっぱりそういうの好きなんだねぇ。
「ひとつ思ったんだけどさ…」
同人誌から顔を上げたソフィアが神妙な面持ちをする。
「こんなに本が世に出たら、クリスのとこのお店で扱いきれないんじゃない?」
「あー、そうだね。今でもパンパンだし」
「どうせなら港近くのモールに出したらいいんじゃない?」
いやぁ、そう言った本を大っぴらに販売するわけにもいかないでしょ。こんなイベントを大っぴらに開催している時点でそんな事言えないけどさ。
「別に臭いなら魚市場の近くでもいいと思うし」
仙◯のメ◯ンブックスじゃないんだぞ?
「そういえばクリスちゃんのお店で思い出したんだけど、例の写真館すごいそうね」
「あぁ、あれね」
式場に併設した写真館『スタジオクリス』って名前で営業している。あそこはウエディングドレスやタキシードなど定額で時間内なら好きなだけ着て写真撮れるってサービスを初めたのよね。
お陰様で大盛況だ。今は領内に二つ。件のモールと街中に。あと、ソフィアのところにも二つ教会と併せて建設中だ。
店によって取り扱ってる衣装を変える予定だけど、来たお客さんがみんな「女神様の着た衣装が着たいです」って言ったのにはびっくりしたわ。
「それで思い出したんだけどさ、噂で終わったはずの私に祈ると願いが叶うっての復活してるんだけど?」
「それに関しては知らないわ」
ここに来るまでに三人くらい祈られたわ。私にそんな力無いのにね。
さて、これ以上人が増えるとお店にも迷惑かもだし、頼んだものも綺麗に無くなったので、そろそろお開きといきましょうか。
イデアさんがお金が払えずに私を呼んでから大分時間が経ったわね。
窓の外を見ると、二人の腐女子と似たような人たちがぞろぞろと歩いていた。
「ついに見つけたわよ………」
そんな時、どこからか声が聞こえた。地の底から響き渡るような怨嗟の篭った声だ。
イデアさんに首を後ろから掴み、ぬぅっと現れたのは、ロベルタさんだ。
「あ…あの…苦しいんだけど?」
「じゃあ、私の胸を大きくしなさい…」
テレビから這い出てくる系女子も真っ青な目つきだ。
「そ、それは私の力では無理よ…」
「出来るまで離さない」
そういえばロベルタさん大分前からイデアさん探してたもんね。
ここは邪魔しちゃ悪いから二人きりにしましょうね。
「じゃあイデアさん、ここの代金は払っておくからね」
「待って!」
「邪魔しちゃ悪いし、あーし達は帰るっしょ。早く読みたいし」
「そうですね」
「ねぇ、この後クリスのとこ行っていいのよね?」
「いいけど何するの?」
「ふふ…別に変な事はしないわよ。変な事は、ね」
「?」
まぁいいか。で、いくらなのかな……って、あの人食べすぎでしょ。
年末にこの支出は痛いわね。
「ねぇお願いよー。後で返すからこの子何とかしてよー」
私にしたみたいに大きくしてあげたらいいじゃない。性別変えるより簡単でしょうに。
お店を出ると、小さな雪が降り始めていた。
クオンさんとプロフィアさんは、先に帰ってしまった。
一応うちの使用人になったんだから、主をおいて行くのはどうなんだろうね?
ソフィアのところのメイドさんも現れない事を鑑みると、多分先に帰ってるんでしょうね。
ソフィアと二人で馬車乗り場まで歩いている最中、街中を眺めながら歩くと、街ゆく人たちも、街中のお店も賑わいだしている。
「なんかクリスマスって感じね」
「そうね」
「そういえば、クリスの誕生日っていつだっけ?」
「12月25日」
「結婚式の前日じゃん………って、クリスマスと同じ日じゃないのよ。そうよ。なんで今まで気づかなかったのかしら…」
「そうだね」
今まで縁遠いイベントだからあんまり意識してなかったわ。
前世ではずっと一人だし、夜遅くまで仕事していたから、今世でも特に意識してなかったわ。
この世界にクリスマスなんて無いし、年末は家族も使用人も全員参加でパーティするくらいだから、余計に忘れてたわ。
「やっぱり女神様聖誕祭として広めないといけないと思わない?」
「思わない…」
ニィッと笑いながら語りかけるソフィアから目をそらす。
「ふーん…そう。あ、私やる事できたから先に帰るわね」
「えっ?」
そう言ってソフィアは雪の降る中走って先に行ってしまった。
「嫌な予感がする…」
「クリスちゃん酷いわ」
「ひっ…」
私の背後に音もなく忍び寄り恨みの言葉を口にする。
「あ、無事だったんだ」
「これが無事に見えるなら、眼科に行く事をお勧めするわ。もしくは頭の病院ね」
「だってしょうがないじゃない。で、どうしたの?」
「やったわよ。神力全部使って。だからこんなによれよれなんでしょ!」
まぁ、見るからにボロボロだ。お疲れさまです。
「で、結果は?」
「AAAからAにするのでやっとよ。私より大サイズになんてできるわけないでしょ? 80以上なんて無理よ!」
まぁ本人も慎ましいものね。私からしたら80だって立派だと思うのだけど。
「で、納得したの?」
「少し膨らんだら納得してくれたわ。明日も来るって言ってたけど、あれが限界よね。そもそももっと肉を付けるべきだと思うの。ガリガリの巨乳なんて存在しないじゃない」
大勢の人が往来するこんなとこでそんな事を力説されてもなぁ…。
歩く人がみんなこっちを見るので恥ずかしい。
「そういえばさっき、クリスマスがどうとか……」
「あぁ、私の誕生日が12月25日だから、ソフィアが勝手に騒いでいたのよ」
顎に手をやり考える仕草をするイデアさん。
「私も少し用事を思い出したわ」
そう言って足早にどこかへ消えていってしまった。
ぽつんと一人残されてしまったわ。
「あら、クリス様こんなところでどうしたんですか?」
後ろを振り返ると大きなバッグを二つも肩にかけたメアリーがいた。
「いや、まぁ帰るところよ。メアリーも?」
「はい。今日は最高の1日でした。どうですこの量。全部クリス様本ですよ」
「そ、そう…。それはよかったわね」
「えぇ。それで、小耳に挟んだのですが、来年からはクリス様の誕生日が女神様聖誕祭。その前日が女神様生誕前夜祭になると聞いたのですが…」
「情報早いね……」
ついさっきソフィアが思いつきで言っただけなのに、この街の噂の広まる速度早すぎない?
ニッコニコのメアリーは嬉しそうに続ける。
「えぇ…。クリス様の事ならなんでも。でも、クリス様の素晴らしさを讃える日なんて素敵ですね。是非とも実現させましょう」
うっとりとしながら、そんな事を言うメアリー。私とその女神様とやら別って事にしてくれるんなら、まだ………。
その後、家に帰るまでの馬車の中で、いつも以上に私を褒めちぎるメアリー。
耳にタコができそうだわ。
家に帰り、自分の部屋へ入ると、大きなダンボール箱が十箱以上はあるだろうか?
それが部屋の奥まで歩いていけなくなる程積まれていた。
『お誕生日おめでとうございます。オパールレイン家メイド一同』と書かれた紙が一枚貼り付けられていた。
もしかしてこれ全部プレゼント? メイドさん達からこんなに貰えるなんてね。
まぁ、毎年貰ってはいるんだけど、こんなに多いなんて初めてかもしれない。
いったい何が入っているんだろうと、期待で胸いっぱいにして箱を一つ開けると、ぎっしりと薄い本が詰まっていた。
「…………………まさかね………」
他の箱も開けていくが、全部薄い本だった。
もしかして、今日の即売会で販売した新刊って事? それを誕生日プレゼント………。
ま、まぁ読むけどさ。でもこの量を一体どこにしまえばいいんだろうね?
その後、部屋に入ってきたメアリーが、「これだと今夜寝れませんよ?」と愚痴を零すのだが、その不満はあなたの同僚に言ってもらえないかしら?
だって私もベッドまで行けないんだもの。




